弐式の自作小説

30歳過ぎてから趣味になった小説を、ブログ小説という形で公開しています。ちょっと立ち読みしていただければ幸いです。

雪の残り

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雪の残り【あとがき】

 2か月半に渡って掲載してきました『雪の残り』もようやく終わりとなりました。400字詰めの原稿用紙に換算して約308枚。当初の予定よりかなり増えてしまいましたが、それ以上に執筆時間は想定していた以上。確か書き始めたのは2月の終わりでしたが、最後の方は掲載と執筆を同時にやっている有様でした。自分がそれだけ遅いということなのですが……それでも、何とか書き上げられました。最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
 
 さて、作中では夏休みの終わりごろで物語が終わっていますが、現実世界では夏休みが始まったばかりですね。学生の皆さんは暑かろうと、宿題がたくさんあろうと、今しか経験できないことを、たくさんしてください。将来の財産になるはずです。と同時に、水の事故や、熱中症など、重々注意して、無事に夏を過ごしてください。
 
 夏のスポーツイベントといえば、真っ先に甲子園大会が思い浮かびますが、2012年のインターハイは北信越を舞台に、7月28日から8月20日に渡って開催されます。今年も、全国の高校生の、高校生らしいフェアで爽やかな熱闘に期待します。
 
 
 今作のブロットを立てるときに、最初に考えたのは、何も起きない話を書こうということでした。猫が話しているだけで大事件だなどと突っ込まないでください。些細なことで迷ったり悩んだりできたあの頃を書きたいな、というのが最初でした。読んで頂いて満足いくものが書けたか自信はありませんが、自分の中では最初に決めたことはちゃんと書けたと思っています。
 
 実のところ、残雪というのが何者なのかとか、4角関係の行方はとか、漠然としたストーリーはできているのですが、書くことはないでしょう。それでも彼らのことを覚えていていただければ嬉しいです。書きたくなくても書けー! と言ってもらえればなお嬉しいです。
 
 今後の予定ですが22日から25日まで4ページくらいの短編を、一本掲載する予定です。次作も読んでいただければ嬉しいです。
 
2012年7月21日 弐式
 
 
 
 
 

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雪の残り【75(最終)】

 胸ポケットから手帳を取り出して、開いたページに視線を落として何かを確かめると、
 
「準が2つも付くような結果で悪いけれど、沙耶香先輩が、祝勝会をしてくれることになってな。明後日の夕方からなんだが。体は空いているか?」
 
「空いてるけれど……誘ってくれているのか?」
 
「俺が通っている合気道の道場の先輩とかが、盛大にしてくれるって言ってくれているからさ。……可愛い子が結構いるから紹介してやるよ」
 
 純一君がごくっと唾を呑んだのが分かった。なんだろう? このがっかり感。さっきまでちょっと格好いいなとか思っていたのに。
 
「残雪も来るだろ? 御馳走もたっぷり出るぞ。肉と魚はどっちがいい?」
 
 御馳走と聞いて私も思わずごくっと唾を飲み込んだ。「うにゃーん」と私は一声鳴いた。肉も魚も大好物だと、言葉を発さなくても分かってもらえるだろうと思った。孝樹君は私の顔を両手で挟んで、くしゃくしゃっとすると、「じゃ……詳しいことは追って連絡する」と言って、その場を去って行った。
 
 
 
 
 
「高校生の日本一……か」
 
 相変わらず窓からずっと外を見続けている純一君が呟いたのが聞こえた。私はそれを聞いて、おや? と思った。孝樹君は今、『日本一の高校生』と言ったのだ。言葉を入れ替えたにすぎないかもしれないが、この2つの言葉が意味するところは、全く違うことのように思える。
 
 言葉ってやっぱり難しいなぁ……と思うと同時に、人の気持ちもままならないものだと考える。複雑に張り巡らされた好意の線は、結局未だどこにも結び付いていなかったのだから。
 
「藤崎が入院してから、太陽観測も止めてしまっていたな。結局、小学生の日記と同じで、一か月も続かなかった。名城は、今からずっと、ずっと先のことを見据えている。凄いよ……あいつは」
 
 この言葉は、私に言ったのだろうか? 神ならぬ私には、1年も先の私のことも、純一君のことも孝樹君のことも、もちろん若葉さんのことだって愛莉さんのことだって分かるはずがない。こうなって欲しいという漠然とした希望はあっても、そうなるという保証はなく、ただ、暗闇の中にある明日を、未来を、ただ待っているのみである。
 
 彼らと付き合い始めて分かったことの1つは、人間は将来とか未来とかいうものをとても大切に考えるものらしい、ということだ。将来の成功を目指し、努力し、願う。私には、そういった感覚は未だに理解しえないものでもある。日々というものを今日の連続としか考えられない私とは、何かが根本的に違うのだ。
 
 人間はそれを、可能性という言葉で表す。未来は未知であるが故に、あらゆる可能性がある。その可能性に期待し、その可能性を掴むために努力をする。目の前に広がるのは連続している“今日”のはずなのに、人は昨日に後悔し、明日に希望を見出す。
 
 それは何故か……。
 
 そんなことを考えていると、私の腹の虫が盛大に鳴った。明後日は御馳走が食べられるにしても、今日の空腹をまず解消しなければ。そんなことを考えた瞬間、私は、びびっ!  と頭の中を電流が走ったような気がした。自分が何かを大発見したような気分になった。
 
 それを、未だに独りで何か考え事をしている純一君に伝えようとして止めた。それはきっと人間なら誰でもわかっていることだろうと思うから。
 
 私は、明後日に何が起こるか、ちょっとだけ知っている。私にとっては、ずっと先のことなのに。そして、その時を心待ちにしている。
 
 彼らにしてもきっとそう。不確定ながら、未来に何かがあると知っているからこそ、進んでいけるんだ。進んでいるんだ。ただ漠然と明日を待っているわけではないんだ。
 
 そう、そうなんだ。
 
 “未来”っていうのは“楽しみ”ってことなんだ。
 
《fin》
 
 

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雪の残り【74】

 私はちょっと口を開いて、あの時の感触を思い出した。あれは何だったのか……などという疑問は、すっかり失念していた。
 
「……あれはさ、名城の携帯の電話番号だったんだ。陽村さんが言うには、一度、水に濡れて乾いた跡があったって。ひょっとしたら、用水池で若葉が必死にハンドバッグを取ろうとしていたのはこれが入っていたからじゃないか……って言われたよ」
 
 それは愛莉さんがそう思っただけで、事実とは違うのかもしれない。でも私も愛莉さんと同じことを考えたのも事実だった。違ったのは、見せるべきではないと考え隠そうとした私と、事実を純一君に突き付ける方を選んだ愛莉さん。
 
 どちらが正しかったのか……。
 
 純一君は、教えてもらってよかったのか、それとも、やはり教えない方が良かったのか。聞いてみようかと思ったけれど聞けなかった。別に、純一君の気持ちを慮ったなどというわけではなく、人が歩いてきた気配がしたので、口を開くのを止めたのだ。でも、それは無用な心配だった。やってきたのは、私が喋ることができることを知っている、もう1人の人だったから。
 
「校舎内であんまり大声を上げていると、気付かれるぞ」
 
「……よう、準準優勝」
 
「その言い方はよせよ」
 
 思いっきり嫌みを込めて声をかけた純一君に、孝樹君は不快そうに返す。それから、純一君の隣に立って、窓枠に手をついて、純一君と同じように外を眺めた。
 
「この間は、色々とすまなかったな。一応礼を言っておく」
 
「藤崎の見舞に戻ってこなければ、100m200mか……どっちかでも優勝で来たんじゃないか?」
 
100m200m3位。それが俺の今の実力で結果だよ。それに、俺には、来年雪辱を果たすチャンスはあるからな。今年の優勝者と準優勝者が全員3年生だから、大学に行ったらばっちりリベンジしてやるさ」
 
 3位というのは、いい成績なのか悪い方なのか……。今度、数の数え方を聞いておこう。
 
 さっきの若葉さんの物言いでは、そんなにいい成績というわけじゃなかったのだろうけれど。
 
「さっき、若葉に会った。優勝できなかったのは自分のせいだと思っているみたいだった」
 
「やっぱり、あの馬鹿、そんなことを言っていたか……」
 
 孝樹君は、純一君と並んで空を見上げる。
 
「俺……好きな人がいるんだ」
 
 孝樹君がいきなり言いだした。
 
「は? え? ええ!!」
 
 動揺しすぎだよ。純一君。
 
「そそそそ……それって、僕が知っている子なのか」
 
「ああ。お前も知っている人だよ」
 
 なんだろう……2人の会話のニュアンスに、微妙な違いを感じた。
 
 私は純一君をつたって窓枠にぴょんと飛び乗ると、男子生徒2人が並ぶ間にちょこんと陣取って、一緒に中庭を眺めた。
 
 私を間に挟んで、話は続く。
 
「その人が、もしも自分以外の人のことを見ているとしたらどうする?」
 
 純一君の脳裏に走ったのは、多分若葉さんの顔だろう。
 
「それでも、その子のことを僕は好きだから。僕はずっと見ているし、好きになってもらえるように、頑張ってみるよ……」
 
 せっかくの格好いい台詞を尻すぼみにしては様にならないよ。
 
「一歩間違えたら、ストーカーだな」
 
「うるさいな。スト―キングと、男の積極性は紙一重なんだよ!」
 
「でも、その人が自分より7歳も年上で、しかも先日、結婚式を挙げたばかりだったら? 好きだから、何をしても赦される? そんなのは、小説や漫画やドラマや映画や……とにかく、フィクションの中だけなんだよ」
 
「お前……それひょっとして……」
 
 ひょっとしなくても、該当しそうな人は1人しかいない。
 
「前々から、そういう相手がいるって知ってはいたんだけれどな。実際に結婚するって知ったらどうにも抑えられなくて、若葉にも八つ当たりみたいなこと言ってしまった……お前が言う通り、小さい男だよ、俺は」
 
 孝樹君は、ぱきぱきと指を鳴らすと、
 
「だから、今は水泳と勉強とに全力を尽くす。何と言えばいいか分からないけれど、とりあえず日本一の高校生を目指してみるよ。せめて沙耶香先輩に、自慢の後輩として、心の中に置いておいてもらえるように、さ」
 
 孝樹君はじゃあな、と手を振ってその場を離れようとして、「あ!」と声を上げた。
 
「そうだ。用があってお前たちのことを探していたのに忘れていた」
 
 

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雪の残り【73】

 2人の話の内容は、やがて入院中の事に及んでいった。純一君は触れたくはなかっただろうけれど、確かめておかなければならないことでもあっただろう。
 
「名城が、17日にお見舞いに戻ってきたって聞いたけれど」
 
「らしいね。私は、あの時はまだ、意識が戻っていなくて顔を合わせられなかったけれど」
 
 若葉さんの表情にちょっと影が差した。
 
「大会の前日に、何時間もかけて私の見舞いに来たりするから、あんな結果になっちゃうのよ」
 
 あんな結果……。そんなに残念な結果だったのだろうか。そういえば、私はまだ、孝樹君の結果を聞いていないことを思い出した。
 
「それについては、藤崎が責任を感じる必要はないし、責任を感じたら名城にも失礼だと思うよ」
 
 若葉さんを慰めるように、純一君が言う。
 
「今回ばかりは嫌になっちゃうよ。昔も今も、私は孝ちゃんに迷惑かけてばっかり」
 
「いいんじゃないか? それで。誰に迷惑かけずに、誰の世話にもならずに、大人になれる人間なんかいないんだからさ」
 
「……それって、ただの開き直りだと思う……」
 
「かもな」
 
 純一君がそう言って少し笑う。
 
 若葉さんは苦笑して、
 
「何だかさ……。私って、ヤな女だよね。森上なら、多分、そう言ってくれると思って探していたんだよ。慰めてくれるだろう、って」
 
「名城は言ってくれないのか?」
 
「孝ちゃんは私には愚痴らないから、私の方からは愚痴り辛いんだよね」
 
 若葉さんは寂しそうだった。
 
「……愚痴ればいいんだよ。思いっきり、山ほど、さ」
 
 純一君は、そう言って窓枠に手を置いて、爽やかに澄み渡った雲ひとつない青空を見上げた。
 
「他人の受け売りで申し訳ないけれどさ。些細なことで悩んで、迷って、苦しんで、立ち止まって、振り返って……それができるのは、僕らの特権なわけじゃない」
 
 純一君は、若葉さんの方には視線を向けず、ただじっと窓の外に視点を合わせたままで言った。
 
「……だからさ。僕の事は気にしなくていいから」
 
「え……?」
 
「この間の話は……ノーゲームってことでいいから。藤崎がさ、誰かに遠慮したり、気持ちごまかしたりしないでさ……。ちゃんと、自分の気持ちを見つめて、自分が一番いいようにしてほしいんだ」
 
「森上……あんたって……」
 
 若葉さんは純一君から目を逸らした。若葉さんの薄くリップを塗った唇が数かに開いて、掠れるような声が漏れた。
 
「ゴメン……」
 
「それからさ……」
 
 純一君は、今度は若葉さんの方にしっかり向き直り言った。
 
「藤崎が誰のことを見てても、僕は、藤崎のことが好きだから」
 
 若葉さんが大きく大きく眼を見開いて、その瞳から、つつっと涙がこぼれた。
 
 慌てたようにハンカチも取り出さずに、むき出しの右腕で目元から頬を濡らした涙を拭った。それから、おそらく今の彼女にとっては精一杯だろう、それでも顔全体で笑うような印象的な笑顔を見せて言った。
 
「今度さ、ちゃんと教えてよ。私のどこが好きなのか」
 
 
 
 
 
「あんたって……」
 
 若葉さんが去って行ったので、私は純一君に声をかけ、足下にすり寄った。
 
「馬鹿だよな〜?」
 
 私の呆れた声に、再び廊下の窓枠に両手をついて外を眺めながら純一君は答える。私は足元にいるから、純一君の表情は分からなかったけれど、何となく晴れ晴れとしているような口調に聞こえる。
 
 今、純一君には、空か、いつも私が昼寝している緑豊かな中庭が見えているはずだ。その景色は今、彼の眼にはどう映っているのだろう。心の中が違えば、目の前に広がる景色も違って見えるというのも、ここ1ヶ月の出来事を通じて知ったことだ。
 
「この間、病院からの帰りに、陽村さんから貰ったんだ。残雪の口の中にあったっていうメモをさ」
 
 
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雪の残り【72】

「あ! あ! あ! あなた……お姉ちゃんに……何を言っているのよ……! ……というか、どうして7歳も年上のお姉ちゃんと私を間違えるのよ!」
 
 聞こえてきた愛莉さんの声は震えていた。それは怒りからなのか、気恥ずかしさからなのか分からないけれど、今私がひしひしと感じているのは殺気というやつだろう。今の彼女なら、手を触れないでも人を殺せそうな気がする。
 
「愛莉……。ジュースの缶を投げるのはやめなさい。当たり所が悪かったら死ぬわよ」
 
「笑いをこらえながら言うなっ!」
 
 私はひっくり返ったバスケットの中でくるりと体を動かして、目の前で転がる凹んだスポーツドリンクの缶を、覗き窓から目で追った。先程飛んできたのはこれか……。
 
 なお、念のために言っておくが中身が入ったジュースの缶は、使い方を誤ればあまりにも危険な凶器になる。目などに当たればとんでもないことになるし、骨が折れたり、当たり所が悪ければ死ぬことだってあり得る。人に向けて投げたり、頭の上に落としたり、それで叩いたりなど、絶対にやってはいけない。ダメ! 絶対! である。
 
「ふ〜ん。愛莉が孝樹君のことをね〜。へ〜。それなら、妹思いのお姉ちゃんが一肌脱いであげよう」
 
「やめなさい! なんでもかんでも、面白おかしくしようとするくせに!」
 
「失礼ね。可愛い妹の恋路を応援してあげようと思っているのに」
 
「その物言いが既に……」
 
 と言いかけた愛莉さんがため息をつきながらがっくりと肩を落とした様な気がした。彼女にも苦手なものがあったのか、と少々意外に思えた。
 
 愛莉さんは、沙耶香さんを相手にするのをやめて、標的を純一君に移したようだった。その純一君はといえば、未だ頭を押さえてうずくまったままだ。
 
 大切なことだから何度でも言うけれど、人に向かって中身入りの(中身が入っていなくても!)ジュースの缶を投げてはいけない。スプレーなどの缶を投げてもいけない。ペットボトルもダメだし、ドラム缶もアウトだ。何が言いたいかといえば……人に向かって物を投げちゃダメってこと。経験者として声を大にして叫ぼう。
 
 私は、今の愛莉さんの迫力に押され、バスケットの中で縮こまりながら、心の中で力強く主張した。
 
「……とにかく」
 
 愛莉さんは純一君の前に、彼と同じようにしゃがみこんで、両手で純一君の顔を挟む。
 
「私は、君の助けなんか必要ないから」
 
 私のところからではよく見えないけれど、純一君は何か恐ろしいものを見たかのようにコクコクと頷く。一体、彼は何を見たのだろう? それこそ、知らない方がいいことも世の中にはある、というものなのだろう。
 
「もういい時間だし、行こうか」
 
 口調に笑いを含ませたまま、沙耶香さんが人差し指をキーホルダーにさして、くるくると車の鍵を回した。
 
「だってさ。……さっさと立ちなさい」
 
「お前な……」
 
 未だに回復できていない純一君は、怒りとは違った震える声で一言返すのが精いっぱいだった。いや、これは怒りの震えだったのかもしれない。愛莉さんは全く意に介していなかったが。
 
 
 
 
 
 825日――。夏休みが終わりに近づいていた。あれから雨の日も、曇りの日もあって晴れた日ばかりではなかったが、ようやく私は夏バテから少し脱して、食欲は今まで以上に旺盛になっていた。すくすくと成長している証拠だろう。
 
 校舎の中を散歩していると、幾人かの生徒が私に手を伸ばしてきた。頭や背中や尻尾やお腹を撫でられてくすぐったい。じゃれながら、ふと一抹の寂しさを感じていた。純一君とも、若葉さんとも、愛莉さんとも、孝樹君とも、病院以来、しばらく顔を合わせていなかった。
 
 他にも学園の生徒にもお友だちはいるけれど、この4人とは、この1か月強の様々な出来事を通じて、かけがえのない友人と呼び得る存在になったような気がしていた。
 
 そんな私が、創成学園高等部の校舎内で、純一君と若葉さんがたまたま出くわしたところに、さらにたまたま私が出くわしたのは、果たして偶然だったのか。私は嬉しくなって、小走りに駆けよった。
 
「……バスケ部に顔を出したのか?」
 
「うん。さすがにしばらくは練習には出られないしね。顧問の先生や友達と、少し話をしてきた」
 
「辛くはないか?」
 
「ううん。全然平気」
 
 制服姿の若葉さんがガッツポーズして見せる。しかし、その表情は、全快というにはまだ足りないという感じだった。
 
 そして純一君も、何だか浮かない表情をしている。
 
 私は、2人の様子に、何となくただならないものを覚えて、声をかけることができなかった。
 
 

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