夜遅く帰宅すると外国特派員協会(FCCJ)から会長名での召喚状が自宅に送られて来ていた。過日の警告書に続いて第二弾だ。何も知らない家人は怯え怖れ、僕が何か悪いことをしたのではないかと責める。第三者が公然と読めるFAXとは実に姑息な手段だ。家人のように平穏で静かな生活を過ごす無辜の老女を脅している。オフィスへもFAXされているから充分なのに何故自宅へ送る必要があるのか?警告書や召喚状のようなヤバイ文書なら封筒へ入れて「親展」と記すのが常識であり最低の礼儀と言うものだろう。理事会やマネージメントの陰湿な戦術が垣間見える。召喚状は14日(火)に開かれるFCCJ理事会への喚問だが、中世の「魔女裁判」のように既に罪状は決まっているのが行間に読める文面だ。言論統制のファッシズムだね。
ベン・ロペスの「ニゴーシエイター 人質救出へ心理戦」(柏書房:2012年7月刊)をとても面白く読んだ。NY生まれのK&R(Kidnap & Ransom)コンサルタント。現在ロンドンに事務所を持つ現役のニゴーシエイターなのでラテン系の仮名を使い自分が携わった身代金目当ての誘拐事件の実例を20ケース挙げて解説している。K&Rノン産業は世界不況で益々盛んになっている。
ノンフィクションなので迫力が違う。ニュースなどで見た例も含まれている。ロペスは子供時代を南米ベネズエラで過ごしアメリカの大学で心理学を勉強し卒業後はPhD取得にため病院の精神科に勤務。スペイン語、英語を中止に多国語を話せることが犯人や被害者たちとの親近感につながる。事件解決のアドバイザーとして主として誘拐保険の会社から依頼を受けメキシコやコロンビアから始まり、中東やアフリカの海賊交渉にまで世界各国で活躍している心理作戦のコンサルタントであり交渉人(しかし本人は直接犯人と交渉しない)だ。映画ファンとみえて数々の作品が引用される。その中で妹がロシアの富豪と婚約したイタリ女性が誘拐される「不和」。これが自分の身代金が少なすぎるだの犯人たちへの注文が多くて皆辟易とする話がある。これなどはベット・ミドラー主演の「殺したい女」そっくりだと。家庭内の「不和」は熾烈を極め「シンプソン一家」ですら平和な家庭と思われる。
誘拐事件は年間2万件以上あるが、当局に通報があるのは1/10。知らないところでK&Rビジネスは繁栄を極めているのだ。その半数以上はラテンアメリカで起こっている。誘拐事件の70%は身代金で解決し、力づくでの救出は10%だと言う。昔はジャーナリストはてを出されなかったがアルカイーダが登場して来てテロリストは変わった。「今日のテロリズムを見る限り戦争とは兵士が兵士を撃つものでなくなっている。テロリズムは民間人が民間人を殺すことだ。明日は我が身」
映画や小説で「交渉人」は多々あるが、現役心理学者でコンサルタントのこの本が今まで経験した中で一番興奮したし面白かった。
北野武のヤクザものアクショナーは「その男、凶暴につき」から、いや役者として「情婦マノン」に出演した時から迫力とリアリティがあり面白い。「バカやろ!」「てめぇ、ぶっ殺すぞ」などのセリフが実に自然なのだ。「HANA-BI」でヴェネチア金獅子賞をとって方向が狂い、「菊次郎の夏」や時代劇「座頭市」は悪くは無いが面白くなく、武の映画ではなかった。その後の「みんなやっているかい!」や「監督・ばんざい!」「アキレスと亀」などは愚作、駄作の連発で武が作ったから見る位の観客の気持ちだった。だから「BROTHER」などはゾクゾクしながら見た。そして一昨年の武本来の原点復帰のバイオレンスもの「アウトレイジ」は諸手を挙げてファンは歓迎しヒット作となった。その続編のこの映画が詰まらない筈が無い。俳優陣も未だかつてない程の大物を揃え充実している。決してビートたけし単独の映画では無い。しかし男優はヤクザ、女優は娼婦を演じるとサマになると言うが、塩見三省も西田敏行も三浦友和、加瀬亮、中野英雄も怖い怖い。善良を絵に描いたような小日向文世もマル暴の権謀術策の強面刑事で好演している。女っ気はまるで無い。唯一在日ヤクザの親分が出所した大友(たけし)に背中一面に龍を彫った月船サララがヌードになる一瞬のシーンだけで、ヤクザ同士の切った張ったのバイオレンスが最初から最後まで続く。
前作で山王会初代会長関内の若頭、加藤(三浦)は大友を粛清した直後チンピラの小沢を呼び出し、関内と小沢が撃ち合って死んだような細工をして山王会を手中に収めた。
5年後2代目加藤が会長になった山王会は隆盛を極める。右腕になるのは大友の下で金庫番だった石原(加瀬)で先代会長のボデイガードだった舟木(田中哲司)と二人が仕切り、「合法的にデカイ金を動かす」頭脳作戦を展開中だった。会の古手の幹部たち、富田(中尾彬)白山(名高達男)五味(光石研)は面白く無い。そこに目をつけたマル暴の片岡刑事(小日向)が暴力団の内部に入り込み陰謀術策を練る。関西の大暴力団「花菱会」に富田たちと手を組ませ山王会を崩壊させようと企む。
花菱会会長布施(神山繁)は一筋縄で行かない。頭が切れる会長は幹部の西野(西田)と中田(塩見)に命じて手を貸して欲しいと来阪した富田を嵌める。
花菱との連合が上手く行かなかった片岡刑事は刑務所を訪ね仮出所間近の大友(たけし)を唆し、昔の仲間木村(中野英雄)と組ませて山王会へ対抗させようとする。
武の脚本は実に良く書けている。善人は一人も登場しない。悪い奴ばかりだ。陰謀術策や裏切りの蠢く裏社会をエンターテイントとして観客に提供し堪能させながら飽きる暇を与えずスピーディに展開する。深作欣二の「仁義無き戦い」やコッポラの「ゴッド・ファーザー」にも比肩しうるヤクザ映画だが、セリフの多さが深作と違う。武の本に登場するヤクザたちは実に多弁だ。「男は黙って」なんて大物は居ない。加藤会長も若頭石原も花菱会の若頭西野も激情に流されるまま喋りまくる。寡黙なのはたけし扮する大友だけなのも登場シーンが少ないが自分の存在感を示す上手い描き方だ。
武映画の最高峰を極める作品で、この秋大ヒットを記録するだろう。
10月6日より丸の内東映他、全国200スクリーン以上で公開される。
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