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2012年8月26日(日)付

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シリアでの死―山本さんが伝えた危機

世界には、内戦で命を脅かされる人々が大勢いる。どんな壁にぶつかろうとも、苦境にある人々の側に立つという遺志を、私たちは忘れない。シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美[記事全文]

生活保護改革―本気で自立の支援を

生活保護は、他に生きる方法がないときの最後の安全網だ。それに対する視線が厳しい。来年度予算の要求にあたり、政府は「最大限の効率化」を図るように名指しした。だが、単に削ろ[記事全文]

シリアでの死―山本さんが伝えた危機

 世界には、内戦で命を脅かされる人々が大勢いる。どんな壁にぶつかろうとも、苦境にある人々の側に立つという遺志を、私たちは忘れない。

 シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美香さんが、政府系民兵によると見られる銃撃によって殺害された。

 山本さんはテレビ局で働いていたが、海外の紛争や内戦の取材に取り組むために、20歳代末に退社した。局の仕事で雲仙・普賢岳の火砕流災害の被災者を取材したのがきっかけだ。

 「突然大切な人を失うのは災害も紛争も同じ。自然に、紛争報道につながった」

 生前に、そう語っている。

 アフガニスタン、イラク、旧ユーゴスラビアなど、世界の紛争地や内戦の国を歩いた。

 国家と国家が戦争した時代、犠牲者の多くは兵士だった。多くの市民を巻き込んだ大戦を経て、現代に頻発する内戦では、国境の内側で政府と反政府側が攻撃しあう。犠牲者の大半は、戦闘に加わらない一般市民だ。

 シリア内戦での犠牲者は2万5千人、周辺国に逃れた難民は20万人を超えた。

 市民が犠牲になるという点において、戦争と自然災害は共通する。巨大地震や津波、洪水で被害を受けるのも、ふつうに暮らす人たちだ。

 昨年の東日本大震災の後、山本さんは被災地を訪ね、被害の様子を記録した。故郷を去らねばならなかった被災者と、命をかけて国境を越える難民の姿が重なって見えたのだろう。

 被災地や紛争地で彼女は、女性や子どもをはじめ、弱い立場にされがちな人たちの姿を、大切に伝えた。

 シリアのアサド政権は、昨年から始まったアラブの春による民主化要求を、受け入れない。自国民が住む地域を戦闘機と戦車で攻撃する政府とは何だろうか。反体制派の自由シリア軍は抵抗を強め、今年6月以降は本格的な内戦状態になった。

 山本さんをはじめ、経験を積んだジャーナリストが何人も命を落とすひどい状況だ。

 なのに国連安保理の足並みはそろっていない。国連特使のアナン前国連事務総長は対話による解決を果たせず、退任する。国連の監視団は撤退した。

 山本さんが死の直前まで撮った映像に、赤ん坊を連れて避難する住民の姿があった。政府側が住居地域に無差別攻撃している事実を裏付けるものだ。

 極限の危機に置かれた人々が生きる場に入り、その現実を世界に伝える。ジャーナリズムの重い責務を改めてかみしめる。

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生活保護改革―本気で自立の支援を

 生活保護は、他に生きる方法がないときの最後の安全網だ。それに対する視線が厳しい。来年度予算の要求にあたり、政府は「最大限の効率化」を図るように名指しした。

 だが、単に削ろうとすれば、かつての「母子加算廃止」のように、声を上げにくい人にしわ寄せがいく。自治体が窓口で申請を受け付けない、そんなことが起きるおそれもある。

 保護費が大きくなるのを本気で防ぐには、貧困におちいった人の自立を助ける、地道な努力しかない。そこに、予算をはじめ、社会の資源が適切に投じられるべきだ。

 生活保護をめぐる社会の雰囲気は、特定の出来事をきっかけに大きく揺れる。

 2007年に北九州市で、生活保護が打ち切りになった男性が「おにぎり食べたい」と書き残して餓死した。この時は、行政のあり方が指弾された。

 今年は、タレントの母親が保護を受けていたことが引き金となり、「受給者バッシング」が強まっている。

 全体からみた金額は小さくとも、不正受給は人々の怒りを増幅する。資産や所得、医療の適切さの点検は必要だ。

 だが、いま一番問題なのは、雇用の悪化により、「まだ若くて働けるが、生活に困っている人」が増えていることだ。

 「働けるから」といって放っておけば、心身を病んでしまうことも多い。「誰が見ても働けない」状態になってから生活保護に入れても、今度はそこから働けるようになるまでの時間がかかる。悪循環だ。

 困っている人を「救うかどうか」の判断は、個人の価値観にもよるので、線引きが難しい。だが「自立を支援する」ことへの異論はないはずだ。

 早めに、ていねいに対策をとれば費用対効果は高い。

 たとえば横浜市では昨年度、約2億円かけて就労支援の専門員を48人置いた。その結果、2千人近くが職に就き、保護費を8億5千万円減らした。

 経済効果の不明な道路をつくるより、よほど役に立つ。

 自治体が「働ける人は、早期に自立してもらえる」という自信を持ち、生活保護を「入りやすく、出やすい」制度にする。そんな好循環をつくりたい。

 問題は、こうした自立支援の事業を支える財源が不安定なことだ。政府はいま、来年から7カ年の計画で「生活支援戦略」を考えている。公共事業で「国土強靱(きょうじん)化」するより、ずっとまっとうで、社会を強くするお金の使い方だろう。

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