チョビ髭、山高帽、どた靴にステッキ姿でおなじみのチャップリンが、1923年に『巴里の女性』という悲恋映画を製作している。それまで70作余りの喜劇を監督し、自ら主役を演じてきたチャップリンにとっての異色作だが、本人はチョイ役でしか出演していない。
「喜劇王」として君臨する一方で、チャップリンにはシリアスドラマを作りたいとの長年の構想があった。それと同時に『巴里の女性』製作の背景には、チャップリンの初期の映画の相手役を務めてきたエドナ・パーヴァイアンスの存在がある。パーヴァイアンスが歳を取り過ぎて、もはやコメディには向かないと感じたチャップリンは、それまでの自分への貢献に報いるために、この映画の主役に彼女を起用し、新境地を与えようとしたのだった。
生涯に結婚と離婚を繰り返し、その他の女性とも奔放に恋愛を重ねたチャップリンだが、映画の撮影期間中は仕事に専念し、公私を厳しく律するのが常だった。しかしながら『巴里の女性』の製作準備が山場を迎えたとき、チャップリンは、ルドルフ・ヴァレンチノとの艶聞でも知られるポーランド生まれの女優ポーラ・ネグリと激しい恋愛に身を委ねている。ネグリと寄り添う姿を異例にもマスコミに晒していた。そして撮影が終了するとほぼ同時に、彼女と別離している。ヨーロッパ女性との恋愛を敢行することで、ドラマの主人公のイメージを自分の中に膨らませ、製作意欲を掻き立てていたのか。
結果としてこの映画は興行的に大失敗した。喜劇人チャップリンの抱腹絶倒の演技と風刺に富んだストーリーを期待したファンに、チャップリンの登場しない芝居は興味を呼ばなかった。チャップリンは深く傷ついたという。パーヴァイアンスもその後、パッとしなかった。
しかし、従来のステレオタイプのメロドラマを覆す人物描写や演出等、チャップリンの才能が専門家にはあらためて賞賛された。そしてこの映画こそ、1923(大正12)年、第1回キネマ旬報ベスト・テンの第1位に選定された作品である。
キネマ旬報ベスト・テン(キネマ旬報賞)は今年で84回を数え、その歴史は米アカデミー賞を上回る。その伝統と共に、興行成績や業界の思惑とは一線を置きながら、作品の質を何より重視した厳正かつ公正な審査が、当年の映画界の実勢を反映する最も中立的で信頼に足る映画賞として専門家とファンに評価されている。
Posted: 22 January 2011
References: キネマ旬報ベストテン・歴代ベストワン作品データ
Charlie Chaplin : A Woman of Paris
第85回 (2011年)
一枚のハガキ 第84回(2010年)
悪人 第83回(2009年)
ディア・ドクター 第82回(2008年)
おくりびと 第81回(2007年)
それでもボクはやってない 第80回 (2006年 )
フラガール 第79回 (2005年 )
パッチギ! 第78回 (2004年 )
誰も知らない 第77回 (2003年 )
美しい夏キリシマ 第76回 (2002年 )
たそがれ清兵衛 第75回 (2001年 )
GO 第74回 (2000年 )
顔 第73回 (1999年 )
あ、春 第72回 (1998年 )
HANA-BI 第71回 (1997年 )
うなぎ 第70回 (1996年 )
Shall we ダンス? 第69回 (1995年 )
午後の遺言状 第68回 (1994年 )
全身小説家 第67回 (1993年 )
月はどっちに出ている 第66回 (1992年 )
シコふんじゃった。 第65回 (1991年 )
息子 第64回 (1990年 )
櫻の園 第63回 (1989年 )
黒い雨 第62回 (1988年 )
となりのトトロ 第61回 (1987年 )
マルサの女 第60回 (1986年 )
海と毒薬 第59回 (1985年 )
それから 第58回 (1984年 )
お葬式 第57回 (1983年 )
家族ゲーム 第56回 (1982年 )
蒲田行進曲 第55回 (1981年 )
泥の河 第54回 (1980年 )
ツィゴイネルワイゼン 第53回 (1979年 )
復讐するは我にあり 第52回 (1978年 )
サード 第51回 (1977年 )
幸福の黄色いハンカチ 第50回 (1976年 )
青春の殺人者 第49回 (1975年 )
ある映画監督の生涯 第48回 (1974年 )
サンダカン八番娼館/望郷 第47回 (1973年 )
津軽じょんがら節 第46回 (1972年 )
忍ぶ川 第45回 (1971年 )
儀式 第44回 (1970年 )
家族 第43回 (1969年 )
心中天網島 第42回 (1968年 )
神々の深き欲望 第41回 (1967年 )
上意討ち 第40回 (1966年 )
白い巨塔 第39回 (1965年 )
赤ひげ 第38回 (1964年 )
砂の女 第37回 (1963年 )
にっぽん昆虫記 第36回 (1962年 )
私は二歳 第35回 (1961年 )
不良少年 第34回 (1960年 )
おとうと 第33回 (1959年 )
キクとイサム 第32回 (1958年 )
楢山節考 第31回 (1957年 )
米 第30回 (1956年 )
真昼の暗黒 第29回 (1955年 )
浮雲 第28回 (1954年 )
二十四の瞳 第27回 (1953年 )
にごりえ 第26回 (1952年 )
生きる 第25回 (1951年 )
麦秋 第24回 (1950年 )
また逢う日まで 第23回 (1949年 )
晩春 第22回 (1948年 )
酔いどれ天使 第21回 (1947年 )
安城家の舞踏会 第20回 (1946年 )
大曽根家の朝 第19回 (1942年 )
ハワイ・マレー沖海戦 第18回 (1941年 )
戸田家の兄妹 第17回 (1940年 )
小島の春 第16回 (1939年 )
土 第15回 (1938年 )
五人の斥候兵 第14回 (1937年 )
限りなき前進 第13回 (1936年 )
祇園の姉妹 第12回 (1935年 )
妻よ薔薇のやうに 第11回 (1934年 )
浮草物語 第10回 (1933年 )
出来ごころ 第9回 (1932年 )
生まれてはみたけれど 第8回 (1931年 )
マダムと女房 第7回 (1930年 )
何が彼女をさうさせたか 第6回 (1929年 )
首の座 第5回 (1928年 )
浪人街(一話・美しき獲物) 第4回 (1927年 )
忠次旅日記/信州血笑篇 第3回 (1926年 )
足にさはった女
第85回 (2011年)
ゴーストライター 第84回(2010年)
息もできない 第83回(2009年)
グラン・トリノ 第82回(2008年)
ノーカントリー 第81回(2007年)
長江哀歌 第80回 (2006年 )
父親たちの星条旗 第79回 (2005年 )
ミリオンダラー・ベイビー 第78回 (2004年 )
ミスティック・リバー 第77回 (2003年 )
戦場のピアニスト 第76回 (2002年 )
ロード・トゥ・パーディション 第75回 (2001年 )
トラフィック 第74回 (2000年 )
スペース・カウボーイ 第73回 (1999年 )
恋におちたシェイクスピア 第72回 (1998年 )
L.A.コンフィデンシャル 第71回 (1997年 )
秘密と嘘 第70回 (1996年 )
イル・ポスティーノ 第69回 (1995年 )
ショーシャンクの空に 第68回 (1994年 )
ピアノ・レッスン 第67回 (1993年 )
許されざる者 第66回 (1992年 )
美しき諍い女 第65回 (1991年 )
ダンス・ウィズ・ウルブズ 第64回 (1990年 )
非情城市 第63回 (1989年 )
ダイ・ハード 第62回 (1988年 )
ラストエンペラー 第61回 (1987年 )
グッドモーニング・バビロン! 第60回 (1986年 )
ストレンジャー・ザン・パラダイス 第59回 (1985年 )
アマデウス 第58回 (1984年 )
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 第57回 (1983年 )
ソフィーの選択 第56回 (1982年 )
E.T. 第55回 (1981年 )
ブリキの太鼓 第54回 (1980年 )
クレイマー、クレイマー 第53回 (1979年 )
旅芸人の記録 第52回 (1978年 )
家族の肖像 第51回 (1977年 )
ロッキー 第50回 (1976年 )
タクシー・ドライバー 第49回 (1975年 )
ハリーとトント 第48回 (1974年 )
フェリーニのアマルコルド 第47回 (1973年 )
スケアクロウ 第46回 (1972年 )
ラスト・ショー 第45回 (1971年 )
ベニスに死す 第44回 (1970年 )
イージー・ライダー 第43回 (1969年 )
アポロンの地獄 第42回 (1968年 )
俺たちに明日はない 第41回 (1967年 )
アルジェの戦い 第40回 (1966年 )
大地のうた 第39回 (1965年 )
8 1/2 第38回 (1964年 )
かくも長き不在 第37回 (1963年 )
アラビアのロレンス 第36回 (1962年 )
野いちご 第35回 (1961年 )
処女の泉 第34回 (1960年 )
チャップリンの独裁者 第33回 (1959年 )
十二人の怒れる男 第32回 (1958年 )
大いなる西部 第31回 (1957年 )
道 第30回 (1956年 )
居酒屋 第29回 (1955年 )
エデンの東 第28回 (1954年 )
嘆きのテレーズ 第27回 (1953年 )
禁じられた遊び 第26回 (1952年 )
チャップリンの殺人狂時代 第25回 (1951年 )
イヴの総て 第24回 (1950年 )
自転車泥棒 第23回 (1949年 )
戦火のかなた 第22回(1948年 )
ヘンリー五世 第21回 (1947年 )
断崖 第20回 (1946年 )
我が道を往く 第17回 (1940年 )
民族の祭典 第16回 (1939年 )
望郷 第15回 (1938年 )
舞踏会の手帖 第14回 (1937年 )
女だけの都 第13回 (1936年 )
ミモザ館 第12回 (1935年 )
最後の億万長者 第11回 (1934年 )
商船テナシチー 第10回 (1933年 )
制服の処女 第9回 (1932年 )
自由を我等に 第8回 (1931年 )
モロッコ 第7回 (1930年 )
西部戦線異状なし 第6回 (1929年 )
紐育の波止場 第5回 (1928年 )
サンライズ 第4回 (1927年 )
第七天国 第3回 (1926年 )
黄金狂時代 第2回(1925年 )
嘆きのピエロ 第2回(1925年 )
バグダッドの盗賊 第1回(1924年 )
巴里の女性 第1回(1924年 )
幌馬車
本文に戻る
「キネマ旬報ベスト・テン」の歴代第1位作品をリストアップしています。タイトルをクリックすると動画、関連情報が表示されます。