※ これは、何度も再投稿したものですが(3回目?)、
やはりわたしは真央ちゃんが好き、日本が好き、
そして、今のこの時代に、
今のこの日本に真央ちゃんが存在する意義、その存在の重さを感じずにはいられないので、
最後に、もう一度出します。
。。。。。。。。。。。。。。
日本人が総じていちばん足りないところ、それは、
日本人としての誇りを堂々と語ることだと思います。
心ひそかにそう思ってる人も、それを言葉で、声に出して語ることはなかなか難しい。
それは、そういう風に「教育」されてきたからです。
わたしたちに、はっきりとした自覚がなくても、
向こうは、はっきりとした目的意識を持ってわたしたちを導いて来たのです。
ありとあらゆる方法で、あせらず、じっくり、確実に・・・。
そうして、わたしたちは長年にわたって、
「ほんとうのこと」は教えられず、
日本の素晴らしさも、日本民族の素晴らしさも何も教えてもらえず、
作られた歴史観と歪んだ民族意識を植え付けられてきました。
教育とマスコミが手を組んで、戦後何十年もかけて、これでもかというように、
わたしたち日本人から誇りを奪おうとしてきました。
わたしたちは本来、たいへん謙虚で、たいへん誇り高い民族でした。
それが、謙虚さを逆手にとって、いわれのない劣等感と自虐心を植え付けられ、
いつのまにか誇りを失ってしまいました。
いえ、
ほんとうに誇りを失ってしまったのではありません。
ほんとうに誇りをうしなった人間が、
あのように、世界各国から敬意と賛辞を贈られるはずがありません。
わたしたちの真の誇りが、人間としての最上の誇り高さが失われていなかったことを
このたびの震災にあった東北の人たちが、そして、全国のボランティアの人たち、
また、かつて阪神淡路大震災のときにも、それを証明してくれました。
しかし、
自分の中では普通に「愛国心」があるつもりでも、
それを下賎なやり方で高らかに謳う「右」のつく人たちに阻まれて、
堂々と言えない、敢えて言わないのがすっかり身に付いてしまった・・・
そして植え付けられた自虐心がわたしたちの「愛国心」を否定的なものにしてしまったのです。
それが、悲しい現実です。
でも、思い出して欲しい。
どんなに貶められても、叩かれても、卑下され、愚弄されようとも、
わたしたち日本人は、けっして挫けなかった。
学問、芸術、スポーツ、産業・・・あらゆる方面で、ただ卑下して諦めることなく劣等感をバネにし、
ほとんどすべての分野において、
日本人独自の発想と叡智と精神力で日本人は世界を席巻してきました。
それは、きのう今日の努力や幸運でできたわけではありません。
日本人が何世代にもわたって培い、築いてきた「国民性」の成し得た業です。
たゆまぬ努力と、独自の発想力と、献身精神と、共同の精神で手に入れた地位です。
誰かを貶めたり、他人を引き摺り下ろしてその地位に着いたのではなく、
他人の褌でもなく、漁夫の利でもない。
わたしたち日本人にしかない感性で、わたしたちにしかできない発想で、
実質的に今の世界をあらゆる面でリードしてきました。
しかし、それが他の国には全く理解できない発想だから、
ときには理解されなくて苦労したり、謂れのない誹謗中傷で愚弄されてもきました。
それは、かれらが恐れたからです。
今まで、当たり前のように世界を牛耳ってきたと思われた欧米列強国にとって、
日本が自分たちを押しのけて台頭してくることを甘受できなかったからです。
そう、かれらには、日本を、日本人の優秀さを「甘受できない」んです。
それは、実力とか、才能とか、運とか、事実とか、実証とか、
そういうものは、まったく無関係で無意味なのです。
何の根拠もない かれらの白人至上主義や中華思想と同じなのです。
中韓国の領土問題や賠償問題などと同じ、「まったく根拠のない怨恨」なんです。
だから、事実も、真実も、証拠も、実績も、なにも通用しないのです。
かれらは、ただ、「それが許せない」 だけなのですから。
かれらの思いを簡潔に一言で言うなら、「日本人はずるい」 でしょう。
もう、ほとんど子供のけんかといっしょです。
日本がどんなに努力したかは関係ない。
日本がどんなに我慢したかは関係ない。
日本がどんなに苦労したかは関係ない。
日本がどんなに犠牲を払ったかなんて関係ないのです。
わたしは思います。
かれらこそ「ジェントル」ではない。
かれらこそ「スポーツマン・シップ」を知らない。
今や、
それらの言葉や概念を作り出した西洋人より、
明らかに日本人の方がそれらを見事に体現しています。
わたしたち日本人が、
西洋の技術や基礎をほんとうの意味で理解し獲得するのに、
並々ならぬ努力をし、研究研鑽し、ついには獲得し、さらには元を凌駕するようになった今日、
圧倒的ともいえる日本文化や日本人精神によるあらゆる分野での台頭で混乱し、
傷ついたプライドを補修するために「迷走」を続ける欧米人にとっては、
とにかく 自分たちの下に日本人がいるという形を取り戻すことだけ、
どんな形でも方法でもいいから「日本人に勝つ」ことだけに邁進しているのです。
かれらは、ほんとうのところが見えていない、見ようとしていないと思うのです。
日本人は、始まりはいつも劣等感と憧憬から始まりました。
だから、純粋に、素直に、
彼らを「模倣」し、研究し、学習して体得してきました。
結果、不利ゆえの不断の努力と研究心でいつしか本家をしのぐ成果と境地に達することができました。
しかし、劣等感から始まったわたしたちとは違って、最初から有利な立場にあった彼らは、
プライドを傷つけられたことによって、自分たちを越えた理由や方法論を学ぶことよりも、
どんな方法でもいいから「元のかたち」に戻すこと、
「元の立ち位置に戻す」という「形」にだけにこだわっているとしか思えません。
つまり、「実」が伴っていなくてもいいんです。
それがどんな卑怯な下品な手段だとしても、すでに形振り構わない状態なのです。
ある意味、狂ってしまっているとしか思えません。
かれらは、ただ自分たちを越えていこうとする日本人を許せないんです。
自分たちを追い抜き、日本が自分たちの上にいることを受け入れられないんです。
それが、白人至上主義、中華思想が骨の髄まで浸透しているかれらの本音なのです。
心の底では、それが当たり前だと思っている。
自分たちが上で、自分たちが中心だと、当たり前に思っている。
それを「実力」で翻す日本人が許せないのです。
自然は切り開き征服するものだと信じている、
それがかれらの本音です。
八百万の神と共に生きる、
人を信じ、相手を慮ることを当たり前として生きているわたしたち日本人とは
一生 相成れない人種なんです。
だから、かれらとは「国境」が必要なんです。
日本人の行動原理が他の国には全く理解できない発想だから、
これまでほとんどの人からは誤解されてきました。
しかし、
日本を手離しで賞賛し尊敬してくれる人たちもいます。
日本や日本人をこよなく愛する外国人が多数いるように、
ちゃんと日本を理解すれば、ほんとうにその懐に入った者は理解できるはずなのに、
その最初のちょっとした「誤解」をまことしやかに流布して定着させてきたのも
「日本を封じる」ための戦略だったと思います。
そして、それに日本人自身もすっかりはまってしまっていたのです。
今では世界中から賞賛を浴びているその日本人気質ともいえる「高潔さ」 ですが、
この震災で気づくちょっと前までは、
それらは、「はっきりしない」「優柔不断」「自己主張できない」「排他的で融通がきかない」
・・・などの「欠点」としか認知されてきませんでした。
震災後 それが一変、
「我慢強さ」 「公共心の強さ」 「公徳心の高さ」「労わりや思い遣りの深さ自然さ」
という認識に変わり、
さらに、
そういうものが、とってつけや建て前や、その場のパフォーマンスなんかじゃないことを、
こんな未曾有な災害のときこそ その本性が分かる、と
本物の「民度」の象徴がそこに表れたということが全世界的に証明されました。
「こんなことができるのは日本人だけだ」 と。
しかし、
手離しで賞賛し、見習いたい…と思っているのは一般の人です。
国益が絡む業種にいる人たちは、
日本をどうやってでも貶めたい、自分の配下に置きたい・・・と思っているものたちにとって、
その優れた民族気質は「邪魔」以外なんでもありません。
かれらはそれを認めたくないのです。
あってはならぬことなのです。
「真正直」だということです。
だから「かれら」はそれを愚弄し、必死で下げようとするのです。
みんながズルしていい目をみようとしてるのに、
日本人だけが「馬鹿正直」でいるために、彼らはいつまでたっても枕を高くして眠れないからです。
優れた才能の上に実直で地道な努力を続け、
正々堂々と真っ向勝負だけで挑んでくる日本の浅田真央に、
「かれら」がどんな卑怯な手を使い策謀をめぐらしても どうしても勝てないのと同じです。
たとえ、トヨタが世界で何十万台リコールを出しても、どんなにマスコミが叩いて貶めても、
トヨタの真の信頼性が失墜しないのと同じです。
あのバンクーバー・オリンピックのキムヨナ対浅田選手の対決の日に、
アメリカがトヨタ叩きの聴聞会(つるし上げ茶番劇)をわざわざぶつけてきたのも、
「お互い」の利害が一致していたからです。
もちろん、「お互い」とはアメリカとトヨタ(日本)ではありません。
しかも、あれでアメリカは、なんの法的根拠もなく、
まんまとトヨタのハイブリッドのソースコードを盗むことを目論んでいたのです。
どんなにアメリカがトヨタのハイブリッドの不備を大袈裟に「広告」しても、
どんなに韓国系アメリカ人が公聴会でトヨタの不備を大袈裟に訴えても、
利用者はちゃんと知っています。
「不備があれば、正直にリコールして直してくれるのはトヨタだけだ」 と。
「G.Mだって、ベンツだって、あれだけちょくちょく不備があるのに、ちっともリコールしないじゃないか。」
「世界で一番安全でメンテナンスが行き届いた信用できる車はG.Mでもベンツでもなく、トヨタだ」 と。
そしてそれは、トヨタや車だけに限ったことではないということも。
マスコミは日本の悪いことしか宣伝しませんが、
その攻撃の度合いは、「日本への信頼の強さ」の裏返しでもあるのです。
「なんとかして綻びを見つけて叩かなければ 到底太刀打ちできない」
そう思われているからです。
しかし、そのくらい大々的に誹謗中傷で叩いても、なお「信用」と「敬意」は崩れないのです。
フィギュアの浅田選手がこれまでされてきていることをご存知の方なら、
その構造は嫌というほどよくお解かりだと思います。
「かれら」に事実は関係ない。 「かれら」は現実を見ていない。
「かれら」は、かれらの頭の中にある「仮想現実」(思い込みともいう)に、
ただひたすら日本を、自分たちを当てはめたいだけなのです。
だから、
かれらの手先である日本のマスコミがテレビで流していることは、
その、かれらの理想とする仮想現実に日本を導くための「情報」です。
どうでもいい事実の中にこっそり埋め込まれた「嘘」によって、
かれらは、日本を、日本人を自分たちの都合のいい方向へ導いています。
わたしたちが当たり前の教養のひとつとして共有していた知識は、
日本を亡きものにしようと企んでいる者たち目線で作られた「物語」であり、
わたしたち日本人から見た「ほんとうの事実」からはほど遠いものがあります。
それが、多くの識者たちからすでに何度も指摘されてきたにも拘わらず、
いまだに「嘘」がまかり通っているのは不思議だと思いませんか?
それは、
その「物語」(湾曲された歴史)を認めて日本の統一した「認識」とするための「組織」が、
最初から反日勢力に牛耳られているからです。
だから、どんな研究結果や検証によって「真実」を実証してみせても、
かれらが認めない限り日本の「共通概念」を変えることはできません。
そういう仕組みになっているのです。
それは、まるで、
浅田選手のトリプル・アクセルの価値をいまだに正しく評価しようとしないスケート連盟と同じです。
往年のトップスケーター(オリンピックメダリスト)たちがこぞって「評価が低すぎる」と訴えても、
目の前にある事実をただ認めることすらできない。
それが「かれら」なんです。
たとえルール改定がされても、
同時に他の技の評価も上げてしまえば、結局、相対的には何も変わっていません。
かれらは変わらないのです。
彼女のトリプル・アクセルは世界で唯一、(公式には)だた一人しか跳べないということ、
男子のメダリストでさえ、ショートプログラムで4回転を入れて試合で成功させるのは至難の業なのに、
彼女はリスクの高い(失敗が大きく響く)ショートプログラムでも果敢に3アクセルを入れ、
(これは伊藤みどり選手でも実現できていない)
しかも、
男子でも難しい技を一つのプログラムに二度も入れ、
さらに、
単発でさえ誰も跳べないのに、彼女はコンビネーション(連続)で跳ぶ というのにです。
「飛距離」「飛距離」というけれど、
7回も漕いでやっと3回転を跳ぶのに対して、彼女はたった2漕ぎで3アクセルを跳べるのです。
よっぽど、その技術のほうが数段優れていると思います。
しかも、やっと跳ぶのでもなく、
いとも簡単そうに、ふわりと、誰の目にも美しいのにです。
豪快なジャンプも確かにいい。
しかし、
高難度なものを豪快に見せることよりも、
超難度なものを軽々しく見せることの方が、
より困難であり、希少価値があるとは思いませんか?
少なくとも、
その評価が低くなることなどあり得ないと思いませんか?
でも、それがかれらのやり方なのです。
「スピード」「スピード」というけれど、
それを重用したがるのは、「3Aが跳べないから」のような気がしてなりません。
なぜなら、
3Aが困難なのは、「前向きに跳ぶことへの恐怖」を乗り越えなければならないからです。
つまり、スピードを上げてそのまま3Aを跳ぶことは、さらに恐怖を伴うはずです。
そして、危険も倍増するはずです・・・
「スピード重視」それはイコール「さらに3Aを恐怖にさせる」ことにつながります。
それをも克服することは尋常ならざる精神力 と努力が必要になります。
そして、怪我の危険、故障の危険との戦いです。
そんなことを浅田選手は強いられているのです。
それでも、彼女はそれを乗り越えようとしているのです。
それが、彼女の才能だと思います。
しかし、かれらはそんなことはお構いなしです。
かれらは、かれらが望むことが現実化されることしか念頭にないのです。
目の前にある 「優れているもの」 「美しいもの」 「誰にもできない偉業」
それをただ認めることができないのです。
あるのは、
どうやったら、「それ」を貶められるか、「それ」を価値のないものに見せるか、
それだけなのです。
まさに、フィギュア界で浅田選手が置かれている立場は、
彼女が受けてきた理不尽な仕打ちは、
トヨタが、
日本がされてきたことと同じなのです。
日本への攻撃、蔑みは、
浅田選手が受けているそれとまったく同じです。
あなたは、ほんとうに、かれらが言うように
浅田選手が技術も芸術性もかの選手より下で到底敵わないと思いますか?
それといっしょなんです。
フィギュアに詳しくない人、興味のない人、ニュースやワイドショーしか見ない人は、
その「宣伝」を真に受けていますよね?
「なんか変だ」 「ほんとにそんなのか?」 と疑問に思いながらも、
「テレビで有名人や識者が言ってるのだから・・・」と信じてしまいますよね?
それが、今の、これまでの日本人です。
でも、度重なる採点疑惑、マスコミの異常な下げ報道によって、多くのファンが気づきました。
また、民主党政権誕生によって、
さらに今回の原発事故で、
この国の不条理とほんとうの危機感に目覚めた人は多いのではないでしょうか?
まだはっきりとは分からなくても、
なんとなくもやもやとした疑問を抱え、情報収集し始めた人も多いはずです。
世界の中の「日本」は、まさに、
巨額な利権が絡む陰謀まみれのフィギュア界の中の「浅田選手」なんです。
彼女が穢れない存在だからそこ、「かれら」は貶めようとするのです。
彼女の強さに敵わないから。
彼女の美しさに敵わないから。
彼女が正しいからです。
思い出してください。
あなたは浅田選手を誇りに思いませんか?
己の理想を見誤らず、己の信じることを目指して立ち向かう彼女の姿に
あなたは日本人として誇りに思いませんか?
わたしたちは、もうこれ以上、自分たちを責めることも、卑下する必要もありません。
必要のない分まで、もうじゅうぶん過ぎるほどそれをしてきました。
もう、わたしたちは、自分たちの真の姿に気づくべきだと思います。
わたしたち日本人がどんなに素晴らしい民族か。
わたしたちの日本がどんなに素晴らしい国なのかということに。
いまだに、「日本人は恥ずかしいことをした」 などと言っているのを聞くと悲しいことですが、
そういう人は、この際放っておきましょう。
そういう人は、自分が一度思い込んだことを覆されるのが怖い人です。
そういう人には、事実も、真実も、証拠も実証も、なんの役にも立ちません。
なぜなら、その人は「変わりたくない人」 なのですから。
そういう人を作り出してしまった反日教育と反日マスコミの力はすごいものです。
だから、テレビを消して、
自分の目で見て、自分の意志で探して見つけた言葉で考えましょう。
そうすれば、
この日本がどんなにすばらしいか、どんなに美しいか、きっとわかると思います。
そして、それがどんな危機に面しているか、
それを救うためには自分は何をすればいいか、
きっと、解ると思います。
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