潜入 新天地
「実に見事、こちらの条件は一蹴されたようです。シュタウフェン公爵では相手にならないようです。」
「ほう、条項に手を加えられたか、見せてくれるか?」
ホフマンスが黙って手元の書類をラルス16世に渡した。
「ふむ、なるほど、確かにそなたの言う通りだな。押すべきを押し、引くべきを引く。これではこちらだけが得することはできぬようだ。しかしまあ、元の条項の酷いこと、そなたが考えたのか?」
「いえ、ほとんどは元老院からのものです。これでも差しさわりの無いように手を加えたぐらいです。」
ホフマンスは執務机の抽斗の一つを開け、厳重に封された書類を取り出す。一つ息を吸ってからそれをライムント16世に渡した。
「ほう、これがそうか。なになに・・・
ー、現状ではノイエブルクからローザラインなる地まで安全に行く方法はない。よってその手段を渡されんこと。
ー、ローザラインなる地の開拓は見事である。よって当方の開拓地へ技術の無償供与されんこと
ー、同じく新しきし食用植物は見事でる。よってそれらの植物の種子、及びに育成技術の供与。
以上を交換条件に当方の王女ローゼマリーの降嫁をもってアレフ一世なる者を公爵とし、ローザラインを公国として認める。
・・・なんだこれは?道端の物乞いの方がまだましな内容じゃのう。この文書を作った者は恥の感覚をどこかに忘れてきたらしい。」
「私の苦労は理解して頂けましたか。しかもシュタウフェン公爵が使者に立つと申し出がありましたので、この程度の修正しかできませんでした。」
ホフマンスの返事には嘲笑の成分が含まれている。それを感じたのかライムント16世苦笑するしかなかった。
「それはご苦労であったな。じゃが済まぬがそなたと騎士隊長には、これ以上の苦労をさせることになりそうじゃ。」
「どういう意味でしょう。この件が終わればしばらくは落ち着くと思いますが?」
「別の問題が出てきた、おそらく余は退位せねばならぬようじゃ。直系の後継がおらぬ身、後身に王位を譲ってはどうかと元老院から言われておる。」
「元老院ですか、王族による助言機関、その発言力は王と言えど歯向かうことはできないと聞きます。ですが直系の後継がいないとは言え、新たな継承権にて混乱はないはずです。なぜ今退位しなくてはいけないのですか!?・・・これは失礼しました。私は王族に対し反意があるわけではありません。」
ホフマンスの語尾が少し強くなり、それに気付いたホフマンスが詫びた。
「構わぬ。余が思うに、魔王が消えもう魔物に怯える必要はなくなった。第二に新興国などに大きい顔をさせているのは王家の権威が薄れたせいだと、故にここで改めて強固な王族を強調したいらしい。」
「愚かな、今のノイエブルクは世界にある一つの王国にすぎない。そのような考え方ではこの王朝も長くはないでしょう。」
「そうだな、だがそれが分かる元老院ではない。あの者達にとって権威は絶大で悠久であるべきなのであろう。まあ余は退位しても構わぬ、余のしたかったことはこれで全て済んだからのう。」
「???陛下のしたかったこととは何でしょう?」
「魔物を恐れずにすむ世界に戻すことと、娘のローザを幸せにしてやることじゃ。さて・・・余は退位しても構わぬだろうか?そなたの率直な意見を聞いてみたい。」
「では申し上げます、私の処遇だけを考えれば反対です。おそらく次の国王様の指名で新たな国務大臣が任命されるでしょう。それは間違いなく私ではありません。騎士隊長も同じ、私とローゼンシュタイン男爵は閑職に回され、いずれその存在を消されるでしょう。ですが、陛下が退位をお望みなら御意に従います。」
ホフマンスの言葉には覚悟があった。それはライムント16世が予想したとおりの答えで、それゆえに躊躇っていたのだ。
「そうか。ではそなたの言に従おう。余が退位する前に最後の任命を行なうとしよう。騎士隊長が帰ってきてからのことになるだろうが、そなたと騎士隊長をグランゼの統治責任者とする。城にいるよりはずっとましであろう。」
「分かりました。陛下の最後の勅命、喜んで拝命いたします。」
ホフマンスが一度立ち上がって、最高の礼をもってライムント16世の最後の勅命に答えた。
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サイモンはグランゼから徒歩で3日ほどの地で、十数名の部下と共に船を下りた。ケルテンの提案に従いまず船で査察団を送り、その後に自らの目で見ることにしたのだ。当然、副長のステファンは反対したが、サイモンは無理を言って自ら入ることにした。
道無き道を切り開いてグランゼへと進む。三日ほど進むと日が落ちる前に海を望む小丘の上にグレンゼらしき村が見えた。
「隊長、あそこがグランゼで間違いないですか?」
「間違いない、俺は今までに二度訪れている。何かおかしなことでもあるのか?」
「炊煙があまり上がってません。およそ二千人の住民がいるはずですが、その様子がありません。普通この時間なら食事の支度をしているはずです。」
そう言われたサイモンが目を凝らしてグレンゼを見る。部下の騎士が言った様に炊煙らしきものはほとんど見えない。
「なるほど、確かに変だな。よし誰か忍び込んで何を食っているか調べて来い。」
「では斥候を出します。食事を調べるだけでいいですか?」
「ああ、それだけでいい。無理をして俺達の存在がばれては元も子もない。俺達はここで夜営をして一晩を過ごす。斥候の報告を聞いてから、明日の朝にでも村に入るとしよう。」
「分かりました。ではその様に手配します。」
サイモンの言葉が部下の間を伝わって、皆が夜営の準備を始めた。二名ほどが部隊を離れて村へと近づいていく、やがてその姿は全く見えなくなった。三時間ほど経ち、斥候が戻ってきた。
「報告します。これがあの村の夕食のメニューです。それと夜になっても一部の者は労働を強いられているようです。」
「・・・夕食は硬くなったパン一つに水の様に薄いスープか・・・質素とか節約ではないな。俺達の行軍訓練より酷い。」
「そんな馬鹿な、あの村には本国から支援物資が送られているはずです。」
一緒に報告を受けた騎士が当然の疑問を口にする。サイモンは無言で報告書を渡した。
「これは何かの間違いです。体調が悪い者か、あるいは何かの処罰を受けている者の食事でしょう?」
「俺もこの報告書だけなら信じられなかっただろうな。だがこの事実は俺の信頼する誰かの言と一致する。残念だがこれは間違いではない。予定通り明日の朝に村に入る、皆に伝えておけ。」
サイモンはそれだけ命令すると腰の剣を抜いて手入れを始めた。それが明日にでも必要になる、そう言っているようであった。
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