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視点・論点 「発達障害の正しい理解を!」2012年08月21日 (火)
日本発達障害ネットワーク 理事長 市川宏伸
最近、発達障害を正しく理解していないと思われる、いくつかの事柄が社会的に話題になっています。一つは「育て方により発達障害は防げる」という論理です。
このような論理は過去にもありました。その当時は、親の愛情不足で自閉症になるという考え方が広まり、その結果、責任を感じた親による親子心中が生じました。しかし、1960年代に医学的な調査研究が行われ「自閉症の親とそうでない親の育て方に違いはなかった」と報告されました。医学的に“脳の機能障害の存在が前提”と確認されてからは、親の愛情不足により発達障害が生じるという考え方をする専門家は、ほとんどいなくなりました。
もう一つは大阪地裁でアスペルガー症候群が犯した事件に、思ってもみない判決が出たことです。「発達障害者が問題を起こした時は、厳しい罰で対応すればよい」という論理だとすれば、「発達障害のある人の特性や対応方法がわからないので不安だ」、という考え方であると思われます。たしかに、発達障害がある人は、外見上分かりにくい苦手さを持ち、コミュニケ-ションが苦手で、特定の感覚に過敏さがあったり、過度に衝動的になったりなどの特性がある場合は、対応のコツがつかみにくいと感じられると思います。しかし、特性を理解して、世の中に受け入れられやすい行動の仕方を丁寧に教えることが効果的であることも分かっています。
この判決文の中で、裁判長は「未だ充分な反省にいたっていない」としていますが、アスペルガー症候群のような発達障害者の特徴として、「相手の感情や周囲の空気を読み取るのが苦手で、彼らなりの内省や反省は出来ますが、その気持ちをうまく表現することができない」ことが知られています。また「刑務所内で内省を深めさせる必要がある」との記述もありますが、現在の国内の刑務所はアスペルガー症候群の受刑者の特性に合った矯正プログラムがほとんどありません。発達障害者に反省を促すためには、彼らの特性をよく理解した上で、彼らの特性に合ったコミュニケーション方法や心理的アプローチを、時間をかけて行う必要があります。現在の医学的立場で見ると、「弁護人も裁判長も正しい発達障害についての理解してくれていない」と考えられます。
医療分野で発達障害といえば、「何らかの「脳機能障害」の存在が考えられる症状が「低年齢」からある」ということです。ここでいう「脳機能障害」は、現時点ではまだ脳画像や血液検査等で見つけることはできません。しかし、「家族の誤った育て方で発達障害になる」、「発達障害者が問題を起こした時は厳しい罰で対応するのだけで良い」という考え方が誤っており、問題の改善に役に立たないことはわかっています。
また、発達障害という視点から丁寧に発達を理解してあげた方が良い児童が、通常学級の6.3%もいるという平成14年度の文部科学省の調査もあり、この問題は一部の特別な人の問題ではないことも考えるべき問題です。「家族だけでなく保育園、幼稚園、学校、職場、地域が発達障害の特性について共通理解を持って取り組むと」ということが、現在のわが国では発達障害の正しい理解です。
発達障害児・者の特徴としては、(1)「相手の気持ちが分からず、自分の気持ちもうまく伝えられないため、人間関係がうまく持てない」、(2)「考え方が杓子定規で、融通が利かないため、暗黙の了解が育ちにくく、社会性が育ちにくい」、(3)「言葉の意味を取り違えたり、多量の情報の処理が難しいため、コミュニケーションがうまくとれない」、(4)「特定の事柄にばかり注意が向かい、全体を見通した考え方が苦手である」、(5)「怠けているわけではないのに、知的水準に見合った学業成績が得られない」、(6)「感覚の感受性が特別で、特定の感覚が極端に過敏であったり鈍感であったりする」、(7)「自己コントロールが難しく、些細な事で切れ易いため関係性が持ちにくい」、(8)「自分が興味のあることにのみ注意が向かい、興味のないことへの注意の持続は難しい」などが挙げられます。
これらのことから、家庭では「何を考えているか分からない」、「可愛くない」子どもとされ、虐待の対象になりやすいことが知られています。学校でも返事はよくても同じ失敗を繰り返すため、先生からは「可愛くない」、「何を考えているか分からない」子どもとされ、時には「反抗しているのではないか」と誤解されます。友達からは「変わっている子ども」とされ、“からかい”や“いじめ”の対象になることがあります。仮にそういう状況に追い込まれても、本人はどうしてよいか分からず、助けを求めることも苦手です。
周囲からは“いじめられている”と見えても、本人は「友達になってくれている」と誤解していることがあります。学校では不登校となり、やがて引きこもり状態になり、社会から隔絶されてしまうこともあります。マスメディアでは、「アスペルガー障害者が犯罪を引き起こした」という報道がよくなされますが、犯した犯罪の内容の了解が難しいだけであって、発達障害が反社会的であり、犯罪を引き起こし易いという医学的事実はありません。逆に相手の言葉の裏が読み取れないために、騙されやすく犯罪の被害者になりやすいのです。
発達障害は前述したように連続体であり、極めて数の多い存在です。発達障害とは、生まれた時から持っているその人の特性のことです。独特の思考や行動様式は、通常の発想と異なっており、芸術や研究で素晴らしい業績を残す可能性に繋がります。もっと身近でも、さまざまな分野でエネルギッシュに活躍する可能性もあります。“発達障害ではなかったか?”とされる傑出者には、成長段階において、本人の特性を分かってくれる支援者の存在が知られています。よき理解者の存在により、成長して類まれな業績を残しています。
「発達障害を治す」、「発達障害を生じないようにする」という考え方は、発達障害児者の持っている特性そのものを否定することです。社会の受け入れ態勢の改善も含め、発達障害者本人や周囲が感じる社会不適応感をどれだけ減らせるかが重要です。
発達障害者支援法施行7年経過し、“発達障害”と言う言葉はやっと国民の間に知られてきましたが、正しい理解がまだ不十分であると考えられます。仮に電車の中で、発達障害の子どもが、いわゆる“パニック”を起こしたとしても、周囲から、「うるさいから静かにさせろ!」、「親は何をやっているんだ」、「躾が出来ていない」などと非難されず、「大変ですね」、「何かお手伝いしましょうか」という状況が来ることが期待されます。これからも発達障害の本当の理解が国民に得られるよう、私たちも努力していきたいと思います。