個人テロに厳罰を!
浄土宗は他の宗派と比較して、法要行事が多く派手であると思う。
世間で言う盆には盂蘭盆会(うらぼんえ)という行事がある。
13日に墓参して祖先の御霊をお迎えし、自宅にて精霊棚に祭って冥福を祈り、15日には冥土に戻るために精霊送りをする風習がある。
京都の大文字五山送り火や長崎の精霊流しなどが有名である。
さらに、菩提寺において「施餓鬼」と呼ばれる新亡の霊(初盆を迎えられた故人)や先祖代々の諸霊を供養する行事が執り行われる。
平素は、「神も仏もない。」といった罰当たりの生き方をしているが、やはり盆は幼少期から毎年重ねてきた田舎の行事をすることになる。
今年も、細やかながら盆行事をしてきた。
山の上にある墓地では、既にトンボが飛び交って秋の気配が濃く、また木陰や夕刻時の風は都会より温度が低く、関西の軽井沢といわれる所以を体感してきた。
この間、暫くブログを休んでいたが、大津で残念な事件がまた発生した。
埼玉県の大学生が、大津市教育長を襲う個人テロ事件である。
大学生は、殺人未遂で逮捕され、教育長は軽症であったことが救いである。
これまで、大津市の中学生自殺事件に絡んで、埼玉県の高校生による爆破予告の業務妨害事件、愛知県の無職男による脅迫事件があり、いずれも逮捕されている。
これ以外にも、爆破予告や刃物を同封した文書の送付による脅迫など、個人テロ行為が続発しているが、由々しき問題である。
こういった個人テロは、独自の主義、主張や世界観をもとに物理的に介入するものであって、全てが未熟で一貫していない倫理観や思想的背景に基づいている。
簡単に言うと、気にくわないから制裁、成敗するといった短絡的な行為である個人テロを許していたら法治国家としての秩序が維持できなくなる。
この問題を収束するには、一つ一つの事案について、警察・検察が捜査を機能させ、司法が断固たる処罰で対処し続けていくしか解決方法はない。
自殺問題やいじめ問題もさることながら、警察がこの由々しき問題に強力な捜査態勢で臨み、全ての違法な個人テロを検挙することを期待したい。
一方、将来ある高校生や大学生は、こうした犯罪行為を敢行することにより、人生を狂わす結果となるだろう。
テロ行為で得られるものは何もない。すべてを失うのである。残念でならない。