次世代のWebがどう進化し、変貌していくのか。
その最前線をITジャーナリスト佐々木俊尚が俯瞰します。
ニューヨークタイムズに、非常に興味深い記事が掲載されていた。海外の大学を出た日本人の若者たちが、日本企業からどういう扱いを受けているのかということを取り上げた内容である。 |
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No.3 2012年8月20日 | |
No.1 2012年8月20日 | |
佐々木さんの書かれている、絶望的な状況は私も感じています。 例えば、ネットワークのセキュリティエキスパートが日本の企業への就職活動の結果、どこにも採用されず結果的に海外で採用された。 グローバルへの対応、コンプライアンスの強化と声高に叫ばれているが、結局は”やった”という記録が残れば実態と乖離しても意に介さないところがあります。 成果よりもリスクヘッジでしょうか。 応募者のスキルがオーバースペックではなく、採用担当や受け入れ企業のスペックがプアなのでしょう。 日本はあまりにも長く守りに入りすぎました。 組織を守る、自分を守る、仲間を守る。そのために”おきて”を守る。 それができる”人”を採用する。 過剰なリスクヘッジが招いた負の文化だと思います。 ”おきて”やぶりの優秀な社員がいると、誰かを整理しなくてはならない。 それは自分かも知れない。 そんな守りの姿勢を感じます。 イノベーションと言う言葉がはるかに遠い。 むしろ3Kと呼ばれる中小企業の方が海外からの人材や帰国子女を上手に活用する・・・そう感じます。 日本に求められるのは、 自らを限りなく高める情熱。 そのために、世界を見通す視点。 そして多様性を受け止めるしなやかさ。 イノベーションを実現する行動力。 の様な気がします。 少なくとも「守る」事はもう良いでしょう。 |
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組織が50年以上も経てば疲労して機能しなくなるのは当然なので、そこで組織をいったん潰して新陳代謝させるということが必要なんだと思います。残念ながら日本は戦後立ち上がった企業を長く延命させすぎているのではないかとも思っています。
おっしゃる通り、「守る」はもう必要ないですよね。
佐々木俊尚