うさぎの名はマーブル

いろいろ、盛りだくさんでかきます。
どうそ、よろしくお願いします。


テーマ:
鳥取米子北高の
寮の窓から女生徒が
転落して亡くなった。
このショッキングな事故を
目の当たりにした寮生達

つい数日前まで話をしていた
女生徒が亡くなり葬儀に
参列した同級生達

学生達に衝撃が走った。
当然心に傷を負った生徒も
出てきた。

事故の後、学校は生徒に
どんな対応をとったのだろうか。

寮生の保護者への説明会
生徒へのカウンセリングは行われた。

だが、その後の学校の対応ときたら
酷いとしか言えないものだった。

(この話は田中さんが生徒から直接
 教えてもらった実話をアレンジ
 しています。)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「まあっ、なあに、あなた達
 こんな所にそんなもの持ってきて!」

寮の周りでせかせかと草取りをしていた
寮監は寮に近づいてきた女生徒数名を睨みつけた。

それぞれがお菓子のふくろやジュース
花束をもっている。

「あの…田中さんが転落した場所に
 供えようと思って…」

一人がおずおずと答えた。

「迷惑よ!今は夏場なんだから、
 そんなものおかれたら腐るじゃないの」

「…」

「この間も花束がおかれてたし!」

「…」

「もうすんだことなんだから忘れなさい
 って先生方にも言われたでしょう?」

「でも…」

「でもじゃありません。とにかく
 ここは寮の敷地なんだから勝手に入って
 こないでちょうだい!」

野良犬や野良猫でも追い払うかのように
寮監は「しっ、しっ!」と言いながら
手先ふって生徒たちを追い払い
せかせかとゴミ袋を持って寮の中へと消えた。

それを見届けてから
一人が転落現場に走っていき
花束をおいて手を合わせ
戻ってきた。

わずか数分だった。

「いいの?どうせすぐ捨てられちゃうよ?」

「いいよ…だって、こうしたいんだもの」

涙声で答える。

事故が起こってから現場に献花台なんて
気の利いたものは作られてない。

生徒達は祈る場所すら与えられず
日々を過ごしていた。

心の傷は、簡単には消えない。
何日も何日も残っている。

「…ねぇ、物がダメなら歌を歌おうよ」

一人が言う。

「歌?」

「…そうよ。歌おう」

「鎮魂歌」

「そうだね…歌なら叱られないよ、きっと」

「メリーゴーランド…
 メリーゴーランドがいいよ。」

誰かが言った。
お葬式の間、ずっと流れていた曲
それはYUIのメリーゴーランドだった。

「私、歌詞知らないよ…」
「教えるから」
「…うん」
「ね…もう泣かないで」
「…うん」

数日後、
少女達の歌う「メリーゴーランド」の歌が
夕暮れ時の寮の外に響き渡った。

それが鎮魂歌であることに
一体、何人の寮監、先生が気づいただろうか。

祈りの代わりに歌を歌った少女達の気持ちを
理解した先生が一体何人いただろうか


忘れられるはずがないのです。
人間は機械ではないのだから…


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


心的外傷後ストレス障害

生命の危険が及ぶほどの体験をしたり
そうした場面を見るとトラウマになり
その直後から遅くとも四週間以内に
不安や解離、感情麻痺などの精神障害が
発生する。(体験者全員が起こるわけでは
なく個人差が生じる)

症状としては
全般的に行動意欲が低下し、孤立感を強める。
辛い感情を持たない代わりに感情が鈍くなる。
将来の展望が見えないと感じる。

心のケア(対処の仕方)
つらい体験を、家族や仲間と一緒に
語り合い、励まし合う。
体験者と接する際はゆっくりと自然な感じで、
共感の姿勢を持つようにし、話しやすい雰囲気を作る。
体験者が話し始めたら遮らず、あるがままに
受け止めるという姿勢が重要。

こういうケアの後に
人は始めて、再び心の安定を取り戻し
普段の生活に戻る事ができるようになる。

テーマ:
6月27日
寮に荷物を取りに行った同じ日
荷物の積み込みが終わるのを、
寮の応接室でじっと待っていた事務長。

私と妹が応接室に入るなり、

「今日は来られると聞き、
 この機会を捉えてと思い…」
 
事務長はおどおどしながら
前置きし、唐突に言った。

「明子さんの死亡見舞金が
 日本スポーツ振興センターからでますので
 明子さんの医療状況のわかる資料を提出して
 ほしいのですか」

「…死亡見舞金…」

一体、娘の命と引き換えに出る保険金の話を
葬儀の二日後に聞きたい親など
この世にいるのだろうか…

「はい、2、3ヶ月でおりると思いますので
 所定の書類を提出してほしいのです」

詳しい説明もなく
味も素っ気もない口調で事務長は言った。
当然、くやみの言葉は一言もない。

承知してその場を辞したが
気分は最悪だった。

人間はある程度、年齢があがれば
礼儀や常識の範囲で行動するようになる。

例えば、心の傷ついた人がいれば
優しい言葉をかけるだろうし、
知人に不幸があればお悔やみをいうだろう。
これらのごくごく当たり前の行動。

普通の人がおよそするであろう礼儀や常識

しかし米子北高においては
そういうものは一切ない。

常識が通用しないから人の気持ちなど
お構いなしに事務を優先する。

一体、この人たちに血や涙は
流れているのかと疑ってしまう。



続く

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
追記

6月29日
鳥取医大で救急外来医療費を清算
日本スポーツ振興センターへの
医療の状況の提出書類を依頼
出来上がるのに二週間かかるとの回答
救急外来の医療費も保険対象になるのでは
と思い学校に問い合わせる。

7月1日
救急外来の医療費も保険対象になるとの
事で学校より文書が送られてくる。
悔やみの言葉は盛り込まれていない。

7月15日
病院実習が終わり一週間くらいたつのに
実習中使っていた荷物の引き取りの
連絡が全くなし。
山陰労災に問い合わせ看護科の先生が
持ち帰られたとの事
その後、看護科の先生より靴を預かったと
担任から連絡があった。

7月17日
葬儀後学校からは、なしのつぶて。
初七日にも誰もお参りにも来ない。
学校の管理下で生徒が亡くなったにも
かかわらず相変わらず何の説明もない。
親族と相談し、事故の説明を求め
学校を尋ねてみようということになった。

7月21日
鳥取県教育委員会企画部青少年文教科の
私立学校担当者に危機管理マニュアル
について問い合わせる。
私学は教育委員会、及び文部科学省の
管理下になく各々の学校で独自に
策定するように指導しているとの回答を得る。

テーマ:
娘からの最後のメール

(さすがお母さん さんきゅ)

新しく買ったipadの接続プラグを
亡くなる前の日に速達で送りました。

その返事がこのメール。
寮に荷物を引き取りに行った時に
机の上に、その封筒が開封してあり
それを見たときとても切なく辛く
涙が止まりませんでした。

娘はどうしようもない 辛い気持ちを
好きな曲を聴くことで
癒やしていたのでしょう…

娘はゆいの曲が好きでした。
葬儀の時にも ゆいの曲を
ずっと流してもらいました。
今でも辛くてその後
ゆいの曲は聞けません。

明子の母、記


6月27日
娘の葬儀の二日後
妹と一緒に寮へ荷物の
引き取りに行った。

その前日の電話連絡
まるで世間話のように寮監は言った。

「預かっていながらこんなことになり、
 すみませんでした。」

すみませんと言いながらも
うきうきと明るい弾むような声

「あっ、そうそう、冷蔵庫に残っていた
 明ちゃんの飲み物、みんなでよばれよう、
 よばれようと言って飲みましたぁ。」
 
あの時 私が娘に頼まれて 買った牛乳。
別に牛乳がおしい訳ではないけど、

家族の承諾もなしに勝手に飲むなんて…。
ただただ、驚いて呆れるばかりだった。

「あの、うちの娘は『自分の部屋の網戸は
 きちんとしまっていなくて、虫がたくさん
 入ってたまらない。』と言ってたんですが」

「…」

「入寮の時に点検はしないんですか?」

「あらっ、お母さん、自分達に
 そんなこと言われても困りますがぁ、
 そういうことは学校に言ってくれないと」

寮監はぴしゃりと言った。
寮の中で起きた事故なのに
自分達に責任はないと
言わんばかりの対応だった。

寮に着き やっとのおもいで荷物をまとめ
車に積み込み帰ろうとすると

寮監があわてふためいたように
やってきて言った。

「お母さん お母さん 食費を払って帰って下さい。」

娘の葬儀からまだ二日しかたっていない…
心の傷は当然、癒えてなかった。
その場に立っているのがやっとの精神状態。
お金の話なんて聞きたくなかった。

金額は僅か6250円
だが、言われるままに支払った。

遺族の気持ちよりも
事務的なことを
優先する寮監の態度

まだ 初七日も過ぎていないのに
この人達は一体何を考えているのだろう。

入寮の時、

「お母さん任せて下さい。自分達が
 責任を持って預かります。」

と確かに寮監は胸を張って言ったのに… 。
いざ事故が起きたら、手のひらを返したような対応。

こんな人に大事な娘を預けたとは…。

後悔で胸がいっぱいになる。
その時はただただ、自分を責めるばかりだった。

続く

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