余録:およそその国の言語の形成に献身する…
毎日新聞 2012年08月17日 00時07分
およそその国の言語の形成に献身するほど愛国的な行為は他にあまりあるまい。たとえば初の近代国語辞典「言海」を編んだのは大槻文彦だ。彼は教育勅語の愛国心のくだりの文法の誤りを指摘して国の役人を困らせたが、疑いなく愛国者である▲史上初の本格的英語辞書は18世紀英国の文学者サミュエル・ジョンソンが独力で上下2巻を3年間で書き上げたという。ちなみに近代フランス語の辞書作りは、アカデミーの学者40人がかかりっきりで40年かかったとか▲「計算すれば3対1600、これがフランス人と英国人の能力の比じゃ」は当人の言葉だ。英国は偉業に年金支給をもって報いたが、彼は受け取りをためらった。辞書の「年金」の項は「通常英国では祖国を裏切る政府の手先への謝金と解されている」とあったのだ▲この愛国者にして「愛国主義はごろつきどもの最後の隠れ家だ」という名言がある。どうも愛国主義者と愛国者とは必ずしも同じではないようだ。尖閣諸島に不法上陸して日本当局に逮捕された香港などの反日活動家の事あれかしの暴挙を見て思い出した名言である▲中国国民の反日感情をあおりたて、日中の相互依存関係を破壊しようという活動家たちだ。その愛国主義も底が知れよう。古今東西、排外的な愛国を唱える人々が国を愛するより、国内の政敵を売国奴呼ばわりしてその力を奪うのに熱心だったことも思い起こされる▲ここは「隠れ家」から騒動の火を広げようとする連中の思惑をなんとか封じ込めたい。日中間の安定した関係なしにはお互いの繁栄もないことを知る愛国者たちを窮地に追い込んではいけない。