大津いじめ自殺が注目を浴びている。2006年に北海道滝川市小6女児いじめ自殺が起きてから約6年。この間、報道のなかで「いじめ自殺」が疑われるケースは18件もあった。北海道滝川いじめ自殺の遺族は大津の事件に対し「自分たちの学校、教育委員会を見ているよう」だと語った。なぜ、いじめ、いじめ自殺がくり返されるのか。その裏では「いじめ自殺」が徹底して裁判で敗れてきた歴史も見落とすことができないだろう。8月の特集は「いじめ自殺裁判」の当時のニュース記事を掲載することで「いじめ自殺の裁判史」の一端を知っていただければと思っている。
■富山市中1女子いじめ自殺の敗訴
1998年12月いじめによって自殺した岩脇寛子さん(当時13歳)の両親が富山市に対して損害賠償を求めた裁判で、9月5日富山地裁は、学校側の対応には違法はないとして、両親の請求を棄却する判決を言い渡した。
岩脇寛子さんは、富山市立奥田中学校1年生に在学中、クラスで無視や悪口、紙に「岩脇死ぬことにさんせい。殺すことにさんせい」と書かれるなどのいじめを受けて、1998年12月21日午前1時ごろ、マンション4階の自宅ベランダから飛び降りて自殺した。
遺書には「ねぇ、この気持ちわかる? 組中からさけられてさ、悪口言われてさ、あなただったら生きて行ける? 私、もうその自信がない。私はあなたたちをゆるさない。もうだれもいじめないで」と書かれていた。
両親は、学校側には、子どもの学習権を保障するため、親の委託に基づき、子どもの安全を守る義務、学校生活での事故などの情報を調査報告する義務があるとして、適切にいじめの実態を認識せず、担任教師が他の教師や保護者と連携して対応をしなかった義務違反、いじめに対する対応などに関する調査報告を怠った義務違反があると主張。合計2000万円の損害賠償を請求していた。
被告富山市は、いじめが自殺の主要な原因ではないと主張したが、判決は、遺書の内容や担任が認識していたいじめの状況から、いじめが自殺の主要な原因であると認定した。
しかし、判決は、岩脇寛子さんが、自殺の前日に提出したプリント「生いたちの記」には、「私は今まで大切に育てられてきて、この自分の命は、自分から捨ててしまわず、一日一日を大切に生きていこうと思います」と書かれていることなどを理由に、担任が自殺を予見することは困難だったとした。
判決は、学校側には、在学関係に付随する信義則に基づく安全配慮義務と報告義務(学校やこれに密接に関連する生活関係における生徒の行状や指導内容を教育的配慮のもとで親権者に対し報告する義務)があるとしたが、保護者の求めに応じて調査する義務はないとした。
そして、担任が、他の教師や校長にいじめの問題について報告、協議をしなかった点については、そのような報告、協議や学校職員全体による対応によっていじめが解消したかどうか不明であるとし、担任が放課後などの時間を利用して、いじめる側の子どもに個別に注意、指導したり、仲直りの場を設けるなどし、また、加害生徒の親にも働きかけをしたことなどを認定し、担任および校長らには安全配慮義務違反はないと判断した。
また、判決は、被告富山市は校長から提出された事故報告書の大部分を親に報告すれば、報告義務は尽くされたとして、自殺後にクラスの子どもらが書いた追悼の作文を後日担任が焼却した点も問題はなく、いじめの状況、原因、経過についての詳細な調査報告の義務はないと判断した。
■原告代理人のコメント
富山地裁判決は、担任がいじめを認識しながら、注意、指導という個別的な対応にとどまったことについて安全配慮義務違反はないと判断している。これは、1990年12月26日福島地裁いわき支部の小川中学校いじめ自殺事件の判決が、学校側の対応には、学校全体で取り組まないで、表面化した問題についてその場かぎりの一時的な注意指導をくり返したに過ぎず、過失があるとして、自殺の結果に対する損害賠償責任を認めた判断より大きく後退している。1995年に名古屋法務局が、愛知県西尾市の大河内清輝君のいじめ自殺について、学校側に対して出したいじめの認識、対応に関する改善勧告でも、個別的な指導に終始し、学校全体の取り組みが不十分だったと指摘している。富山地裁の判決は、これらの流れに反し、いじめ問題に対する認識不足の批判を受けるだろう。
また、子どもが自殺の前日に書いた「生いたちの記」の「自分の命を捨ててしまわず」の言葉は、自殺まで考えている子どものSOSと見るべきで、自殺の予見可能性を否定する根拠にはならないというべきであろう。(多田元・弁護士)
※2001年10月15日 不登校新聞掲載