セシウム137(これは137とは限らない)については、セシウム137を誤飲した事件に対して「プルシアンブルー」を投与して良好な結果を収めた例(ブラジルのゴイアニア事件)がある。プルシアンブルーは青い顔料(色素)で、毒性はほとんどなく、消化管から吸収されない。イオン交換の作用があり、経口的に投与(1日1グラムを3回)すると、セシウム137が消化管から吸収されるのを阻止できる。出てきた青い便は放射性廃棄物扱いとなるので要注意。
ストロンチウム90に対しては、同様の効果を「水酸化アルミニウムゲル」か、X線造影剤で有名な「硫酸バリウム」の服用で得ることができる。ストロンチウム90の消化管からの吸収を防ぐ。
いずれの場合も、被曝直後あるいは汚染食物摂取直後に行うことが重要である。
ゴイアニア事件というのは1987年、放射線治療器の不法投棄を原因とする事件で、セシウム137による大量汚染が発生した。
セシウム137をガンマ線線源とする医療機器一部破壊された状態でゴミ捨て場に放置されていた。子どもたちが夜青白く変わった光を発する粉末がゴミ捨て場にあるのを発見。これは面白いと、家に持って帰ったり、体に塗って遊ぶ者まで出た。
数日後、この青白い粉末に接した人々の中から体調不調を訴える者が続出、当局がセシウム137汚染事故と発表したのは10日後であった。
11万人、100軒の家屋、160匹の動物、100台の車を対象とした大掛かりな汚染調査が行われ、250人がかなりの被曝をしていることが判明。120人には著しい内部被曝が認められたという。4人が死亡、1人に腕切除が行われた。遺体は鉛板で覆った棺が用いられたという。
重い内部被曝の人46人に対しては、臨床上初めて大規模な「プルシアンブルー」(フェロシアン化第2鉄)の投与が行われた。プルシアンブルーは、セシウム137などを摂取後速やかに経口投与すると、イオン交換体のようにセシウム137を捕捉、腸からの吸収を阻害することは実験的に確かめられていた。
ゴイアニアでは、最大1日20グラム、期間は最大150日の投与が行われ、セシウム137の体外排出が大幅に促進されたという。
プルトニウム239など超ウラン元素については、キレート剤が有効であることが判っている。キレートとはギリシャ語でカニのはさみのことで、文字通り、分子内にプルトニウムなどをつかみとるはさみをもっているのが大きな特徴。
1974年、米国の原爆生産施設のハンフォード工場で、放射性物質アメリシウム241を許容量の数千倍体内に取り込んだ事故があった。グローブボックスの中で、イオン交換樹脂に吸着させておいたアメリシウム241を硝酸に溶かし抽出しようとしたところ爆発が発生、グローブボックスのガラスが破壊され、硝酸アメリシウムを顔面に浴びた。
64歳のこの被曝者には直ちにキレート剤の静注が開始された。半年経過しても急性の放射線障害はみられず、75歳で普通の病気で亡くなったという。
カルシウムEPTAといったキレート剤は昔から鉛中毒に有効なことが判っており、水銀中毒にはBAL、鉄中毒にはDFOAといったキレート剤も開発された。現在プルトニウムやアメリシウムの除染に用いられているのは、「カルシウムDTPA」あるいは「亜鉛DTPA」と呼ばれる薬剤である。
DTPAというキレート剤のはさみには、最初はカルシウムや亜鉛をつかませておく。これが静脈注射され、体内を回っているうちにプルトニウムなどに出会うと、カルシウムや亜鉛を放り出しプルトニウムにはさみ変える。DTPAは、カルシウムや亜鉛とはそれぞれ11、18といった“仲良し度”なのだが、プルトニウムは30と極めて高い。ストロンチウムの仲良し度は18で、ストロンチウム90の排出にはあまり役に立たない。
ついでながら、これらの薬は独ハイル社から「ジトルペンタートカル」「アエントリペンタート」の薬品名で、日本メジフィックスから輸入、販売されている。1日1ミリグラムの静注で、プルトニウムなどは尿に排出される。当然尿は放射性危険物で、別途十分な管理のもとに置かれなければならない。プルシアンブルー製品も用意されているという。
(多摩大学名誉教授 那野比古)