儀式・法則

それでは、呪術のような魔法使いたちが使う魔法は、いかなる理論によってかけられているのでしょうか。
19世紀イギリスの社会人類学者フレイザーの理論を紹介しましょう。現在の学説では誤りだとされていますが、非常に論理的でわかりやすい為、数多くの創作作品においてその魔法の考え方の基本として使われている事が多いです。
その意味では、フレイザーの理論は現在でも影響力のある理論なのです。

  • 共感呪術

呪術の理論は、非常に簡明です。何しろ、基本法則はたった一つしかないからです。
共感の法則
「接触したもの同士には、何らかの相互作用がある」
ただこれだけです。これを、フレイザーの『金枝篇』では【共感呪術】〔Sympathetic Magic〕と呼んでいます。そして、全ての呪術は、この法則を応用したものだといいます。

  • 共感呪術の応用

基本法則の応用に重要なものが二つあります。
まず最初が、『感染の法則』です。「接触したものという限定は、現在の事でなくても良い」という応用です。つまり、「過去に接触していたり、過去にひとつのものだったならば、現在はなれているとしても、相互作用は残っている」というものです。
感染の法則
「以前一つのものであったもの、または相互に接触していたものは、別れた後でも神秘的なつながりが継続している。
よって、片方に起こったことは、もう一方にも影響を与える」
長く一緒にいた友人の影響は、会わなくなってからも、あなたに何らかの影響を残しているでしょう。それと似たようなものだと考えればいいです。
この法則を使った呪術を、共感呪術のなかでも特に【感染呪術】〔Contagious Magic〕と呼んでいます。
敵の髪の毛や衣服を焼いて呪うと(以前は敵とひとつであったものに影響を与えると)、敵も火に焼かれたように苦しむ(他方にも影響を与える)のです。例えば、日本では子供の歯が抜け変わると、下の歯は屋根の上に、上の歯は軒下に放り込むという習慣があります(今でも、一部には残っているようです)。これも抜けた歯を移動させる事によって、新しく生えてくる歯も、下の歯は上向きに、上の歯は下向きに、きちんと生えるようにという呪術を施しているのです。
基本法則の応用のもう一つは、『類似の法則』です。これは、「接触とは、何も物理的な接触の事のみをいうのではない」という応用です。
物理的接触以外の接触とはどのようなものがあるのでしょうか。それは、哲学でいう【意味空間】における接触の事です。
わかりやすく言えば、似たもの同士のことです。
類似の法則
「似たもの同士には、なんらかの相互作用がある」
これを『類似の法則』といい、この法則を使った呪術を【類感呪術】〔Homoeopathic Magic〕、または【模倣呪術】〔Imitative Magic〕といいます。

  • 類似の法則の応用

類似の法則は、感染の法則よりも応用範囲が広く、いくつも異なった呪術を生み出しました。
類似の法則の応用1
「なにかがある行動をすれば、似たものも同様の行動をする」
呪術師は、このほうそくをつかって、あまごいやえものよせをおこなうのです。あまごいのぎしきでは、しばしばだいちにみずをまきますが、これはみずをだいちにまくことによって、あめもだいちにまかれることを狙っているのです。獲物寄せでは、例えば鹿がさっぱり取れない時には、呪術師は鹿の毛皮を着て、鹿の真似をして村の近くを跳ね回ります。こうする事で、本物の鹿も村の近くを跳ね回るようにしているわけです。一見よく似ていますが、微妙に違う応用もあります。
類似の法則の応用2
「なにかに起こることは、似たものにも起こる」
つまり、似たもの同士の神秘的なつながりを使って、片方に何かを起こし、その影響を他方にも及ぼすのです。
敵の姿を人形で作って(敵と人形が似たもの同士です)、人形を針で刺すことによって、敵にも針で刺される苦しみを送るのです。
人間は強い意志を持っているせいか、なかなか呪術がかかりにくいらしく、上記のような呪いを行う際には、人形の中に敵の髪の毛などを入れておくことも多いです。つまり、感染呪術の手法と併用することで、呪術を強化して、より確実に効果が現れるようにしているのです。
最後の応用は、今までの応用とは、ある意味で反対の使い方をしています。
類似の法則の応用3
「似たもの同士は、性質を共有する」
今までの応用では、何かを真似る事で、その本体に影響を及ぼそうという呪術でした。しかしこの呪術は逆で、何かを真似る事で、真似た方に影響を及ぼそうという呪術なのです。例えば、顔にライオンの化粧をしたり、ライオンの毛皮を被ったりすることで(自分をライオンに似せている)、ライオンのように強くなれる(ライオンの性質を身につける)わけです。

  • 雨乞い

呪術師の役目で最も重要なのが、雨乞いです。水は人間の生存に不可欠だし、作物の生育にも必須です。
つまり、適度に雨が降ることは、部族の存続に関わる大事なのです。このため、呪術師の最大の仕事が雨乞いになるのは当然です。雨乞いを行う呪術師は、特に雨司〔Rain-Maker〕と呼ばれ、ほとんどの民族で、部族での重要な地位を占めています。それだけ重要な雨乞いの呪術は、全世界に分布し、その呪術の多様さは驚くほどです。その例をくまなく拾えば、それだけで大部の研究所がかけてしまうほどです。そこで、手法別に分類してみる事にしましょう。まずは、共感呪術を行う方法です。ロシアの呪術では、3人の男が神聖な樅の木に上ります。一人目は、釜や桶を小槌でたたき、雷鳴を真似ます。
二人目は、燃える樹の枝をぶつけて稲光を真似ます。最後に、三人目は小枝で桶から水をまき雨を真似ます。
これを、地面から離れた高い位置で行う事で、降雨を誘うのです。火を使う呪術もあります。煙が良く出るように炎を燃やし、もくもくと煙を空に送りこみます。こうする事で、空に(煙に似た)雲が現れるよう願うのです。
この呪術は直接雨をもたらすわけではありませんが、雨を降らせるべき雲を呼ぶ事で、間接的に雨を降らせる呪術を行っているのです。火と水の両方を使う呪術もあります。火のついた枝に水をかけて火を消してしまうのです。これは、火=太陽を水=雨が消すという、
二重の類似を使用しています。また、この儀式を焼け死んだ人の墓の側で行うと効果的であるといわれていますが、死者の霊の霊力を利用する事で効果を高めているのです。(これはシャーマニズム的な呪術ですが・・)。水に似たもので、しかも魔力のこもっている〔フェティシズム〕物体として、人間の血液を使う呪術もあります。
1年に一度、村々の間で儀式としての戦争を行い、流れる血液で雨を呼ぶのです。シャーマニズム的呪術を使う方法もあります。最も一般的なのは、シャーマンが、高位の精霊にお願いして、雨を降らしてもらうものです。
同時に、人々も精霊を喜ばせる儀式〔詩や踊りなど〕を行います。精霊を怒らせることで雨を降らせる儀式を行う例もあります。儀式を行って、呪術師は、雨を司る精霊を馬鹿にし、罵ります。
すると精霊は怒り、人々を罰する為に大雨を降らすのです。また、カエルを捕まえてきて、逆さに伏せたつぼの中に入れ、外から壺をガンガンとたたきます。
すると、カエルは苦しさのあまり、雨を呼ぶのです。これなどは、カエルに宿る精霊の力を利用するアニミズム的呪術といえるでしょう。

  • 怪我の軽減や悪化

怪我をすると、怪我をさせた物や人と、その傷との間に、神秘的なつながりが出来ます。このつながりを利用して、怪我を軽くしたり、重くしたりする事が出来ます。例えば、釘を踏んで怪我をした場合、きれいな釘より錆びた釘を踏んだ方が、怪我は大きくなります。
そこで錆びた釘を踏んでしまった場合、釘を磨いて油を塗っておきます。釘が錆びていると、その影響で傷口が化膿してしまうからです。また、古代ローマの博物学者プリニウスによれば、人を傷つけたなら、加害者は手に唾をつけます。すると、怪我人の苦痛が和らぐのです。
傷口だけでなく、加害者にも唾をつけることで、消毒の効果を高めているわけです。逆に、敵を苦しめる為に、武器に細工する事もあります。とはいえ、毎回武器を錆びさせるわけにもいかないので、別の方法が考えられました。
例えば、敵に矢を射た場合、使った矢を火の側においておきます。すると、傷口が熱を持って、敵はますます苦しむのです。

  • 能力の強化

人間は自然界で最も肉体的に弱い動物の一つです。ライオンなどは最強クラスの戦闘力を持っています。ウサギなら、攻撃力では弱くても、優れた聴覚があります。ところが人間は、どの面においても優れたところがなく、平均的に能力が低いという体たらくです・・。そこで、動物の能力を得たいと考えた人々は、二つの呪術を生み出しました。まずは、トーテミズムによる呪術です。部族のトーテムは、部族員の先祖である場合が多いです。
ならば、その血は部族の成員には受け継がれているはずです。ならば、その血を思い出す事ができれば、その能力も思い出す事ができるはずです。また、共感呪術による魔法もあります。つまり、ライオンの真似をしたり、ライオンの身体の一部を身につけることで、ライオンの力を身につけようという方法です。具体的には、ライオンの毛皮を被った戦士が、ライオンさながらの戦いを見せます。
北欧神話のベルセルクなどは、まさに熊の毛皮を被ることで、熊の力を得た狂戦士なのです。