2012-08-09

西暦2037年のエロゲ

 西暦2037年、俺は退職金を切り崩しながら、細々と年金でひとり暮らしをしていた。妻には6年前に先立たれた。平均寿命が90年にも届こうという時代であってみれば、ずいぶんと早くに死んだものだ。不摂生の極みのような生活を送っていた俺が生き残り、日々きちんとした生活をしていた妻のほうが召されていくのだから人生というのもなかなか理不尽ものだ。

 そんな俺の日々の慰めといえば、エロゲしかない。もともとオタの第二世代くらいにあたる俺の世代は、二十代で鍵ゲーの洗礼を受け、その後も世代が持ち上がるのにあわせて「我々の世代」向けのメディアが常に存在していた。俺のように貯えらしきものもあまりなく、かつかつの生活を送っているものもいるだろうが、その一方で、日本が名実ともに先進国だったころの最後の余慶があったのも俺たちの世代で、うまいこと逃げ切って余裕のある生活をしているものもいる。

 なにより俺の世代は、趣味に金をかけることをさほど厭わない。これが俺の下の世代になると、すでに日本未来がないという前提のもとで十代、二十代を送っているし、それに、あれはニコ動だったか、ああしたものが登場してから、娯楽は無料であり互恵精神で相互に提供しあうもの、という意識が育ちつつある。2010年から今年で25年、「素人時代」ともてはやされた時期を通過して、いまやエンターテイメントは、無料コンテンツ収益を載せる構造が完全に成立している。

 そんな状況のなかで、いまでも「金を払って」たとえばエロゲのようなコンテンツを買う俺の世代は、上客には違いないわけだ。ただ、雰囲気としては商売というよりも、かつて俺が十代を過ごした「同人誌」の世界雰囲気と、いまのエロゲ業界は似てきているようにも思う。よくも悪くもサロン的な空気がただよっている、というわけだ。

 還暦を迎えた俺たちの世代は、エロゲ通販で買うことはあまりしないようだ。これはおもしろい逆行現象だと思う。ソーシャルメディア全盛の時代を経て、俺たちの世代では「ネット経由の知人」を持つ人間が多い。にもかかわらず、こんな業態が細々とでも続いている理由は――決して認めたくはないが――さびしいのだろう。

 こんな業態、というのはエロゲショップのことだ。

 見かけるようになったのはここ10年くらいのことだろうか。最初古本屋からの発展形だったと思う。滞在時間が長く、現金払いで直接儲けにつながる客に、休憩スペースを作ったり、茶のサービスを始めた、というのが原初的な形態なのだろう。いつしかそれは、初老のオタ世代の溜まり場的なものとなっていった。

 オンラインで呼吸をしていたような俺らの世代が、最終的にオフラインに慰めを見出すようになったのは、この年になってくると、コミュニケーションというものは、やはり顔と顔をあわせなければ通じない、というつまらない真実がひしひしと感じられるようになってくるからだろう。

 あれほど夜型の生活をしていた俺も、朝5時となると目が覚めるようになった。軽く散歩をして、朝食を取り、朝7時となると近くのショップに顔を出す。

 目が覚めるんじゃない。単に眠りが浅くなっただけか。

 俺は自嘲的に思いながら、家を出た。

「よう」

 すでにショップはいものメンツが集まっていた。

 木のテーブルとコーヒー香り。流れるBGMは、この季節だ、夏影に決まっている。もう40年も変わらない、俺たちのテーマ曲だ。ただ感じかたは昔とは違う。最近の俺は、この曲にどことなく「お迎え」の影を感じるようになっていた。

「庭のパッチはまだかい

「俺らの生きてるうちには出るさ」

 定番の挨拶を経て、新作の話などをする。

 エロゲ業界クラス化が激しくなった。若年層においては、すでに「テキスト+ボイス+立ち絵」の形式のADVは死滅しているに近い。ここ四半世紀のあいだに画期的アニメーション作成ツールがいくつも出て、敷居が大幅に下がったためだ。

 しかし俺らの世代にとっては、やはり昔ながらのADVがしっくり来る。

 ジャンルもずいぶん変わったと思う。いまでも思い出したように学園ものは出るが「こんな学園どこにもねえよwww」は、より切実な響きを持つようになってしまった。いまや学制自体が違うからあたりまえだ。

 かつて、そう、俺らが三十代だったころ、冗談半分によく言っていたものだ。将来は孫ゲーが来る、と。その予測は当たったかといえば「なんとなく当たった」というのが実情だろう。結局還暦を越えても「そういう部分」での精神的な構造はあまり変わらない。むしろ老いには直面したくないのが実際で、いちばん多い設定はといえば、やはり若返りもの、ということになる。典型的テンプレは、癌の告知から始まって、主人公タイムスリップ、「あの夏」を体験したうえで現実に戻り、幸せな死を迎えるものだ。孫ルートのあるゲームは全体の3分の1くらいだろうか。

 特養老人ホーム舞台にした介護ゲー、なんていうのも昔はよくネタとしてあったが、これはむしろ陵辱ものに多い。現状の自分ルサンチマンを反映したような設定が陵辱ものに多いのは、いまも昔も変わらない。最近だと、恵まれない家庭環境にある女の子ばかりを集めて決死の肉体看護をさせるも、それらの女の子にひどいことばかりしているうちに、だんだん精神的におかしくなってきて、瞳の光が失われていき、最後は性奴隷になる描写が秀逸だった「奴隷介護地獄のエデンで少女たちは何を見たか―」がヒット作だ。

 そう、当時予測しておらず、現在隆盛になっているジャンルがある。ロリババアものだ。当時、なんでこれに気づかなかったのか、自分でもわからない。かつては純愛系のゲームならば、たいていは妹ルートがあるのがふつうだったが、いまではそれがロリババアに取って代わられている状況だ。

 エロゲ業態全体が同人的な雰囲気になって、大ヒット作というのは生まれづらくなっているわけだが、そんな中で気を吐いた例の作品における、あの名セリフに殺された人は多いだろう。

時間を止めて、待っていましたよ」

 そんなわけで、考えようによっては25年前となんら変わらない生活をしている俺らだったが、最近俳句ちょっとしたブームだ。俺たちが若いころから俳句なんていうのはジジイくさい趣味だったわけだが、この年になってみて、なぜ年寄り俳句を嗜むのかわかったような気がする。

 この年になると「言葉を紡ぐ」のが億劫になってくる。表現欲がなくなるわけではない。それ相応に人に認められたいという気分もないわけではない。しかしそのために多くの言葉を紡いで「人に伝える」ということに価値を見出せなくなるだけだ。しかし溜まっていく日々の鬱屈言葉にしたいと思ったときに、俳句のような形式はとても都合がよい。

「それじゃまあ、新作の披露といきますか」

 3人のなじみのじーさんを前に俺は言った。そしてそのじーさんたちは、俺の姿でもある。

 では一句。俺はのどに絡む痰を切ってから読み上げた。

コンドームかぶせてむなし秋茜」

「ほぉ……」

「確かにむなしい……」

「もう勃起しねえしな……」

 場を、いい感じに絶望的な空気が支配した。ちなみに「秋茜」は人生黄昏を迎えた俺たちの心境を、秋の夕暮れのイメージに重ねたものだ。

「では次はオイラが」

 オイラ。またなつかしい一人称が出たものだ。映画監督としても有名だった某芸能人他界してから、この一人称を使う人は滅多にいなくなった。

「我慢汁 集めて臭し俺の川」

「川になるほど出ねえだろ……」

「てゆうか我慢汁自体もう出ないよね」

「つーか最近さぁ、オナニーの途中でめんどくさくなるんだよね……」

「あんたまだ現役だったんだ……精液だけに、原液、か……」

「もうだめだ」

「だめだなぁ……」

 俺たちがそうやって淀んだ空気の中で薄ら笑いを浮かべていると、店主の孫娘が姿をあらわした。夏休み中で家にいたものらしい。健康的な肉付きの太ももが眩しい。

「あんたらまた来てんの? いい年としてくっだらねえシモネタばっかしゃべって、店内がイカ臭くなるからやめてくんない?」

 ああ、罵倒が心地いい。あの太ももに挟まれながら罵倒されたら、そのまま昇天できるのではなかろうか。

「ってうっとりした表情浮かべてんなよ! 歯槽膿漏くせえ口あけてぼんやりすんなよ……」

 店主、あんたは勝ち組だ。

 人生において、後悔なんぞは役に立たない。そんなあたりまえの事実を笑って受け入れられるこの年になってなお、妄執は残るのだ。

 予約しておいたソフトを受け取って、家に帰った。PCの電源を入れてインストールする。

 全エンディングが腹上死ということで、発売前から話題になっていたソフトだ。もっともそれだけでは俺は買わない。エンディングひとつに、顔面騎乗による窒息死があったのが俺の直接の購入理由だ。

 ゲームを起動する。

「登場する女優さんは、すべて60歳以上だからね、まちがえないでね、おじーちゃん♪」

 老眼の進んだ俺にもやさしい極大フォントとともに、ボイスが流れる。

 さあ、残り少ない日々を謳歌しよう。

 ディスプレーの中には「あの夏」が詰まっている。

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    朝から脳にやさしくない

  • 15点

    http://anond.hatelabo.jp/20120809075626 文章が下手すぎる。 まず下手だって言う自覚を持って欲しい。 国語力の問題 端的なことだけでも例えば最初の段、 妻には6年前に先立たれた。平均寿...

    • http://anond.hatelabo.jp/20120809110801

      元増田では無いが、君の文章も相当ひどいよ。スカスカです。

    • こらっ

      http://anond.hatelabo.jp/20120809110801 おじいちゃん、勝手に病室抜け出しちゃダメって言ってるでしょ!

    • 0点

      http://anond.hatelabo.jp/20120809110801 年寄りの繰り言レベル。人の日本語に文句をつける前に自分の日本語力について見直した方がいい。 国語力の問題 そもそもこの段だと伝えるべき情報は...

    • http://anond.hatelabo.jp/20120809110801

      元増田、ホッテントリ入りしちゃったねえ。 あなた文章見る目なかったねえ。

      • http://anond.hatelabo.jp/20120810064355

        ホッテントリの威を借りて後付けで嘲笑かよ。だせえなあ。

      • http://anond.hatelabo.jp/20120810064355

        その喧嘩に参加したいわけじゃないけど 元増田がホッテントリしたのは 「文章力が優れてたから」じゃなくて 「はてな村の人達がクネクネするのに向いた材料だったから」だと思う 自...