渋谷駅の二つのリングは1957年ころ、建築家・坂倉準三が設計を担当していた当時に生まれている。坂倉が初めから意図していたかどうか、定かではない。
これらリングを一周する人は、迷っている人以外はまずいない。ほとんどの人はこのリングに入って、必要なところで出ていく。リングは、小枝を結って作る環状の装飾品であるリース(花輪、wreath)と同じでき方である。寄り線を人々の動きと見立てれば、離れたときは黒い輪であるが、近づくと無数の人々の流れである。次から次に人が、入っては出て、出ては入って、が繰り返されている。人々に動きが生じているとき、環状のパターンは浮き上がり、システムが作動している。
その弾力性のあるリングは、大量に押し寄せる人の流れを柔軟に受け止める。リングは、いったんは優しく受け入れ、すぐに吐き出す。また、そのリングに入ってくる人、出ていく人は、リングとは異なる自立したシステムから流れて来たり出て行ったりする。
こうした渋谷駅のシステムは、整流器のメカニズムとして考えられないだろうか。ドイツの生物物理学者マンフレート・アイゲンの提唱した「ハイパーサイクル」システムモデルのダイヤグラムを彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。
■二つのリングは失われるか
1日280万人もの人々をさばく渋谷駅という整流器のメカニズムについて、一考察を見ていただいた。複雑そうに見えながら、単純な原理が隠されている。そのパターンがうまく機能して、さしたる事故もなく日々渋谷駅は渋谷駅でいられるのではないだろうか。都市の人の流れが、渋谷駅という場所で二つのリング(二つ穴トーラス)をおのずと形成させた。
二つ穴ドーナツは果たしていかに?
一般的には、建築や建物というとハードな物質として考えられるので、初めに駅があってそれに人の流れが従っている、と考える。しかし、見てきたように、初めに人の流れがあって、それに合わせて建物が造られてきたという考え方もできるのではないだろうか。最初から意図して造ったものではなく自然発生的に生まれてきたもの、都市の漠然とした人の流れが作りだしたもの、である。
これから渋谷駅は大きく造り変えられ、超高層ビルが林立する風景に様変わりするようだ。現在のJR線のコンコースは、品川駅や新宿駅のような広いものに置き換えられる予定だ。
しかし、銀座線が地上3階、副都心線が地下5階にある以上、たとえリングが無くなったとしても、「渋谷駅性」は失われることなく、新たなパターンが形成されるであろう。渋谷駅の大改造は、都市の大きな人の流れが新たな秩序を必要としていることの現れなのかもしれない。
田村圭介(たむら・けいすけ)
昭和女子大学生活科学部環境デザイン学科准教授。1970年東京生まれ。95年早稲田大学理工学部建設工学理工博士課程修了。著書に『ガラス建築―意匠と機能の知識』(共著、日本建築学会)、『THE YOKOHAMA PROJECT』(共著、ACTAR)。
[ケンプラッツ編『SHIBUYA202X 知られざる渋谷の過去・未来』(日経BP)を基に再構成]
[参考]ケンプラッツ編『SHIBUYA202X 知られざる渋谷の過去・未来』では、再開発が本格的に動き始めた渋谷の駅と街の成り立ちから、現在進行中のプロジェクトの詳細、未来像について詳細に分析、解説している。また7月20日には「SHIBUYA 202X」出版記念トークセッション「シブヤ建築の楽しみ方 ―駅と街がもっと好きになる―」を開催する。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/knp/plus/20120702/574350/
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渋谷駅
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