風知草:祖国を問う8月=山田孝男
毎日新聞 2012年08月20日 東京朝刊
ダラムサラから大阪へ来た在日チベット人の男性(36)が映画のパンフレットの中の座談会でこう言っている。「チベットは経済的には何も発展していないよ。でも、僕たちの精神力は発展していると思いますよ。日本人より、アメリカ人より、カナダ人より、オーストラリア人より(笑い)……」
この男性には5歳の男児がいる。日本の保育園に通わせてみたが、結局、ダラムサラの親類に預けた。なぜか。
「日本は発展していて何でもそろっている。(そこに安住して)『軟らかい者』になってほしくなかったんですよ。チベットの子どもたちのなかで、彼らの苦しさを目の前で見て経験してほしいんですよ」
楽をすれば「軟らかい者」になる。いかにも日本はグニャグニャに成り果てた。
岩佐は1959年、岩波映画入社。水俣病の記録で知られる土本典昭の助手を経て数々の映画や海外取材によるテレビ作品を手がけた。チベットの映画は2本目。チベットを描く理由を聞くとこう答えた。
「16年ほど前、偶然出会ったあるチベット人の、誰にもこびへつらわないところにひかれましてね。僕自身の子ども時代の日本人を思い出した。僕は10歳の時に『国が壊れる』という感覚を体験(=敗戦)したわけですけど、あのころの自分に出会いたかったのかな」
編集途中で3・11が訪れ、岩佐は再び「国が壊れる」感覚にとらわれたという。