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2011 年 7 月 15 日
第56回「放射線障害の核心②‐低レベルの長期被曝はがん、生活習慣病を加速」

 前回でみたスーパーオキシド・ラジカルや悪名高いヒドロキシ・ラジカルなどは「活性酸素」とも呼ばれる。酸素の原子核にはプラスの電荷をもつ8個の陽子があり、原子核を周回するマイナスの電荷をもつ電子は8個で、電気的にはプラス・マイナス・ゼロとなっている。

 ところが、酸素原子には前回述べたように不対電子があり、他所から電子を奪って“1軌道定員2電子”を満たしている場合がある。これがラジカルなのだが、酸素原子全体ではマイナスの電荷が過剰で、電気的には不安定。奪ってきた電子をどこか他所にくっつけて(他所を酸化して)、自分自身もどこかと本来の共有結合で安定しようとする。これが反応性が極めて高い所以だ。

 ラジカルによって損傷を受ける影響が最も大きいのはDNA。しかし、細胞分裂が不活発な所、例えば脳細胞などでは、損傷を受けても問題は表面化しない。重大な影響が生ずるのは、細胞分裂が盛んな所である。成長期の子供、特に乳幼児は当然だが、成人でも特に細胞分裂の活発な部位がある。骨髄(血球を生産)、生殖器(精子を生産、卵子は生涯分をすべて生産済みで卵巣に貯蔵してある)、そして小腸。小腸は意外と思われる方も多かろうが、実は小腸の表面にある絨毛小突起の根元は体の中で最も細胞分裂の激しい所なのだ。

 小腸では栄養分を十分吸収できるよう、表面積を多くするための絨毛小突起が無数にあるが、小腸内には食物消化残滓として、アンモニアや硫化水素、インドールといった有害物質もあり、これが絨毛小突起の先端を破壊してしまう。それを補うため根元で新しい絨毛を絶えず生産して、上へ上へと押し上げている。

 ところがこの根元の部分が放射線自体や急増したヒドロキシ・ラジカルなどに攻撃されると、DNAが破壊され、正常な細胞分裂が出来なくなる。絨毛小突起の根元からの補充が出来なくなり、結局は突起が無くなって小腸の表面はツルツル。それどころか、根元の部分に孔が開いてそこから大量の出血が始まる。

 広島や長崎の原爆による死者は、このような小腸出血によるものが多く、最近ではJCO臨界事故での死者2名も、この症状から逃れることは出来なかった。

 無論、骨髄のDNAも損傷を受けており、JCO事故でも白血球などがゼロになる事態が続いた。感染症に無防備となり、無菌室に移るとともに骨髄移植が行われたが、残念にも先の症状で死の転帰となった。

 原爆やJCOの事故は、大量の放射線を一度に浴びたケースで、急性放射線障害の典型である。急性では中性子などによる、DNAを構成する塩基同士のつながりの切断や塩基自体の変質、様々な生合成物質の破壊といった激しい作用があり、これにヒドロキシ・ラジカルの作用が加わる。

 本稿の目的は原爆などによる急性障害をみるのは目的ではない。

 一方、少量の放射線を長期間浴びる影響については、積算値100ミリシーベルト以下については十分な医学的なデータが得られていない。

 ラジカルによるDNAの損傷は、がん化ばかりでなく、様々な臓器の正常な生理活動を阻害する。体内被曝が長期間続くことにより、酵素やホルモンなど内分泌物質が正常に産生されなくなり、動脈硬化、心筋梗塞、高血圧、腎臓病、糖尿病などが惹起される。

 これらは生活習慣病としても知られており、日常の生活においても前回述べたメカニズムにより臓器は細胞損傷を受けているが、長期間にわたる低レベルの内部被曝は、損傷を一段と加速させる危険性がある。

(参考)日々発表される屋外での放射線量(空間線量)(単位:マイクロシーベルト/時)から、年間累積放射線量(単位:ミリシーベルト/年)を知るには、その数値に「8.766」を掛けて単位をミリシーベルトに読み替えればよい。降順の数字876は覚えやすいだろう。千葉県柏市周辺は0.5マイクロシーベルト/時と東京の近郊では異常に高い。年間累積値でみると、0.5×8.766=4.383で4ミリシーベルト超。1日中屋外にいる場合の数字だが、それにしても一般人年間1ミリシーベルトに比べるとかなり高い。

(多摩大学名誉教授 那野比古)