高校1年の時に父がリストラに遭い、大企業に勤めることが成功だというイメージが崩れて、自分で仕事を創り出そう、いつか起業しようと考えるようになりました。 医療に関心を持ったのは、中学2年と高校2年の時に祖父を亡くし、家族としてその場に立ち会った影響が大きかったと思います。
高校3年の時には、母が介護の仕事をしていた老人ホームで夏休みにボランティアをして、そこでの体験が医療と経営の問題を考えるきっかけになりました。その老人ホームの運営はかなり厳しく、20人の利用者を2人の職員で入浴させなくてはならないような状況で、利用者にも職員にも大きな負荷がかかっていました。これはまずい、経営の問題がサービスに直結して大きな影響力を持っている、ということを実感しました。逆に言えば、経営を改善すればサービスの質も上げられるのではないかと考えて、大学では医療と経営の関係を学ぼうと、慶應義塾大学の看護医療学部に進みました。
大学では医療と経営の関係について、病院や老人ホームなどを回りながら学び、3年の時にアメリカのMayo Clinicという病院に視察に行く機会がありました。
その時、たまたま入った大型スーパーマーケットの店舗で「ミニッツ・クリニック」(Minutes Clinic)という簡易的な健康診断と治療を行っている場を見ました。医師が常駐するのではなく「ナース・プラクティショナー」(nurse practitioner)と呼ばれる医療行為もできる看護師の資格を持つ人が、最低限の診断と治療を、短時間で、通常の病院よりも安価に行うサービスです。
アメリカでは医療費が非常に高く、病院に行くことを避ける人も無保険者も多いですから、「病院に行くほどではないが、ちょっと診てもらいたい」というニーズを捉えた事業です。これは面白い、と思って、そういうことが日本でもできないかと考えるようになりました。
大学時代から起業資金を1,000万円ため、経営コンサルティング会社で経営を学び、起業準備を進めていました。
そして、予防医療のスキルを身につけるために東京大学病院の糖尿病代謝内科病棟に勤めました。糖尿病患者さんのほとんどが、もっと早く病気が見つかっていれば重症にならなくてすんだ人でした。「なぜもっと早く健康診断を受けなかったのですか」と聞いてみたら、「その機会がなかった」「行きたくても子供がいて行けなかった」「自営業で仕事を休めない」「まさか自分が病気になるとは思わなかった」と言われました。そして、病院で働いているだけでは生活習慣病の本質的な問題解決はできないと思い、手軽な予防医療システムを開発する必要性を強く感じました。
それからは、病院で患者さんたちに、どういう機会があれば受けたか、聞きました。「もっと簡単に健診を受けられる場があったら、自分もこうはならなかったのに」とおっしゃる患者さんもいました。
Aさん(35歳、男性、フリーター)は、入院した次の日に、糖尿病合併症で壊疽(えそ)した足を切断しなければなりませんでした。Aさんは会社では健康診断の機会がなく、長い間健康診断を受けていなかったのです。その後Aさんは糖尿病がさらに進行して血液透析を週3回受けるようになり、仕事ができなくなり、生活保護を受けるようになりました。年間600万円の医療費は、全て税金で支払われることになりました。生活習慣病は、患者さんの人生だけでなく、社会コストとしても大きな影響を及ぼします。
Aさんが健診を受けていれば、糖尿病を未然に防げたかもしれません。食べるものも着るものも困らない日本において、どうして健診を受けていない人がこんなにも多いのだろうか?その疑問からマーケティング調査を行い、健診を受けない理由として、「機会がない」「時間がかかる」「お金がかかる」ことを突き止めました。
そして、これを打開する策として思いついたのが、1項目500円で受けられる「ワンコイン健診」でした。自己採血であれば、医療行為にあたらないことがわかり、自己採血で血糖値や総コレステロール、中性脂肪などが測定できるワンコイン健診を構想しました。そして病院の患者さんたちに「ワンコイン健診」を開発することを約束して病院を退職し、2007年12月にケアプロ株式会社を設立しました。
過去1年以上健康診断を受けていない「健診弱者」は、全国に約3300万人。そんな健診弱者に向けたサービスをどこでやるか。
東京都中野区は日本一人口密度が高い区であり、しかも20代30代の男性フリーターが多い場所です。また商店街に活気があり主婦や自営業者が多く、ケアプロのターゲットが密集しており、中野に決めました。しかも、中野ブロードウェイという商業施設はオタクショップが軒を連ねており、全国から集まるオタクのフリーターの方にも利用して頂けるのではないかと考え、ここに店舗を構えることを決めました。
07年12月に起業し、08年11月に中野店を開店させましたから、約1年間の準備期間を経たことになります。何から何まで手探りで自分一人からの挑戦でした。
健診メニューは血糖値、総コレステロール、中性脂肪、肺年齢、骨密度などで、1項目当たり500円で検査することができ、結果はその場で、5分程度でわかります。また、保険証や予約は不要で、誰でも気軽に安価な値段で健診を受けることができます。
はじめはお客さんが来なかったのですが、駅前でチラシ配りをしたり、近隣のお店などに挨拶回りをしたり、マスコミにプレスリリースをして、テレビや新聞などで取り上げてもらうことで、多くの方々が来店されるようになりました。利用者からは「自分で調べたいメニューを選べて便利」「こんな簡単に結果が出るなんてビックリ!」「500円から受けられるから手軽」と、驚きの言葉が上がっています。
ワンコイン健診を受けている人の多くは、健診を1年以上受けていない方です。たとえば、子育て中で健診に行けなかった主婦、平日は仕事から抜けられず休日にしか時間が取れない自営業者、月給10万円未満で健診を受けるお金がないフリーター、保険証を持っていない外国人などです。健診結果は標準値と、要注意、要受診の3段階に分かれていて、利用者の約3割が「要注意」「要受診」と判定されています。「自覚症状がなく、こんなに悪いとは思わなかった」「やっぱり糖尿病だったか。すぐに病院に行きます」「早く気がついてよかった」といった声が聞かれます。
ケアプロでは、中野以外にも関東を中心に、仕事帰りや買い物の途中で気軽に立ち寄ることができるさまざまな場所で、ワンコイン健診の出張サービスを行っています。利用者層は場所によって異なり、ショッピングセンターでは主婦が多く、パチンコ店でフリーターや自営業者が多く、エキナカでは会社員が多いといった具合です。
出店から3年で、利用者数は延6万人を超えました。全国で1000回以上のイベントを実施しました。
ショッピングセンター、競輪場、パチンコ店、温浴施設、フィットネスクラブ、ドラッグストア、保険ショップなどから、イベントに来て欲しいというご依頼も増え、お客様サービスや地域貢献になっています。特にパチンコ店は、ケアプロのターゲットが多く、ジュースを飲み、喫煙しながらパチンコをしている方が多く、異常値が出る割合も高いので、ケアプロの意義を実感しています。
中野店では、以前ケアプロを利用した方が、友人を連れて来てくださることもあります。ある人は、友人が糖尿病だと思って連れてきたら、自分が糖尿病だということがわかりました。「糖尿病がわかったのは、ワンコイン健診のおかげだ」と入院先の病院でワンコイン健診のことをとても宣伝してくださって、病棟でのあだ名が「ワンコインさん」になったという方もいます。
3年後までに100万人の方にワンコイン健診を利用していただくため、保健師や看護師の方で一緒に活動をしてくださるケアプロナースを増やしています。市民一人ひとりが、自分の生活習慣を見直し、健康維持・増進に努めることで、生活習慣病を予防していける社会を実現するために、ワンコイン健診を普及させて、美容院に行くような感覚で、数カ月おきに定期的に健康チェックをしていただくのが理想です。
そして、医療費抑制によって社会保障制度を維持し、リスクを分散すべき難病や交通事故などにあったときに安心して医療を受けられる世の中を守っていきたいと思います。