王妃の外交デビュー
「所長、昨日のあれ、どうやったんですか?教えてください。」
近衛騎士隊長から一勝を得た翌日、城ですれ違ったリンデが俺に声をかけてきた。
「なんだよ、リンデ、お前もか。昨日からその質問ばっかりでうんざりしているんだ。」
「知ってます。誰にも教えてないんでしょ。私にだけは教えて下さいよ。」
「ふう、仕方ないな。じゃあヒントだけ・・・基本放出魔力と最速発動魔法、まあそんなところだ。じゃあ後は自分で考えな、研究員なんだろう?」
「分かりました。近いうちに答えを披露してみせます。」
リンデを適当に誤魔化して執務室に向かう。すれ違う文官は俺の姿を見るとひいっと声をあげ、
さっと飛び退いた。その文官は放っておいて執務室に入る。
「ドゥーマン、なんか俺怖がられていないか?」
「当たり前です。文官のほとんどは宰相殿を魔法使いだと思っていたのですから、昨日の模擬戦を見て改めて宰相殿の強さに気付いたのです。なにか機嫌を損ねたら斬られるかもしれないと思っているのでしょう。」
「ああ、なるほど・・・いやいや、いくらなんでも気分だけで人を斬ったりしない。でも俺、普段から帯刀していたぞ。」
「そんな細くて奇妙な物は飾りしか見えません。使い方も知らないのに腰にぶら下げて宰相殿も酔狂なこと、だそうです。」
ドゥーマンがわざとらしく嫌味な口調を真似てみせた。
「そうか、文官じゃ分からんか。ならそのままにしておけばよかったかな。」
「まあ済んだことを言っても仕方がないでしょう。これからはできるだけ温厚そうにしていることです。」
「分かった。できる限りそうする。」
「その顔が駄目です。不機嫌そうに見えますので注意して下さい。」
ドゥーマンの忠告に再び憮然とすることになった。
----------------------------------
ローザライン城の中を国王アレフとローゼマリー王女が連れ立って歩いている。嫁いできてから表立って活動することのなかったローラ王女の姿に皆が驚いていた。
「宰相殿、今日はお頼みしたいことがあってきました。」
突然、宰相執務室に現れた二人にドゥーマンが跪く。俺は椅子から立ち上がり一礼して迎える。
「頼みとはなんでしょうか?」
「デルコンダルにローザを同行したい。前回の訪問の際、アンナ王女が是非お会いしたいとのことです。よろしいですか?」
アレフの後ろにいるローゼマリー王妃が心配そうな顔をしている。反対するつもりはないがいくつか聞いておくことがある。
「ローゼマリー様、私がお教えした魔法はどこまで修得できましたか?」
「ひっ、一通りは修得できたと思いますが、蘇生呪文だけは自信がありません。まさか試すわけにはいきませんので詠唱のみの修得しかできていません。」
たいへん緊張しておられるようで引きつった返事が返ってきた。さすがノイエブルク王家直系の血を引くだけはあって魔法の才には秀でているようだ。
「結構、その他の魔法を使いこなせれば何があっても大丈夫です。では城の留守番はお任せ頂きましょう。」
「ありがとうございます。では三日程連合王国に行ってきますので、その間よろしくお願いします。」
二人は頭を下げ、執務室から出て行った。
「宰相殿、王女様にお教えした魔法とはなんでしょうか?」
「回復系と自己強化系、そしてノイエブルク王家に伝わる蘇生の秘術だ。」
「自己強化系ですか、あまり伝授することのない魔法でしたね。」
ドゥーマンは微妙な表情を浮かべている。強化系の魔法の効果は魔法使いのドゥーマンには微妙で実感が沸かないのだ。
「ああ、そうだよ。」
「それだけですか?攻撃力はないようですが、それだけで身が守れますか?」
「問題ない、へたな攻撃魔法よりずっと役に立つ。使いこなせばアレフの能力を十全に引き出すことができる。まあ使い方はアレフが教えるだろうよ。」
「そうですか・・・・。」
ドゥーマンがまだ何か言いたそうにしている。きりがないので手元の書類に目を落として、もうこの話題を続ける意志がないことを示した。
----------------------------------
アレフとローザは大した荷物も持たないまま、連合王国に跳んだ。ローザライン主導で世界に張り巡らされた転移網は世界を狭くした。自在転移の魔法を教えられた者も少なく、事実上ローザライン独占の運輸技術になっている。
「ここが連合王国ですの?」
「そうだよ、ノイエブルクに負けないぐらい歴史がある。伝統と格式を重んじる国だから気をつけて。」
「ふふっ、誰に言っているの。これでもずっとノイエブルクで王女をしていたのよ。礼儀作法はお手のもの、たぶんアレフ様よりずっとうまくできるわ。」
連合王国の転移点の近くにいた兵士に到着を知らせた後、こうして二人は他愛のない話を続けていた。ローザラインやノイエブルクでは二人の顔を知る者が多いので、今みたいに町中で気軽に話をしていることはできない。二人共容姿が優れている為、通りがかる人々が足を止めて見ていが、ただそれは興味本位であって他意はない。
「ローザライン共和国国王アレフ一世様と王妃ローゼマリー様ですね。私は連合王国大王ウィルフレッド5世が騎士アーサー=ベックフォードと申します。本日は当マクダネル家は三女アンナ王女の招きに応じていただき、誠にありがとうございます。」
二人の前に止まった豪華な馬車から一人の騎士が降りてきて丁寧な挨拶を述べた。
「お勤めご苦労様です。」
アレフが労をねぎらう後ろでローザが行儀良く頭を下げる。その所作にアーサーは不思議な何かを感じた。ただそれが何なのかは分からない。それはアレフにしても同じで若さに似合わぬ威厳に恐ろしさをも感じていた。
「ではご案内致します。まずは建設予定地に行きましょうか、それとも私どもの屋敷に向かいましょうか?」
「屋敷に向かいましょう。招待主であるアンナ王女をお待たせすることはできません。それに公衆浴場の建設予定地にはアイゼンマウアーがいるはずですので問題ありません。」
「ご配慮ありがとうございます。では屋敷に向けて出発いたします。」
アーサーの指示で御者が馬車を動かす。馬車は石畳の道を走り城下街の中央を突っ切って行った。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。