起業人
【第187回】 2012年4月25日 週刊ダイヤモンド編集部

ダルビッシュも愛用する疲労回復ウエア
介護業界での失敗バネに新素材で大成功
ベネクス社長 中村太一

Photo by Masato Kato

 大リーグで活躍するダルビッシュ有、サッカー日本代表の主力である長友佑都──。そうそうたるアスリートの活躍の陰に、あるウエアの存在があることをご存じだろうか。

 彼らが休養時に着用しているのが、疲労回復に絶大な効果を発揮すると評判の「リカバリーウエア」。粒子状のプラチナが練り込まれた生地が、副交感神経を刺激して代謝を高め、疲れを癒やすという優れものだ。

 開発したベネクス社の社長、中村太一は「運動後や就寝時に着ると、血行を促進してたまった疲労が回復する」と自負する。

 このリカバリーウエアは、血管を拡張させて疲労の原因となる血中の乳酸濃度を下げる効果があるほか、筋肉をほぐして安眠効果を高めることができる。

 1着1万円前後と決して安くはないが、最近はアスリートだけでなく、サラリーマンや主婦にも大人気だという。

 従来、疲労回復ウエアと言えば、筋肉を締め付けることで血行を促進するタイプが主流だったが、ベネクス社の製品はそれらとは一線を画し、締め付け感は一切ないのが特長だ。ゆったりとした着心地も、一般の人に広く受け入れられることにつながっている。

 ある大手会計事務所は福利厚生の一環として、多忙な会計士に着用を勧めているほどだ。

 ただ、このリカバリーウエアはもともと、介護用として開発されたもので、アスリートから高い評価を得るようになったのは、まったくの偶然からだった。

ゴールドジムの担当者が展示会でたまたま発掘し
アスリートにバカ売れ

 2003年に大学を卒業した中村は、ウエアの開発とは縁もゆかりもない大手コンサルティング会社に就職し、介護事業に携わっていた。

 老人ホームの営業などを担当しながら、ヘルパーの資格を取得するなど介護業界で経験を積んだ。その現場で、「寝たきりのお年寄りが背中の血行不良によって床ずれに苦しむ姿を何度も目の当たりにした」。いったん床ずれを発症すると、なかなか完治せず、壊死が進んで骨が露出するケースもあったという。

 高齢者を助ける製品を自分の手で作りたい──。そう強く思った中村は、床ずれを防止するマットレスを開発するために起業を決意。05年にベネクスを設立した。

 しかし、実用化までの道のりは苦難の連続だった。

 コンサルティング会社在職時から、繊維を疲労回復に活用するアイデアは頭の中にあったが、素材に関する知識は皆無で開発する技術はなかった。

 そこでまずは連日連夜、関係しそうな会社を調べ上げた。ナノ(10億分の1)メートル単位の先端材料を開発する会社を探し当てると、当時、先端材料の用途は産業用に限定されていたが、これを繊維に応用する共同研究を申し込んだ。

 ナノ単位のプラチナは固まりやすく、繊維が切れやすくなる。この問題を解決するため、プラチナと数種類の鉱物の配合をさまざまな割合で繰り返す日々が始まった。

 ただ、この作業は織機を酷使するため、試作品の製造を依頼した業者からは何度も断られた。何とか製造にこぎ着けても、機械が壊れることもしばしば。多額の修理代を請求されたこともあったという。

 苦節1年余り、やっとの思いで、プラチナ効果による血行促進で床ずれを防ぐ介護用のマットレスを完成させることができた。特許も取得して満を持して売り出したが、10万円と高額だったこともあって「介護業界からまったく相手にされなかった」。1枚も売れることなく在庫の山が積み上がった。

 万事休す、かと思われたが、救いの手が思わぬところから伸びてきた。

 途方に暮れていたときに参加したとある展示会だった。

 「副業になればと思い、マットレスと同じ素材でとりあえず試作してみた」という介護士用の疲労回復ウエアが、大手スポーツジム「ゴールドジム」の担当者の目に留まったのだ。

ビジネスで実力出すには
ただ休むだけでなく
積極的な攻めの休養重要

わが社はこれで勝負!
疲労回復に効果抜群の「リカバリーウエア」。特許を取得した特殊繊維で作られている。副交感神経を優位にすることで、自己回復力を最大限発揮させ、血行促進・安眠・免疫細胞の活性化を促す。着用時の締め付け感がないのが特長

 「アスリートも高齢者と同じで、疲労はたまるし、体はボロボロ」

 そうしたジム関係者の言葉を受けて、運動選手向けに営業方針を切り替えたことでベネクスの快進撃が始まった。

 ゴールドジム内のショップで販売したところ、介護業界では一顧だにされなかった技術が一転、アスリートの間で注目を集め、ウエアは飛ぶように売れた。さらに運動選手に休養ウエアとして普及し始めたのをきっかけに、一般にも人気が口コミで広がり、累計8万着を販売した。

 「ビジネスで最大限のパフォーマンスを発揮するには、ただ休む、ただ寝るだけでは足りない。これからは積極的な攻めの休養が重要となる」と中村は語る。

 今では大手百貨店にも納入し、宇宙飛行士や国際線パイロットへの活用も検討されている。Tシャツに加え、タイツやソックスなどラインアップも充実させ、幅広い普及を狙っている。

 ただ、中村にはさらなる目標がある。起業の原点となった介護業界への“恩返し”だ。大失敗に終わった床ずれ用マットレスや、より洗練されたウエアを武器に、ベネクスという社名を介護の世界で浸透させていくつもりだ。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 山口圭介)


なかむら・たいち/31歳。2003年に慶應義塾大学商学部を卒業後、コンサルティング会社に入社。子会社の介護関連会社に出向し、介護事業に携わる。05年にベネクス(神奈川県厚木市)を設立。

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