つなごう医療 中日メディカルサイト

第52回

偏見を越えて

2012年8月16日

 精神障害者の雇用に熱心な製薬会社・日本イーライリリー(神戸市中央区)の取り組みを、10日付けの朝刊「働く」面で書きました。
   【関連記事】精神障害者雇用、支えが大切 先進企業の取り組みルポ

 正社員2400人の規模で、法定雇用率を上回る37人の障害者を雇用(メモ参照)。うち13人が統合失調症、うつ病、アスペルガー症候群などの精神障害・発達障害の人たちです。
 感銘を受けたのは、「文具リサイクル室」で出会った3人の青年の笑顔でした。
 統合失調症の治療歴のある人や発達障害の人が、みんな楽しそうに文具の整理の仕事をしていました。小さなことでも、責任を持って任されていることに誇りを感じている様子でした。

最高のパフォーマンスを

 この3人、コピー機などのメンテナンスや会議の運営のお手伝いなどをする傍ら、各部署の机の中に眠っている文具、ファイルなどを集めて、リサイクル室で分類します。社員たちは必要なものがあれば、ここに来て自由に持ち出せるわけです。
 事務部門だけでなく、工場でも精神・発達障害の人が、計器の点検、データ管理などを任されるようになり、確実な仕事ぶりから「もう一人、引き受けてもいいよ」といった声も出ているとか。

 コーディネートを担当する畠岡裕幸さん(41)は、車いすの身体障害者。「障害者も健常者も、それぞれに働く理由がある。それに応えていくのが次のステップ」と言います。自分の可能性を伸ばしたい、社会に出たい、夢に挑戦したい、といった動機、意欲をきちんとくみ取り「本人が最高のパフォーマンスをできるようにしていくことが会社のメリットにもなる」。
 畠岡さんの人生観がこもった素敵なメッセージだと思います。


障害者雇用の推進役・畠岡裕幸さん(左)

「排除」ではなく

 7月30日、大阪地裁で、姉を刺殺したアスペルガー症候群の被告(44)に対する判決公判があり、懲役16年の求刑を上回る懲役20年の判決が出ました。「障害を理解せず、差別を助長する判決」として、支援団体や医療・法曹関係者から批判がわき起こり、控訴審で再び争われることになりました。
 判決理由の「社会内でアスペルガーの受け皿がなく再犯の恐れもある」「刑務所で内省を深めさせることが社会秩序の維持につながる」という文面からも、裁判員たちが「何をするか分からない、怖い人」というイメージを持ち、厳罰に傾いたことがうかがえます。

 人は自分の理解できないことに恐怖感を抱き、「危ないもの」とレッテル張りをして排除に動きやすいものです。 多くの専門家が指摘しているように、科学的根拠のない「再犯の可能性」を盾にした量刑超え判決は、まさに「排除の論理」だと思えます。
 この被告が何らかの支援を受けて仕事に就いていれば、こんな悲劇は起きなかったはずなのに・・・。

 そして「全国で7万人」といわれる精神科病院の社会的入院。つまり治療の必要がないのに、社会の受け皿がないため長期入院させられている患者たちの問題も、根は同じです。社会的入院を減らし、地域での受け皿を広げていくために、厚労省の有識者の委員会が「民間企業などに、身体・知的障害者と同様に、精神障害者に対する雇用義務を法制化すべきだ」と最終報告書をまとめ、早ければ来年にも障害者雇用促進法が改正される見通しです。
 障害者たちが最高のパフォーマンスを発揮できるようにすることが、会社の利益になる・・・こんな考え方が、多くの企業に広がっていくことを望みます。
 
 【メモ】障害者の法定雇用率は現在、従業員56人以上の企業を対象にしており、全従業員の1.8%。来年度からは2.0%(従業員50人以上が対象)に引き上げられる。重度の障害者は2人分にカウントする方式で、日本イーラーリリーは2.1%に達している。 

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執筆

安藤 明夫

編集委員

生きがい、生活習慣病予防、心の健康・・・医療記者としての取材体験を自分自身の「これから」に重ねて、つづっていきます。