拾いもの
一度家に帰ったら、わざわざ出かけたりしない。
帰る前に寄り道をするけれど、家に腰を落ち着けてしまったらまた動くのも億劫。
どうしても必要なら出かけるけれど、どうせなら最初から一度帰ってから出かけるつもりであってほしい。
要するに、予定外の行動は苦手で面倒。
そんな奏が気まぐれで外出したのはもう、何かの悪戯であったとしか思えない。
残業して帰って、もう夜中だった。そして夜の散歩が好きだったのもいけない。残業続きで最近、夜の散歩してないよな、なんて思ってしまったのだ。
残業帰りでおなかに優しいもの、と食べるつもりで帰ってきた冷凍讃岐うどん。珍しくストックがない。というかそれこそ残業続きで毎晩食べてたらなくなるってだけの話で。
幸い、スーパーはそれほど遠くない。角を二つ、曲がるだけ。
二つ曲がるだけの角を一つも曲がらないうちに、「ソレ」に遭遇したのだ。
一人暮らしをしているマンションから少し離れた場所。
ゴミの収集場所になんだか大きな影がある。
この辺りはカラスが多くて、収集日の朝にそこに置くようにと言われていて、自分たちのためでもあるからか、この辺りの人は律儀にそれを守っている。
だから夜、そこに何かあるというのは滅多にない光景。
どうしてもそのタイミングで出せない人が置いておくことはあるけれど、その程度だから大目にみられている。
が、それにしても大きい。
ゴミ置き場の近くには、その先のマンションの駐輪スペースがあったりして、もう少し早い時間だと塾帰りの高校生なんかが声を低くしてそのあたりで話し込んでいることはあるけれど。
と思った時点でそれが「ゴミ」ではなく「人」だと認識していたってことなのか。
見なかったことにしよう、というか、そもそも気にすることじゃないし、誰かが出したゴミが気になるなんてストーカーかい、と自分で突っ込みながら目をそらした奏は、なんとなくその大きな影が動いた気がして目を戻した。
(やだなぁ……でも無視しておくのもなんだか怖いなぁ)
近づくのも怖いが、それで無視して後で何かあったと分かるのも怖い、という相反する気持ちがあって、結果、好奇心が勝利した。
(ちょっと回り道していくだけよ、回り道)
と言い聞かせたのが運の尽き。
その直後、心臓が止まりそうなほど、奏は驚くことになる。
おそるおそる近づいたそこにあったのは、ゴミではなかった。
(イヤ……生ゴミ扱いされた??)
息を詰めてまだどきどきとうるさい心臓に手を当てながら、非日常の出来事におかしなことを考えてそれに自分で突っ込みながらなんとか落ち着こうとする。
人だった。
はっきり言って、汚い。
小汚い、どころではない。
ぼろぼろだ。
ただ、長期間の不衛生による汚さではないようで。
だから、ホームレスのようではない。
むしろぼろ雑巾のように、なんだか痛めつけられているような?
そこまで来て、ようやく奏は体が動くようになった。
「あの、大丈夫ですか?」
自分でも、よく声をかけたと自分を褒めてあげたい。
酔っ払い?と思いながら声をかける。
酔っ払ってケンカでもして倒れ込んだのか、と。
それか、この辺りのおうちの人で、帰り着く前に力尽きて、いいスペースと思ったところがゴミ置き場と駐輪場の間あたりだったとか。
なんにしても、一度声をかけると、なんだか吹っ切れた。
反応がないのに困って、その顔の正面あたりにかがみ込む。
「あの、救急車、呼びますか?」
というか、この場合確認しないでまずは呼ぶのが順当か、とふと気づく。
警察かもしれないけれど、救急車でも、そっちから必要なら警察には連絡が行くだろう。
そう思って携帯を出そうとしたが、思い出した。
特技の一つ、というと周囲にはやめてくれと言われるが、携帯不携帯。
部屋に置いて出てきてしまった。
なにせ、ちょこっと買い物に行って帰ってくるだけの予定だったんだから。
すぐそこの部屋にとって返そうとすると、それまで息はしているようだったけれどぴくりとも動かなかった「ソレ」が動いた。
いや、背を向けた奏の手首を不意に掴んだ。
「……っ」
驚いて声も出ない奏は、けれど掴んだ手に余り力がないのに気づいておそるおそる振り返る。
こちらに応じる力もなかったらしい人は、ようやく持ち上げたといった様子の手で掴んでいて。
「呼ばないでくれ」
ようやく聞こえるような掠れた声。
そう言われても、奏にはそこでどうしていいかの判断なんてできない。
ただ、それを言うためにわずかに上げられた顔を見て、奏は記憶をたどる。
何かが引っかかる。
どこかで見たことのある顔。
地や土、なぜか煤でも汚れている。
そして、やっぱりぼろぼろな服。
そして無精ひげと、なんだかうっかり伸びてしまったような髪。
ただその顔立ち……。
「颯人先輩……!」
直接呼んだことなんてなかった名前。
ただ、呼ばれた方も驚いたように、先ほどよりも動きがはやい。
ただそれでどこかが痛んだようで顔をしかめる。
「俺を知ってるのか?」
「……」
答えられずに、奏はまずは逡巡する。
話したことも、まともに顔を合わせたこともない人。
噂に聞くだけで、あとは遠目に「ほら、あの人だよ」と教えられたことがあるだけの人。
要するにほぼ知らない人なんだけど。とりあえずこの状況でここに長くいるのも得策ではない。
救急車は呼ぶな、という。
なら、きっと警察はなおさらだろう。
話を聞いてからでも遅くはないのかもしれない。
そして、接点はなくとも、まったく知らない人ではなかった上に、それを相手も知ってしまった。
なんとなく、それでなくても放っておけなかったものが、なおさら放っておけない状況になっている。
放っておけないなら救急車だろう、というどこかから入ってきそうなつっこみはこの際思い浮かばなかったことにする。
「……とりあえず、うち、すぐそこなんでそこまで動けますか?」
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