王子の憂鬱
砂漠と湖、そして商人の町エグザイル。連合王国のある大陸から南に位置する大陸の唯一と住むことができる地にある町だ。かつては連合王国の権力争いに負けた者や罪人が流れて来た地ではあったがそんな場所にも人は生き残った。ただしここで生き残るには力が必要で、その力は何時しか財力となっていた。つまりこの町を治めるのは金であり、豪商達によってまとめられている。
「失礼ながらなぜ連合王国の王子たるリスター様が他の国の一員としてここエグザイルに来ているのですか?いささか疑問です。」
「人生勉強の一環ですよ。ザラ代表。」
ピース商会のザラ代表、エグザイルでも一二を争う豪商で食糧から人身売買まであらゆる物を商いしている。ベラヌールで商いをする者で彼女を知らない者はいない。
「肩書きで呼ばれることはあまり好きではありませんわ。否応もなく仕事のことを思い出します。」
「はて私は仕事の話でここに来ていると思ったのですが?」
「確かにそうでしたわね。でも会話を楽しむことから始めることがエグザイル流でございますのよ。お若い王子様にはご理解できないことでしたか?」
「なるほど、これまた勉強になりました。感謝致します。」
リスターがくったくのない笑顔で礼を言う。嫌味で言ったことですら勉強と言ってのける若き王子の態度に老獪な商人は感心させられた。にこやかに話していたザラ代表の顔が引き締まった。
「実はこれまでに幾人もの商人に相談を受けていました。ローザラインの国策でもある計画になぜ連合王国の王子が来るのか、その本気の度合いが知りたいと。私をしても若き王子様の道楽なら断ろうと思った話ですが、どうやら本気の様ですね。結構、ここはピース商会が全面的に後押しさせて頂きましょう。」
「ありがとうございます。これで今回の商談を任せて頂いたローザラインの宰相殿に顔向けができます。」
リスターはこれまで幾人もの商人に会っていた。今回の公衆浴場の計画について話すとほとんどの者が興味を示して熱心に聞いてくる。問題点を指摘し、必要な要望は伝えてくる。だが肝心なことになるとはぐらかされる。その原因が今解消されたことにほっとしたが顔には出さない。
「またその名前ですか、噂には聞いていましたが、ぜひともお会いしなくてはならないようです。リスター王子様、お手数ですが間を持って頂けますか?」
「承知致しました。おそらく宰相殿がお断りになることはないでしょう。」
「よろしくお願いします。ではこの計画は宰相殿との懇談をもって始めるとしましょう。」
リスターは自分の後ろにいる者の影の大きさを改めて実感した。思わず口に出した宰相の名が、結局自分の力だけでは商談を成し遂げることをできなくするとは思ってもみなかったのだ。
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リスターはピース商会を辞したその足ですぐにローザラインに戻った。宰相執務室に行くをエグザイルの代表との懇談の結果を報告した。
「と、言うわけで先方が宰相殿との会談を希望しています。勝手に承諾してしまいましたがよろしかったでしょうか?」
「いいよ。都合よく城を留守にしてもよくなったし、町の顔役なら一度お会いしておいても損はない。すぐにでも先方の都合を聞いておいてくれ。」
「はて?今、城に残られているのは宰相殿と秘書官殿、それと近衛騎士副隊長殿の三人しかおられなかったはず。だれか戻られたのですか?」
「リスター王子には言いにくいことですが、陛下が連合王国の城下で襲われる事件が起きました。おそらく命を狙ったものではないと思いますが、念の為に戻ってきてもらいました。」
俺の言葉にリスター王子の顔色が青くなった。常識的に考えるとかなりの国際問題でしかない。
「アレフ陛下はご無事なのでしょうか?」
「大丈夫です。むしろ襲った者の方が不幸と言っていいでしょう。実行犯は牢屋の中で、示唆した者は屋敷で震え上がっていると思いますよ。」
「おろかなことです。それで示唆した者はお分かりになっていますか?」
「残念ながら分かっていません。まず辿り着くことはできないでしょう。ですがこれで少しは懲りたと思います。なんと言っても十数人でかかって傷一つ負わせることができなかったのですよ。」
リスター王子が固まった。俺を含めて誰かが本気で戦ったのを見せたことはない。
「十数人?数人の間違いではないのですか?」
「十数人と報告を受けています。町のごろつき程度なら十数人が百人でも問題ないと思いますよ。」
「これは驚きました。失礼ながら普段のアレフ陛下からはそこまでの武勇を感じることはありませんでした。」
「私とは認識が違うね。覚悟という意味では私よりずっと上だよ。いや、報告によるとすでに私の勝てる相手ではなくなったみたいだ。師としては嬉しい反面、負けるものかと思わないでもない。」
俺は魔物を殺したことはあるが、自分の手で直接人を殺したことはない。魔法の効果で間接的に死なせるに留まっている。この違いは天と地ぐらいの差はある。
「難しいですね。では近衛騎士隊長殿やガイラ殿と比較するとどうでしょうか?」
「アイゼンマウアーとガイラか。あの二人は強すぎて優しすぎる。」
「強くて優しい?意味が分かりませんね。」
「アイゼンマウアーは専守防衛、ガイラは相手を半殺しにすることはあってもそれ以上のことはしない。あの二人は恵まれすぎた強さを無条件に振るうことができないでいる。」
「そんなものですか?これまた意味が分かりません。」
「まあそうだろうね。これは危険なことだから口外されては困るのだが、人一人を殺すことができれば一回り強くなることはできる。ただその先にあるものが光か闇か、それは分からない。」
「と、言われるとアレフ陛下は人を殺したことがあるのですか?」
「あるよ。その結果アレフも闇に落ちかけたことがある。いや落ちていたのを王女に引き上げてもらった。その後のアレフには光と闇が同居している。よほどのことじゃ隠された闇を見ることはできないが、その本気の殺気に晒されたら町のごろつき程度じゃどうにもできないよ。」
このことは俺とマギー、ガイラ、ローゼマリー王妃を除くと知る者はいない。知る必要もない。だが将来、王になるかもしれないリスター王子は知っておいてもいい。王になる者には覚悟が必要でそれは今の話に類似している。リスター王子が神妙な顔で聞いていた。
「だからと言って、興味本位で人を手にかけては駄目ですよ。支える者がいなかったらただの殺人鬼に落ちるだけです。王族のシリアルキラーなんて冗談にもなりません。」
「分かっています。私には弱い者の気持ちは分かります。今のお話で強い者の気持ちの一端を知ることができました。今はそれだけで十分です。」
そう答えたリスターではあったが一つ疑問ができた。大王である父ウィルフレッド5世は人を殺したことがあるのだろうか?またはその覚悟があるのだろうか?国に帰ったら聞いてみよう、そう思った。
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