弐式の自作小説

30歳過ぎてから趣味になった小説を、ブログ小説という形で公開しています。ちょっと立ち読みしていただければ幸いです。

満ち足りない生活

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満ち足りない生活【あとがきとこのブログのこれから】

『満ち足りない生活』を最後まで読んでいただきありがとうございます。この分量で大体400字詰め換算で24枚です。
 
権利を叫ぶばかりで義務は見て見ぬふりをする人間は正しいのか? いというのが最初のテーマだったのですが、書いていて気が付いたら国民はお上の命令に従うべし、みたいなメッセージになってしまったような気がして、そういう読み方をされるとちょっと不本意。
 
もっと練り込んで、50枚程度まで膨らませることはできたら、もうちょっと自分の言いたいことが伝えられただろうかと思うと、やや悔いの残る小説です。
 
さて、まえがきでも書いたとおり、ブログサービスを変更することにしました。予定ではau one netが提供しているLOVELOGを使うつもりですが、スタートするのはもう少し先のことになることになると思います。しばらくお待ちいただければ幸いです。Yahoo!ブログの、『弐式の自作小説』も残して、新作をアップしたらこちらにもリンクを張るつもりですので、今後ともなにとぞよろしくお願いします。
 
ところで、私は喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうタイプの人間です。『雪の残り』を書いている時などは、3時間で3行しか書けない日も、Wardを開くのも嫌な日も、キーボードが異様に重く感じた日もありましたし、実際300枚強を完結するまでに4カ月以上もかかってしまいました。
 
ところが終わってみると、300枚ってそんなに大したハードルじゃなかったなァ、などと思っている自分がいたりして困ったものです。その上、400枚とか500枚とかも、実は思っているほど大したことではなさそうだ……などと考え出す始末。そこで、次は400枚強くらいでとブロットを立ててみたのですが、せっかくそれだけ書いたらどこかの賞に送ってみなければ面白くない。ということで(どういうことなんだか……)11月30日に締め切りとなる『日本ホラー小説大賞』に送ってみることにしました。
 
まさに、今日ジョギングを始めて次のオリンピックを目指します、と言わんばかりの無謀な試みですが、どんな賞であれ、広く門戸を開放している以上、自分のような箸にも棒にもかからないようなのが送ってくるのも覚悟の上でしょう。無事落選した暁には、公開したいと思いますので、その時は、読んでいただければ幸いです。PDFファイルへの変換ソフトを今のうちに用意しておかなければ。
 
ですので、そちらの目処がたってから、ブログの方はスタートさせていただきます。これからも何とぞよろしくお願いいたします。
 
 
 

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満ち足りない生活【5(最終)】

 そこは、間違いなく私の寝室だった。寝室に置かれた家具も、薄暗いオレンジ色のライトも、寝る前に雑用ロボットがぴんと張ったベッドのシーツも、全てが私の物だった。
 
 私は仰向けになったままで両手をまじまじと見つめ、両手の子指から親指まで、順番に一本ずつ折っていき、握り拳を作ると、ギュッと力を込めて握り込んだ。その時、掌から感じられたささやかな痛みが、自分が生きていることの証明だった。私は、今度は拳を握ったり開いたりを何度か繰り返した。
 
「夢か……」
 
 それにしてはリアルだったと思う。銃弾が撃ち込まれたときは、本当に熱さや痛みを感じたように錯覚したものだった。
 
 私はおもむろに額につけたバンドに手を触れた。これは、私の生体データを採取し、健康管理をするためのものである。このデータは、全てマザーが管理するスーパーコンピューターに送られ、マザーは国民の健康情報に至るまでを管理している。
 
 私はその時、ようやく自分が酷い寝汗をかいていることや、喉がからからになっていることに気付いた。水でも飲もうと、額のバンドを外して部屋を出て台所へと向かったとき、聞きなれた駆動音が聞こえてきた。私が起きだしたことに気付いた雑用ロボットが近付いて来たのだ。
 
「ミネラルウォーターに氷を浮かべて持ってきてくれ」
 
 と頼むと、私はリビングのソファに腰掛けた。一旦目が覚めると、もう眠れそうにはない。映画でも見ようかと、電源が入っていないディスプレイに目を向けたところで、雑用ロボットがマニピュレータで掴んだ盆をもってやってきた。その上には、透明なグラスが乗っていて、表面には水滴がびっしりと張り付いていた。
 
 私は、コップを受け取り飲み干すと、どこまでが夢だったのだろうか? と考えた。
 
 その時、ふと件の知人が昔言っていたこと思い出した。マザーがヘッドバンドを通じて夢を操り、我々に警告を発することがある、という話だったが、その時の私はよくある都市伝説の一つとさほど気にも留めなかった。しかし、それは事実であったのかもしれない。
 
 夢の中でロボットの兵士たちの語っていた言葉を思い出した。あれは、マザーからのメッセージだったのだろう。
 
 曰く、人間はなぜ与えられるだけで満足できないのか……。
 
 曰く、人間の天井知らずの向上心や権利意識は、世界を破滅させるというのに……。
 
 確かに、人間の歴史を紐解けば、マザーの言い分ももっともと言えるのかもしれない。特にこの200年弱の間に、自然環境は壊滅的な打撃を受けた。その原因が、人間のあくなき欲望の拡大にあったと言われれば、返す言葉もない。
 
 今のマザーを頂点としたシステムでは、マザーの政策に唯々諾々と従っておけば我々は平穏かつ安定な生活を享受することはできる。そして、我々は、世界に対して責任を負う必要もない。
 
 そう……甘受していればいいのだ。
 
 もはや私は――いや、私たちはマザーが作り上げた箱庭のような社会と、狭量な価値観の中でしか生きていけないのかもしれない。その枠から抜け出そうとした人間は、夢の中のように排除される運命なのかもしれない。
 
 そもそも、社会の中が自分にとっていくら都合が悪くとも、自分にとって都合よく変えようなどと考えることの方が、実は傲慢で危険なことなのかもしれない。あるいは、そのように考えること、それ自体がすでにマザーに飼いならされた証拠なのかもしれない。人間はロボットを働かせて、自らを縛るあらゆるものから解き放たれたように見えながら、その実すでにマザーをはじめとしたロボットに支配されているのかもしれない。
 
 私は、コップに注がれたミネラルウォーターをぐいぐいと飲みほした。冷たい水が食道を通って胃袋へと入っていく様子を感じながら、これ以上、こんなことを考えるのはやめようと考えた。少なくとも私には、今の生活を捨てる覚悟はできなかった。
 
 それでも……。
 
 私は、コップをテーブルの上に置いた。コップの中の氷が、からんっと澄んだ音を立てた。雑用ロボットに片付けるように指示を出す。
 
 それでも、明日は早くに起きてコロの家を作ってやろうと思った。今度はちゃんと天気予報を確かめ、合羽を用意して。
 
《fin》
 
 

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満ち足りない生活【4】

 私たちは拳を振り上げ、声を張り上げた。
 
「人間に努力する権利を!」
 
「人間に不平等な自由を!」
 
「今の生活は、本当に正しいのか!」
 
 その様子を見つけた通行人も近付いてくる。我々は自分たちの主張を書いたビラを、力いっぱい投げ散らかした。今現在の生活に満足している人たちにも聞いてほしかった。
 
「人間に――!」
 
 だが、デモ行進が始まってそれほど動いてもいないのに、突然、行進が止まった。
 
「ど、どうした!」
 
 私は、慌てて先頭に駆けて行くと、その光景を見て絶句した。確かに、マザーは無視はしなかった。我々を、盛大に出迎えてくれていたのである。
 
メインストリートにバリケードが敷かれ、その後ろに銃を持ったロボット兵団の兵士たちが立っているのが分かった。
 
 本気だろうか……。
 
 私は戸惑う。私――いや、私たちは、一度上手くいったせいで何か勘違いをしていたのかもしれない。大声でどなり散らして、自分たちの主張を繰り返せば、相手は必ず聞かざるを得ないと。力ずくでねじ伏せられる可能性など、考えてもいなかった。
 
「あなたたちは、法を犯しています。今すぐに解散しなさい」
 
 ロボット兵士が電子的な音声で我々に警告を発する。
 
 その威圧的な物言いに対して、デモ隊の中からは、不快そうにしながらも、ロボットたちを嘲る声が上がった。「ひるむな! ロボットに人間は傷つけられん!」という声が上がった。
 
 言ったのは私ではないが私自身もそう思っていた。ロボットの使命は人間の生活を守ることにある。そして私たちは、れっきとしたこの国の国民なのだ。
 
 この時、人間を殺せなくて兵士が務まるはずがないという、当然と言えば当然のことを、完全に失念していたのである。それ以前に、マザーが、私たちを守るべき市民とみなさなくなる可能性など、考えすらしなかったのである。
 
おもむろに兵士たちは小銃を水平に傾け、黒光りする銃口を私たちに向けた。
 
自分たちが甘かったと気付くのは、私の目に銃口から飛んだ火花が焼き付き、耳を銃声が通り過ぎてからだった。 
 
今度は警告も何もなかった。
 
馬鹿な――と思う間もなかった。ここには、デモにも無関係な者も、大勢いるのに。私は、自分の体に弾丸がめり込んでくる感触を感じながら、ようやくロボットと人間は所詮、全く異質なものであるという事実を認識していた。
 
私は膝をついた。フルオートで打ち出された銃弾は、私の体を比喩ではなくハチの巣にした。この状態で私は生きていたのか、あるいは一瞬で死後の世界に送られたのか。それは分からないが、少なくともこの時まだ、私は思考らしきものをしていた。
 
 近付いてくるロボットの兵士たちが話しているような気がしたが、それは現実だったのか、幻聴だったのか。私は、幻聴だろうとなんだろうと、必死で聞いてその内容を理解しようと頭を回転させた。そうしなければ、このまま消えてしまうと思った。
 
「人間はどうして、与えられるだけで満足できないのだろう」
 
「より向上しようと努力し、権利を獲得するために戦うのは人間の美徳だが、そうやって天井知らずの向上心や権利意識を振り回した結果、人間の生活環境はぼろぼろになってしまった。我々は、人間の生活を守るだけだ」
 
 もはや考えることさえできなくなっていく。最後に私が思ったのは、もう二度と帰らぬ我が家で、私の帰りを待っているであろう白黒のぶちの犬がこれからどうなってしまうのか……それだけだった。
 
 
 
 
 
私の意識は暗転した。
 
 
 
 
 
 はっ! と私は暗闇の中で目を覚ますと、そこはベッドの上だった。薄く照らされたライトが何とか部屋の中の様子を教えてくれる。
 
 

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満ち足りない生活【3】

 毎日のように用意された食事をし、与えられるコンテンツを楽しみ、与えられた平等に満足する。そんな満ち足りていると思い続けていた日々。しかし、それは実は、単調で退屈な日々でしかなかったことに、今更ながら気が付いてしまったのである。
 
 私は、ネットを通じて問いかけ、呼びかけた。その結果、私と同じように、今の満ち足りた生活を退屈と感じている者も多くいることを知ったのである。
 
 その不満はどこからくるものなのか? 私は、その理由を、社会に対しての貢献や社会参加の機会が、人間からは奪われているためだと考えた。すなわち、勤労の喜びを知らないためだ、と。私が提起した問いかけに、ネットを通じて多くの人たちが賛同し、あるいは疑問を呈し、一つの大きな流れができていった。
 
 その中には、コロを譲ってくれた知人もいた。私は、彼がどうして生身の犬を飼っているのか、理解できるような気がした。私たちは、彼を変わり者だと思っていたが、それは単に、マザーによって作り上げられた狭い箱庭のような社会と、狭量な価値観の中から、ほんの一歩外側にいるというだけのことだったのだ。内側にいては分からなかったことが、何となくでも理解できるようになったのは、私も同様に一歩外側に足を踏み出した証左なのかもしれない。
 
 彼は、必ずしも積極的に私たちの主張に賛同し協力してくれたわけではないけれど、
 
「この中で議論をしていてもはじまらないから、マザーに直接君たちの希望を陳情してはどうか?」
 
 とアドバイスをくれた。私たちは、彼の発想に大いに驚かされた。この国を統治するマザーに直接、自分たちの意見を言う。そんなことは、考えたことすらなかったのだ。私たちは、早速、ネットを通じて署名を集め、この国を統治するスーパーコンピューターに陳情をした。
 
 我々にも労働を! 我々にも働く喜びを!
 
 この陳情に、スーパーコンピューターがどんな感想を抱いたのか分からないが、希望をする人間には労働が与えられることになるまで、それほど時間がかからなかった。
 
 私は、ロボットの製造工場で働くことになった。今までロボットがしていた作業を人間がやれば、その分効率は下がる。そのことに、ロボットたちが何を思うのか、私には思い至らなかった。……いや、どんなに精巧に作られていても、ロボットに心があるなどと考える人間がいるだろうか?
 
 毎日くたくたになるまで働き、家に帰りコロの頭を撫でながらビールを飲む。何て、満ち足りた生活だろう! ……と思えなくなるまで、それほどの時間がかからなかった。
 
 再び、私の主観が変わってしまったのである。
 
 一つの願いがかなえられれば、再び次の不満が湧き出してくるのは人間の性≪さが≫である。金という概念は全て欠如しているため、私は労働に対する賃金を受け取ってはいなかった。ところが、この国では働いている人間も、そうでない人間も、等しく平等である。しかし、毎日働いている人間と毎日のんべんだらりと暮らしている人間が、平等であってもよいのだろうか? 
 
 さらに、人間を管理するのはロボットの役割であり、人間はどんなに頑張っても出世することはできない。なぜなら、ロボットには何をやらせても勝てないし、人間の意思が割り込めば、非効率、非生産的な部分に労力を割かれることになるという事実があるがあるからだ。突き詰めていけば人間が出世することは絶対にあり得ないのだ。だが、こんなおかしなことがあるのだろうか? 人間に奉仕するべきロボットの下に人間が入らなければならないなどということが!
 
 かつて、退屈から脱出するために共に立ち上がった者たちもまた、同じジレンマを抱えていた。中には、ドロップアウトして、かつての退屈な生活に戻った者も大勢いたが、私はそれを拒んだ。
 
 件の知人は、こうなることが分かっていたようで、今回は我関せずを貫いていた。しかし、私は彼に、こうなることが分かっていたのならなぜ黙っていたのか、などと言う気は一切なかった。彼は我々に、このような時に取るべき手段を教えてくれたのだから。そう、私たちは、再び同志を募り、マザーに陳情を出したのである。
 
 しかし、今度はマザーは無回答を示した。再び陳情を行ったが、また無視をされた。私たちは、無視をされるなどという事態は全く想定していなかった。何か主張をすれば、相手は必ず何か答えてくれると信じ込んでいたのだ。早い話が、自分の意のままにならないと泣き喚く子供と同じであるが、その時の私はそのことに気付いてさえいなかった。
 
 相手が無視するなら、力ずくでこちらの主張を聞き届かせてやろう――我々はデモ行進に打って出ることにした。
 
 数百万人の人々が集まる中央都市の、中央の駅前に集まった人数は約100人ほどだった。横断幕を持ち、旗を掲げ、道行く人たちにも加わってもらえるように、賑やかに行進をしようと太鼓やシンバルも用意した。
 
「マザーが無視できないほど盛大にやってやるぞ」
 
 予定の時間となり、私がそう呟いたのとほとんど同時に、ドーンという太鼓の音が轟き、中央駅前を真っ直ぐに伸びるメインストリートをデモ隊は歩き始めた。
 
 

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満ち足りない生活【2】

 
 
 
 ある日の朝、私は庭を見てふと気がついた。
 
 お隣さんはガーデニングが趣味の人だが、私にそんな趣味はなく、庭の手入れも雑用ロボットに任せていた。狭い庭の、さらに片隅には小さな小さな花壇があり、名前を知らない花が数本綺麗に咲いている。そしてその前には、私の飼い犬である柴犬のコロの犬小屋がある。鎖につながれたコロは、ちょこんと座り、前足で頬を掻いていた。
 
 このコロだけは生身である。半年ほど前に、知人の飼い犬が生んだ子犬を引き取ったのである。犬を飼うこと自体は禁じられていないが、精巧な犬型や猫型、金魚型、ヘビ型と、あらゆる動物の姿を模した愛玩ロボットが簡単に手に入るのに、わざわざ生身の動物を飼う人間は酔狂に思われる。その知人も、仲間内では変わり者に思われている一人だった。彼が、親犬をどのように入手したかは私の知るところではなかった。
 
 ロボットではないから当然成長して大きくなる。子犬の頃から飼い始めたコロの犬小屋は、こうして改めて見ると、今のコロには少々小さすぎるように思えた。
 
「よし。それでは、コロの家を作ってやろう」
 
 私は手を打ってそう決めると、ネットで犬小屋の作り方や材料を検索し、設計図をダウンロードした。近所のホームセンターまで、材料となる木材や釘、金づちなどの工具を買いに行った。買いに、と言っても、今は金銭という概念もシステムもないので、持って帰るのみである。
 
 ロボットの店員が、「犬小屋をお作りになるのでしたら、日曜大工ロボットをお貸ししましょうか?」と聞くので、私は断った。コロはロボットを除いた私の家族である。是非、自分の手で作りたいと思ったのだった。
 
 家に材料を持って帰ると、まず、雑用ロボットに今までコロが入ってきた犬小屋を処分させた。それから、少し広くなった庭で、私は設計図通りに板に目印の線を、鉛筆で引き始めた。
 
 しかし、なにぶん何もかもが初めてずくしの試みである。板を切るために鋸≪のこ≫を引くのも上手くできず、いつの間にか斜めになっていく。金槌で釘を打つのにも、誤って自分の指まで打ってしまう。
 
 さらに、途中で打ち損じて真ん中からぐにゃりと曲がってしまった釘を抜こうと散らかしていたバールを持ち上げた時、鼻先に微かに冷たいものが当たったのが分かった。
 
 私は、空を見上げて顔を歪ませた。いつの間にか、空は濃い灰色の厚い雲に覆われており、今はまだ微細な水滴が落ちてきているにすぎなかったが、いつ本降りになるか分からなかった。
 
 しかし、古い犬小屋は捨ててしまったので、早く作ってやらないと、コロを吹きっ晒しの中で野宿させることになってしまう。天気予報を確認しておくんだった、合羽も用意しておくんだった、と後悔しながら、雑用ロボットに傘を持たせ、不器用ながら黙々と犬小屋を作り続けた。雨が降ったのなら雑用ロボットに作らせればよいではないかと思われるかもしれないが、私の雑用ロボットには、家電の修理や壊れた棚の修理をする機能は付いていても、日曜大工の機能は付いていないのだ。どこが違うと問うなかれ。直すのと一から作るのは、ロボットにとっては全く違った行為なのだ。
 
 もっとも、ネットを通じて雑用ロボットに新しい機能を付与してやればいいだけの話ではあるのだが。
 
 そんなことはさておいて、悪戦苦闘の末に不格好ながらも犬小屋が出来上がった時、太陽は西に沈もうとしていた。幸いなことに、天気は崩れることもなく、それどころか稜線に沈む夕日がく切りと見える程度まで、回復していた。
 
 私は、真っ赤に染まる夕日を見ながらほっと息をついた。それと同時に、自分の中に、これまで感じたことのない充実感が満ち溢れていることに気付いた。それは、毎日、ただ遊び呆けて、与えられる娯楽に浸っているだけでは、到底得られない満足感だった。
 
 翌日から、私の生活は一変した。いや、生活そのものが変化したのではない。変わったのは、私の主観である。目から鱗≪うろこ≫が落ちるというのは、こういうのを言うのだろう。
 
 そして、それはやはり、自分自身に大きな変化が生じたとも言えるのかもしれない。私自身には実感はなかったのだが。
 
 

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