(cache) 「日本帝国憲法と日本国憲法で天皇の権能は全く変化してい」ないのか？～昭和天皇は立憲君主だったのか・回答編～

2012-08-27

「日本帝国憲法と日本国憲法で天皇の権能は全く変化してい」ないのか？～昭和天皇は立憲君主だったのか・回答編～

李朝（李氏朝鮮）は日本に比べ文化的に1000年遅れていたのか？ - 大惨事！過下郎日記
ここの記事のコメント欄から。

m-matsuoka
2012/08/27 02:18
>中国からほぼ常に冊封を受け、漢籍を輸入してきた朝鮮が、漢文のリテラシー能力が遥かに劣るということは考えにくいことです。

朝鮮で漢文を使用できたのは貴族階級のみで、現在では読めなくなっていますね。
一方、日本では江戸時代以降は一般の子女でも普通に読み書きできましたし、いまでも高校で習います。
リテラシーの差は隔絶しています。

>最後にアメリカに大敗北を喫して無条件降伏し、あまつさえ国体（天皇主権）を変更させられたことをどうお考えか？

日本は戦略目標は全て達成。米国は戦略目標をひとつも達成できなかった結果、冷戦に突入しましたね。いったい、どちらが勝ったのやら。
あと国体は変更されて今ないというのが日米共通の認識ですよ。
日本帝国憲法と日本国憲法で天皇の権能は全く変化していません。

http://d.hatena.ne.jp/hazama-hazama-hazama/20120825/1345908293#c1346001489

　注目したいのは二段目の主張の後段の「あと国体は変更されて今ないというのが日米共通の認識ですよ。日本帝国憲法と日本国憲法で天皇の権能は全く変化していません。」というくだり。一段目の主張及び二段目前段はここでは扱わない。ところで、「日本帝国憲法」という憲法典は私は過分にして知らない*1が、マァ、これは多分大日本帝国憲法のことだろう。したがって、その前提で話を進める。

　先方のブログのコメント欄でも書いたが、例えば大日本帝国憲法11条の権能は帷幄上奏権に支えられ、大臣の輔弼事項（55条1項）の外に独立した統帥大権として存在していた。具体的に言えば、明治憲法の11条とは、次のものである。

天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

天皇には陸海軍を統帥する権能が明治憲法では与えられていた。しかも、この11条の権能は、3条の、

天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

につき立憲学派の理解を採ったとしても、「軍令」（軍の指揮命令権）に関しては大臣の輔弼事項（55条）にかからないものとされていた。

　さらに具体的に話そう。立憲学派というのは、明治憲法をできうる限り立憲主義的に理解しようとした学者たちのことであるが、彼らが目指したのは天皇の権限を制限することだ。伊藤博文でさえ、憲法を設けた趣旨の第一が「君権」の制約であることを述べている。立憲学派からすると、明治憲法の天皇主権のシステムは、次のように理解される。まず、天皇は国家を統治する権限を持つ（天皇主権）が、立法には議会の協賛、行政には大臣の輔弼が必要であり、実質的に見れば天皇の実体的権限はすべて議会と大臣の権限に吸収されてしまい、天皇には形式的な権限しか残らないということになる。要するに、天皇がいくら「あれをしたい、これをしたい」と言っても、大臣がダメだと言えばそれは出来ない。天皇は好き勝手気ままに振る舞うことができないということである。すなわち、これが3条の意味である。つまり、天皇には実体的な権限がないから、いくら形式的には天皇の名の下で失政があったとしても、天皇を非難することはできず、非難の対象は大臣、あるいは議会になるということだ*2。天皇に統治権はなく、統治権の主体が「国家」にあるとする天皇機関説である。

　おそらく、m-matsuoka氏はこのような状況があったから、今の天皇も明治憲法の下での天皇も変わらない、国体は変わっていないと述べたと思われる。確かに、今の天皇も法律には印をするが、天皇に立法の実質的な権限はない。似ていると思われるかもしれない。しかし、以下の二点によってかかる主張は反駁されなければならない。

①
　まず、立憲学派でさえ、11条の統帥権は、先ほども述べた通り、軍の指揮命令権に関しては大臣の輔弼にはかからないとしていた。軍の指揮命令を行うことが出来るのは天皇だけである（実質的に指揮権を握るのは参謀総長と軍令部長だ。）。だからこそ、あの東條英機は戦争指導を強力に進めるために参謀総長と陸軍大臣の兼任を強行し、嶋田繁太郎には軍令部長と海軍大臣の兼任をさせることにした*3。いかな現役陸軍大将の首相で、陸軍大臣を兼任しているとは言えど、11条の「統帥権の独立」からすれば首相も陸軍大臣も軍令にはタッチできず、軍令を執り行うのは参謀総長と軍令部長である。ここには立憲的な要素は微塵もない。こればかりは3条につき神権的な理解をしなければ無理な制度だった。

②
　さらに、宮中をはじめとする官界・アカデミズムの世界で通説を占めた立憲学派の理解は天皇機関説事件を機に、一気に覆滅されてしまう。第二次国体明徴声明では、次のようにまで言われている。

曩に政府は國體の本義に關し所信を披瀝し、以て國民の嚮ふ所を明らかにし、愈々その精華を發揚せんことを期したり。抑々我が國における統治權の主體が天皇に在しますことは我が國體の本義にして、帝國臣民の絶對不動の信念なり。帝國憲法の上諭竝條章の精神も亦此處に存するものと拝察す。然るに漫りに外國の事例・學説を援いて我が國體に擬し、統治權の主體は天皇に在しまさずして國家なりとし、天皇は國家の機關なりと爲すが如き、所謂天皇機關説は、神聖なる我が國體に悖り、其の本義を愆るの甚しきものにして厳に之を芟除せざるべからず。政教其他百般の事項總て萬邦無比なる我が國體の本義を基とし、其の眞髄を顯揚するを要す。政府は右の信念に基き、此處に重ねて意ある所を闡明し、以て國體觀念を愈々明徴ならしめ、其の實績を收むる爲全幅の力を效さんことを期す。

ここに来て3条につき立憲的な理解をすることは不可能になった。しかも、「厳に之を芟除せざるべからず」と声明した通り、文部省は特高や憲兵を駆使して極めて陰湿な弾圧を行い、また大学や教員に対して手練手管を駆使して有形無形の圧力を加え、徹底的な統制を行った。もちろんこのような弾圧は天皇機関説に限った話ではなく、矢内原忠雄らに対するマルクス主義経済学攻撃や、津田左右吉などの歴史学に対する攻撃もあった。
（参考：文部省思想局による「憲法学説ノ系統分類」。こういった調査を国家がし、徹底的な思想統制を図った。*4）

　このように、①立憲的に明治憲法を解釈しようとしても、軍令という極めて重要な権限において例外があったこと、②さらに、国体明徴声明の帰結からして、少なくとも1935年以降は立憲的な解釈は一切出来ず、神権的な理解に全面的に回帰せざるを得なかったということを押さえねばならない。

　その上で、現行憲法である。現行憲法では、4条がはっきりとこう述べる。

①天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権限を有しない。
②天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

極めて明瞭に天皇の権能が憲法の定めるものだけに制約されている。しかも、その国事行為についても3条の限定がある。

天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

天皇の権限は4条によって明文で制約された上に、残り少ない権限もすべて内閣の助言と承認に吸収され、実体的な権限は皆無になったのである。そして、天皇の権限は6条と7条で限定列挙されている。それを挙げよう。

6条
①天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
②天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

7条
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二国会を召集すること。
三衆議院を解散すること。
四国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七栄典を授与すること。
八批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九外国の大使及び公使を接受すること。
十儀式を行ふこと。

　ここには統帥権はもはやない*5し、仮にあったとしても、その実質的な権限は内閣の助言と承認に吸収されざるを得ない。したがって、「日本帝国憲法と日本国憲法で天皇の権能は全く変化していません。」という主張は取り得ない。戦前にあった天皇の統帥大権は、戦後の憲法で否定された。なお、立憲学派の理解を採用した場合、戦後と戦前で異なるのは統帥権の一点だけじゃないかと言われるかもしれないが、しかし、統帥権というのは軍隊の指揮権である。軍隊の指揮権は国家を左右する極めて重大な権限なのであって、これが実質的な権限として天皇に留保されているのとされていないのでは大きくその国家の構成が異なるはずだ。なんとなれば、天皇に統帥権があるならば、天皇は実力＝暴力をもって国民の意志を否定にかかることさえできる*6のだから。そのような国家は「国民主権」の国家とは到底言えまい。したがって、戦後、統帥権が天皇から取りあげられたことは、やはり國體の変更と評価せねばならないと考えられる。

　なお、m-matsuoka氏には是非「国体は変更されて今ないというのが日米共通の認識」ということの根拠を述べてもらいたいと思っている次第。
すなわち、「国体は変更されて今ない」（「変更されていない」の誤記ですよね？）ということが日本で共通認識になっている根拠と、米国で共通認識になっている根拠である*7。

<追記>
・参考文献を勿論挙げるべきだが、今手元にないので、後ほど追記したい。もっとも、天皇機関説事件や戦前の立憲学派の主張などはほぼ基本に属する話なのでなくてもいっかぁ、というところではあるが（笑）。

・ところで、奇しくもこのエントリーが前の「昭和天皇は立憲君主だったか？」という予告の帰結になってしまった。まあ、いっか。

・トラックバックを送ったhazama-hazama-hazama氏のエントリーは参考文献が豊富で、良い読書案内だと思うが、そういうことをすかさずサッー！と出来ないのは出先から投稿しているからとは言え、やはり悔しい。早々に参考文献リストを作りたい。