INTERVIEW eBookの本質は「読む体験」を変えること:Kobo創業者マイク・サビニスに訊く
7月19日にリリースされ、大きな話題を呼んでいるeBookリーダー「Kobo」。楽天傘下に入ったことで日本でも認知されるに至ったものの、カナダ・トロント発のこの新興企業について知る人は少ない。このたび日本でのローンチに併せて来日した創業者/CEOのマイク・サビニスとの会見が実現。カナダを代表するアントレプレナーと言える、知られざるイノヴェイターが語る「Kobo」の理念とグローバル戦略、電子書籍の未来。
マイク・サビニス|MIKE SERBINIS|
カナダ生まれ。クイーンズ大学、トロント大学で物理学を専攻。エンジニアとして「Zip2」に参画後、DocSpaceを創業し、CTOを務める。Critical Pathに売却した後、同社でCMO/CTOを歴任。その後、カナダの書籍チェーンIndigoにCIO/EVPを経て、2009年にKoboを創業し、CEOを務める。同社は、11年に楽天傘下となった。http://kobo.rakuten.co.jp/
——まずはサビニスさんのキャリアからお伺いしたいのですが、いかにしてここにいたったか、そこのところをざっと教えていただけませんか?
わたしは学校では物理を学びまして、言うなればロケットサイエンティストだったんです。一時NASAでも働いていました。学生時代にはマイクロソフトで学生エンジニアとしても働いていたこともあります。卒業後はビル・ゲイツさんの下で働くか、学生時代に出会った友人たちが興した無名の企業で働くかで迷ったのですが、あえて無名のほうに行くことにしました。「Zip2」というサーチエンジンの会社(のちにテスラ・モーターズを創業するイーロン・マスクと弟のキンバル・マスクが創業)で、これは1999年にコンパック傘下のAltaVistaに売却したのですが、その会社で働くためにカナダからカリフォルニアのパロアルトに移り住みした。それが97年ですね。
その後、自分で「DocSpace」というクラウド上のドキュメントストレージサーヴィスを始めて、これも2000年に売却しました。これは、IT市場がピークを迎えるちょうど7日前のことです。その直後にバブルがはじけたので、いいタイミングだったわけですが、もちろんそれを知っていたわけではありませんよ(笑)。
「DocSpace」は「Critical Path」という会社に身売りをしたんですが、ここは当時、世界中のあらゆる大手通信会社と契約を結び、eメール、テキストメッセージのシステムを供給していました。そこで何年かCTOなどを務め、それでカナダに戻ったんです。
戻ったところで、カナダで新たに書店チェーンを始めた女性企業家と出会いまして、彼女と一緒に、本がデジタル化されたときにいったい何が起こるのかを考え始めたんです。当初話していたのは、書店は劇的に変わっていくだろうということでした。消えてなくなるものもあるけれど、その一方で、本やその他の読み物を世界中に届けるグローバルなブランドをつくりあげるチャンスが生まれるに違いないと予測していました。それが言うなれば「Kobo」の起源ですね。
——それが「Indigo」という会社ですよね。
そうです。
——書籍のデジタル化というものを予測していた段階では、まだKindleは市場には投入されてはいなかったんですよね?
カナダに戻った時点ではまだKindleはありませんでした。すでに噂は出回っていましたが、結局発売されたのは数年経ってからです。ソニーやほかのいくつかの企業が電子リーダーを出していましたが、デジタル書店もなかったですから、デジタルな読書体験と呼べるものはまだありませんでした。
——そうしたなかで、Indigoでは、まず「Shortcovers」というサーヴィスが始まったと聞いていますが、それはいったいどういうサーヴィスだったんですか?
本腰を入れて市場に参入する前に、マーケットを探るための一種のパイロットプロジェクトとして開発した書店サーヴィスで、言ってみればKoboの前身にあたるものです。iPhone、Blackberry、Android向けのAppsを備えたウェブ上のサーヴィスで、そこでは本を1冊丸ごとも買えるし、章ごとに買うこともできるようにしてみたんです。
——章ごとに買えるんですか? どこからそのアイデアを得たんですか?
このアイデアがどこから来たかというと、こういう洞察からです。人はこれからますますスクリーンを通じて「読む」機会が増えますが、それがニュースであれ、本の一部であれなんであれ、短いセッションごとに読むようになると考えていました。短いセッションのものを、よりたくさん読むわけです。
「Shortcovers」は、ハードカヴァーやペーパーバックを単純に置き換えるというものではなく、短いエッセイや詩なども読めるようにすることで、例えばスマートフォンを通じて、地下鉄の中でさっと短いもの読んでいくという状況に対応するものとして考えていました。
——反応はいかがでした?
さまざまなことを学びましたよ。アマゾンのジェフ・ベゾスさんが当時こんなことを言っていたのを覚えています。彼は「人はスマホで読書なんかしないだろう」と言ったんです。
——言っちゃったんですね 笑。
新しいビジネスを始めようとしていたわたしとしては、「そりゃ困った」と思いましたよ(笑)。けれども、実際はスマートフォンで読むことは普通に広まっていきました。iPhoneのようなもので、わたしたちが想定していたものよりもはるかに長いものを読むようになったのです。平均して50分も読んでいることがわかったんですが、それは普通のフィジカルの本の読書時間と変わらないんですね。そこでわかったのは、章ごとに買うよりも、読者は一冊まるごと欲しがるということで、しかもそれが手早く入手できることが大事だったんです。
それ以外にも、わたしたちは当時、本の中に広告を入れていくようなモデルも考えていました。けれども、これはちょっと早すぎるアイデアだったようです。まず出版社が嫌がりました。作品のなかに広告を入れることを著者に説得するのが難しいと考えていたようです。
Shortcoversのアイデアは、たとえば、ヴェニスに旅行に行くとしてガイドブックが必要なときに、イタリアのガイドブックのなかからヴェニスの章だけ買って読めるようにするというものだったんですが、その発想自体、なじみのないものだったがゆえにちょっと早すぎたかもしれません。
出版社にしてみたら、一冊の本をばらばらにして、そのうえで著作権の管理やら印税の分配を考えるのは、すぐにできることではありませんから長期的にしか実現できないプランだったのです。ただ、面白いのは、むしろいまになってそうした「チャプター買い」の機能が求められ始めているということです。
——面白いですね。
そうなんですよ。いまもその機能はないわけではないんですが、手続きなどが煩雑なため、会社としてそこに注力することはしなかったんです。
——近いうちにそれが全面的に復活することは考えられますね。
もちろんです。
2012年8月16日