僕とひこにゃんとの出会いは、2007年の11月だった。僕が所属していた喜劇団体に、これもまた、まちづくり推進課のお偉いさんからの電話でした。
代表取締役から選抜があって、僕を含み選ばれた5名の人達が早速重大なニュースとして知らされる時が来る……
『来期から滋賀県彦根市のキャラクターを演じる人達の抜擢です』との事だった。僕達は、そんな事を全く知らなかったし、『ひこにゃん』が現在のように人気になる少し前の事だったから、当然その存在も知らなかった。
僕達はヒーロー戦隊もののTVアクションの方なのかとドキドキしていたのに、蓋を開ければ『ひこにゃん』でした。選ばれた5名は全員『ひこにゃんって何誰』だった。
そして残念な事にYouTubeがまだそこまで普及していなかったので、調べる事が出来ない……
代表取締役は当時『推進課が常にバックアップしてくれている、ギャラもデカい、そして彦根市を代表するキャラクターだから、慎重に』との事。
我々5名は、彦根市側からの説明を受ける為に、一番最初に下りたったのが、2007年の年末だった。そして、まちづくり推進課からの説明を一通り聞き、肝心の『ひこにゃん』に会いに彦根城に行った。
一番最初に僕が見た感想は『動きが雑い、ゆるキャラのくせに激しい動きが多い、顔が可愛いのにパフォーマンスが生かされていない』
あくまで僕は、当時東映の撮影所などに出入りしていた喜劇俳優の全盛期だったので、そのような見方をしてしまった。
そして5名で会議室のような場所に入れられ、生『ひこにゃん』からレッスンを受ける。だがこの時はまだ彦根の職員さんが演じておられたのだが、我々素人に近いプロからすると、動きが雑という意見から『じゃあ、あなた達が思うパフォーマンスをして下さい』と言われ、本番日の前日までひたすら考えさせられる日が来た。
この中で、お世話係という役職もついでに決めないといけない……そして当時も1日3回のパフォーマンスがあったので、誰が何日、何回入るの??そんなこんなで迎えた初日。前日に集まって5名で最終リハーサル、そしてじゃんけん大会で一番最初に負けた俺が、まずは2日間入る事になる。
2007年の年末から2008年の3月の末までの3ヶ月経ち、僕達役者が演じる事になる4月2日が今の『ひこにゃんのデビュー日』で、彦根市役所の職員から我々に引き継がれた日としても、僕達の記憶には新しい。
続く