千客万来②
「・・・と言うわけなんだ。なんとか出来ないかね?」
ヒックス卿の話が終わった。要約するとこうだ。氷が簡単に手に入るようになったヒックス卿は、自分の屋敷に訪れる客に振舞った。だが毎日の様に訪れる多くの客に供給が間に合わなくなってしまったということだ。これだけのことを説明するのに、彼の屋敷を訪れる客の身分やら、振舞った酒や料理の話やらの必要のない自慢話まで聞く羽目になった。全部説明が終わるまでにヒックス卿のグラスが二杯は空いた。俺のグラスはまだ空いていない。
「まあ、なんとかならないこともないですね。とりあえず氷を作る器を大きくしましょうか。」
試作型の冷蔵庫は最低限の氷を作るようにしかできていない。大きさにして20cm四方、厚み3cm程度、普通に個人が飲料に入れる目的で使うには十分な量ではある。だがヒックス卿のところには一度に3~10人の来客があるようで、それでは足りない。
「おお、やはりここに来てよかった。できればあの箱いっぱいの氷ができると嬉しいのだが・・・。」
「あれいっぱいですか・・・。それはちょっと無理ですね。せいぜい倍の量にするのが限度ですよ。」
試作型冷蔵庫、外観は結構おおきく90cm立方ぐらいはあるが、保温効果を高める為中は50cm立方しかない。あれに使われている魔法石は氷の矢、そこを埋めつくせるだけの能力はない。
「倍か・・・まあそれでも構わない。やって貰えるか?」
少し残念そうに、それでも嬉しそうな表情をしたヒックス卿がそう聞いてきた。それならそう難しい話ではない。でも本来の望みは果たされない。ここはなんとかその本来の望みを叶えてやるべきか。そう思ってしまったのは俺が技術者であるせいか、ヒックス卿の人望のせいだろうか?
「まあ、とりあえずできることをしましょう。何時までの滞在予定でしたか?できれば帰国なさるまでには仕上げたいと思います。」
「そうですなあ・・・ここは実に居心地がいい。一週間はここに居てもいいと思うのだが、そうは言ってられない。あさってには人に会う約束があったはずなのでな。できればそれに間に合わせて欲しいが、そこまでわがままを言う気はない。時間のことは気になさらずに。」
「そうですか。では間に合わなかった時は卿の屋敷に届けることにしましょう。」
「ありがたい。ではそれでお願いしましょう。」
ヒックス卿が俺に頭を下げた。普段は尊大な男だとは思っていたが、こんな一面もあったのか。
「では今日のところではこの辺で失礼します。職務が貯まっていますので。」
「おお、そうでした。やはり一国の宰相ともなると忙しいものですか?」
「ええ、まあそうですね。では失礼・・・。」
やばいこのままだとここから逃げられなくなる。グラスに残っていた酒をあおって、ヒックス卿の前から逃げ出した。外に出て解毒の魔法で酔いを醒ます。その足で魔道研究所に行って要望を伝えた。期限は二日、そう言ったら露骨に嫌な顔をされたのは当然のことである。
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ケルテンがローザラインに帰った翌日、メタルマの城に仮の迎賓室が用意された。次代の当主となるべく男子が産まれ、数多くの来客が訪れることになったからだ。それだけではない。いつの間にかメタルマに現れたシャッテンブベルクが、足りない物全てを手配してメタルマの城を変えていった。
「まさかここまでとは思いませんでした。お嬢様、いったい何をなされていたのですか?」
「お嬢様はやめなさい。もう私はお嬢様ではありません。」
「これは失礼、自治区長閣下と呼ぶべきでしたか。それよりあれはいったい何ですか!一国の王子に匹敵する者が身に着けるに相応しい物ではありません。」
シャッテンベルクが言ったのは彼が来るまでにブリッツが身に着けていた産着のことである。それは一般に流通している物でしかなかった。それを見たシャッテンベルクはすぐにノイエブルクに跳ぶとどこからかそれを持ってきたのであった。
「仕方ないじゃない。メタルマにそんな贅沢な物ないもの。それにそんなお金があるならこの町のインフラに使った方がいいわ。」
「いけません。上に立つ者が然るべき格好をする。それも国を成す為に必要なことです。どうもアレフ陛下も宰相殿もその辺のことには無頓着で困ります。」
「まあ、確かにそうね。あの二人は贅沢とは無縁だわ。結果的に高価な物を身に着けてはいるけど機能的だからだし、私もそれに慣れちゃったわ。」
「それでは駄目です。しばらくはこの城に滞在しますからその間は私が面倒を見させて頂きます。よろしいですね?」
シャッテンベルクの言葉は疑問形ではあるが完全に強制であった。それが善意に基づくものであることはマギーが一番よく知っている。
「ノイエブルクのことはいいのかしら?」
「問題ありません。任せるに値する者を置いてきました。それより、お客様を入れてよろしいですか?列を成して拝謁を待っています。」
「はあ、面倒だわね。まあいいわ、誰が来ているの?」
「まずはヨハン殿です。まさかアウフヴァッサーの義父にまで連絡をしていないとは呆れて物も言えません。」
「あっ!ならどうして?」
マギーは口に手を当てた。ブリッツの面倒に掛かりきりで忘れていたのだ。
「私が連絡しておきました。すぐに会いたいとのことでしたので、そのままお連れ致しました。ではお入れしますのでしっかりお相手して下さい。」
シャッテンベルクの言葉にマギーは黙って首を縦に振った。シャッテンベルクが外に声をかけるとしばらくして従者に連れられたヨハンが姿を現した。
「これはお義父さま、連絡が遅れて申し訳ありません。」
「よい、大変な子であることは聞いておる。わしのことより子のことを優先して当然じゃ。それでその子の名な何と言うかな、マギーさんの口から言ってくれぬか?」
ヨハンの目がマギーのベッドの横の揺り籠にいる赤子に向かう。そこには黒髪に青い目をした子供が眠っていた。マギーはシャッテンベルクを睨む。余計なことを言ったのは彼に間違いない。目が逸らされた。
「ブリッツ=ワイズマンです。これまた勝手ですが姓を変えることになりました。」
「そうか、あやつめ、やっと故郷の名前を捨てることができたか。」
ヨハンはぼそっとそう言った。他の者の耳には届いていない。
「何か?」
「いや、なんでもない。ブリッツ=ワイズマンか、良い名じゃ。」
ヨハンの手が眠っているブリッツの頭をそっと撫でた。名前に文句を言われなかったことにマギーはほっとした。
「ではわしは戻る。落ち着いてからでよいからアウフヴァッサーにも連れてきてくだされ。」
「あの、そんなに急いで戻らなくても・・・。」
「そうしたいのじゃが、町に戻ればまだまだやるべきことがある。それに外で待っている者達にも悪いでな。」
ヨハンは不器用にウインクをすると部屋から出て行った。それからシャッテンベルクによって何人もの来客が入れられる。その中にはローレシアの関係者だけでなく、ラダトームの貴族の知り合いがいたり、メタルマと深い付き合いのある商人がいたりした。
それから一週間の間、メタルマの城に拝謁を望む人の列が途切れることはなかった。一度は拝謁することはできたのだが、なぜかアイゼンマウアー、ガイラ、サイモンがブリッツに会うことを禁止するお触れが出た。
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