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チキンゲームにしかならない古賀茂明の日中ゲーム論
領土問題で感情的になるなとか、ナショナリズムを煽るなと言いながら、その同じ口で、自分自身がナショナリズムの扇動に加担している者が無数にいる。矛盾した言動の無自覚な乱発がある。例えば、この8/17のきっこのTweetが典型的だ。政府が国民にナショナリズムを焚きつける危険を言っている発言は正論だ。しかし、その直後に、政府の今回の強制送還措置について、「日本国民の税金で宿泊と食事の面倒を見てやった上に帰りは自宅まで送り届けてやるってことじゃん」と非難している。この主張は、起訴して裁判にかけろという石原慎太郎や右翼やマスコミ論者と中身は同じだ。起訴していたらどうなっていたか。2年前の漁船衝突事件と同じ危機が再現したことは明らかだ。あのとき、中国は断固たる姿勢で報復をエスカレートさせ、最後はNYの国連外交の場で温家宝が船長釈放を要求、尖閣海域への艦船出動を決意するまでの事態に及んだ。戦争も辞さない構えになり、狼狽した菅直人がNYから仙谷由人に電話で指示、ようやく問題を前原誠司の手から解放させることができた。チキンゲームの失敗に懲りた前原誠司は、今回は最初から穏便な処置を選んでいる。主権の侵害は中国も同じなのだ。中国にとって尖閣は中国領なのである。今回、政府の早期収拾策を「弱腰」として叩く議論は、すべてナショナリズムの扇動行為である。


中国からすれば、自国領の島嶼に上陸した活動家が日本の警察に逮捕された事件は、日本による不当な拉致行為であり、看過できない主権侵害行為なのである。北朝鮮による日本人拉致事件と同じなのだ。2004年に小泉純一郎が「日中関係に悪影響を与えないよう大局的に判断し」た決定は、中国にとって「判例」であり、妥協できる限度ぎりぎりの「原則」であり、尖閣をめぐる日中間の「国際法」なのである。森本敏がよく言うように、中国は原理原則の国で、その一線を日本がバイオレートすると、ホッブズの「リバイアサン」の「自然状態」の関係性になる。今回の政府の強制措置は妥当だったし、それ以外の選択はなかったのだ。もし、起訴の手続きに移行していれば、中国政府の抗議と報復が始まると同時に、米国政府が割って入って釈放を要求する事態になっていただろう。われわれは、政府の自制行動を支持する意見を言わなくてはならないのであり、「弱腰」批判への共鳴はナショナリズムの扇動に乗る愚なのだ。8/19に起きた中国全土20都市での反日デモは、残念で憂慮される展開であり、中国政府による不拡大の善処を期待するしかないが、今回の問題の発端は、5月初に石原慎太郎が仕掛けた尖閣買収の策動である。石原慎太郎を翼賛する日本のマスコミは決して言わないが、今年の尖閣の紛争のタネは石原慎太郎が撒いているのであり、原因と責任は日本側にある。

今回、政府が香港の活動家を48時間以内の強制退去に処したことは、前例を踏襲する姿勢を示したものであり、中国との戦略的互恵関係の現状を崩さない意思を明らかにしたものだ。このことは、崩壊の寸前にある日中関係にとって微かな救いであり、中国首脳部を安堵させ、中国側にとって日本政府への信頼回復の一助になっただろう。ここは本来なら、機を見逃さず、そのまま日中首脳会談に持ち込むべきなのだ。外務官僚に知恵者がいれば、直ちにその即断外交のサプライズに動くべき一瞬である。雨降って地固まる、災い転じて福となすの絶好のチャンスだ。 韓国からの攻勢を受け、日本は東アジアで孤立して四面楚歌の状況にある。韓露中朝、四方ことごとく敵。この外交窮状を突破すべく、尖閣の危機を逆手に取って、まさに四面包囲の「敵軍」の本丸である中国に飛びこんで行く戦略がある。問題を不拡大方針で収束させたいという点で両国政府の利害と思惑は一致している。であれば、那覇かマカオで、あるいは長崎か大連を首脳会議の場にして、両国で平和友好の原点を確認する機会を持ち、世界と両国の国民にアピールすればいい。このことは、特に日本政府にとっては勇気の要る行動で、右翼化した国内の世論環境を考えればリスクが高い決断だが、成功させられれば、目の前の韓国(李明博政権)にプレッシャーをかけて追い込むことが可能となる。一石二鳥。韓国の外交攻勢にリバースをかけられる。

思えば、鄧小平の「尖閣棚上げ」の方針で両国関係の基礎を築いた34年前の実績は、中国が大国化し、日本の経済力が弱体化して国際社会での地位を後退させている現在と将来を考えれば、悪くない「商談」の締結だったと言える。中国は日本の実効支配を認めているのであり、すなわち、そこ(尖閣)には手を出さないという約束を得ているという立場だ。であれば、もう一度、その原点を確認すればいい。尖閣における可変的な問題は、基本的に漁業海域と水産資源の問題である。中国が経済的に豊かになり、中国人の食生活が変わり、膨大な人口の胃袋が近海の鮮魚を大量に必要とし始めたという現実である。この点は、まさに日本と韓国の間で起きた対立の経緯と同じだ。1980年代半ばまでは、日本は豊かで韓国は貧しく、日本の漁船が韓国の沿岸に出没して一方的に資源を捕獲していた。それが1990年代以降、すっかり状況が変わり、力関係が変わり、日本の漁業者のテリトリーが韓国の漁船団に無法に荒らされるようになる。同じことが日中間で起きていて、前にも書いたが、尖閣の浮かぶ海を目の前にする浙江省は人口5000万人、福建省の人口は3580万人、広東省の人口は9600万人である。3省だけで1億8000万人の胃袋があり、したがって水産物食料品の需要がある。日本はこの海域で中国と漁漁協定を妥結すべきで、その交換条件としてEEZ(排他的経済水域)を認めさせ、東シナ海のガス田資源を有利に獲得すべきなのである。

1978年、鄧小平と日中平和友好条約を締結したとき、日本は余裕の経済大国で、日本と中国の力関係は日本の方が圧倒的に上だった。鄧小平の原点に還ることは、日本の国益にとって悪くなく、むしろプラス面の方がはるかに大きい。8/17に報ステに出演した古賀茂明は、尖閣の問題について、中国との間でゲームをしなければいけないと言い、法改正や基地の設置などカードを持って駆け引きをせよと提案していた。これは、日中関係の現実を考えればとんでもない愚論だが、日本のマスコミではリアルな正論のようにまかり通っている。8/19のTBSサンデーモーニングでも、寺島実郎と浅井慎平が、逮捕した活動家の拘留を長引かせて事情聴取せよと暴論を言っていた。尖閣の問題で中国とゲームなどできるのか。2年前の漁船事件を思い出して真面目に考えればいい。前原誠司は駆け引きのゲームを目論み、米国が日本に加勢して中国に対峙するという甘い想定の下、尖閣を紛争化して中国を挑発したのである。その結果がどうだったか。ゲームは二国間のチキンゲームになるのだ。チキンゲームの行き着く先は、軍事衝突であり戦争である。法改正をすれば、必ず中国も対抗措置に出る。基地建設などすれば、軍事行動に出ざるを得ないだろう。中国にとっては尖閣は中国の領土で、日中間の合意は「棚上げ」だからである。チキンゲームにしかならないのに、古賀茂明は駆け引きのゲームができると言っている。古賀茂明のような男をデマゴーグのアジテーターと呼ぶ。

自民党は、この件で民主党政権の「弱腰」を糾弾し、世論を対中強硬論の方向へ扇動するのに躍起だが、もし自民党が政権の当事者であったなら、野田政権と同じ対応しかできなかっただろう。活動家の拘留を延長して起訴などに及んだら、2年前の漁船事件と同じ顛末になって国益を毀損したからである。誰が政権に就いていても、この問題で選択の幅はない。と同時に、野党になった側が右翼化世論に阿って「弱腰外交」を叩く。それでは、この問題をどう解決へと導けばよいか。私は、アイディアとして「オリーブの木」の中道左派政権を言い、小沢一郎と田中真紀子の出番を言い、鳩山由紀夫の「東アジア共同体」構想の復活を唱えているが、Blogで書いても、Twitterで書いても、それへの共感は広がらず、ソリューションとして頷く者がいない。右翼に靡いて対中強硬論で大勢が染まっている。そのことに絶望を感じる。8/19のTBSサンデーモーニングにも絶望させられた。本来、関口宏のような数少ないマスコミ業界の良識派は、戦争の危険を敢然と訴え、近隣諸国との関係改善の必要を訴え、右翼的ナショナリズムに流される国民世論の防波堤にならなくてはいけない存在である。ところが、その関口宏の番組で政府の「弱腰」を批判している。一体、尖閣で軍事衝突が起きたら、次の瞬間からこの国はどうなってしまうのか。日本は東アジアの中で四面楚歌の状態にある。その日本の中で、戦争反対と平和外交を訴える者は四面楚歌の状態にある。二重の四面楚歌。まさに戦前のような境遇だ。

言論の自由が残されている今、この貴重な時間、何を言えばよいのか思い惑う。尖閣有事から始まって全面戦争になり、核戦争になる地獄の恐怖をリアルにシミュレーションすれば、そうすれば人は注目してくれるのだろうか。社民党と共産党は、本来なら、この局面で日中・日韓関係の打開を言い、平和憲法と村山談話への回帰と準拠を言い、国民世論の右翼ファナティシズムを諫める見解を言わなくてはいけないはずである。ところが、一桁議席の少数勢力となり、選挙が恐い彼らは、世論に阿って卑劣にも口を閉ざしている。勇気を出して正論を言おうとしない。それどころか、岩波文化人の池田香代子までが、韓国からの批判に対して「時代遅れのネタ」だと言い捨て、右翼的な壮士気分で応酬するようになった。戦争が近い。


by thessalonike5 | 2012-08-20 23:30 | Trackback | Comments(0)
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