【社説】日本の挑発には決然と、対話には柔軟に対応せよ

 野田首相が24日、李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(日本名:竹島)訪問に対し「日本の主権を侵害した事案」だと非難し「固有の領土の主権確保のために不退転の決意で臨みたい」と主張した。野田首相は前日、李大統領の天皇謝罪要求発言について「かなり常識から逸脱している。謝罪し、これを撤回すべきだ」と述べ、衆議院でも「非常に無礼な発言であり、決して容認するわけにはいかない」という内容の決議案を通過させた。また日本の外務次官は、独島リレー水泳に参加した俳優ソン・イルグクに対し「今後の来日は難しいだろう」と述べた。

 天皇の問題となると、理性を失い集団的に判断力を失って行動していた第2次世界大戦以前の日本の姿が、昔の映写機を回しているかのようにそのまま再現されている。実際にこのような現象は、日本が敗戦し米国による外形上の民主主義が導入された1950年代と60年代にも起きていた。天皇批判を連想させる小説を掲載したとして、極右団体が雑誌社の社長一家を刺殺した事件からも分かるように、日本社会には隠された裏面があった。韓国の大統領を侮辱しておきながら、天皇に対する発言は、たとえ一言であっても聞き捨てならないという日本政府の態度も同様だ。

 日本の外務省は23日、野田首相が李大統領に宛てた親書を返送しにやって来た韓国の外交官を、警備員に正門で阻止させ立ち入りを拒否した。日本政府は、このような外交的非礼について、もともと韓国が首相の親書を受け取ることさえしないという非礼を働いたことに対する措置だ、として強硬な態度を取っている。しかし、それ以前に日本は外交の常識を差し置いて、韓国の大統領に送る親書の内容を、相手が見もしないうちに公開した。さらに野田首相は親書に、李大統領の独島訪問について「李大統領が島根県竹島に上陸した」という侮辱的な表現を3回も記載していた。これは、韓国の大統領と韓国の国民全体に対する挑発だ。日本は戦前、日中戦争を起こすため事前にシナリオを作り、盧溝橋で日本軍が日本軍に対し発砲し、その責任を中国に転嫁、開戦の名分とした。日本の首相の書簡問題をめぐって悪ふざけをする手法は盧溝橋事件を思い起こさせる。

 日本の姿のあちらこちらに、最近の日本とは異なる、かなり陰惨としたうねりが目立ってきている。国内に蓄積した不満を攻撃的な対外政策を通じて発散しようとする日本特有の政治パターン、特に中国やロシアなどの強大国の代わりに、韓国をまな板の上に乗せようという下心が露骨に見える。国会の韓国非難決議案に韓国との関係を重視してきた公明党までもが加勢し、日本のメディアは「民主党政権の行き過ぎた『配慮外交』が、韓国側に日本は簡単に譲るだろうという誤解を与えた」と書き立てるなど、日本の民族主義の濁流が、再び噴出する危険な場面を再認識させられる。

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