優れたルポライターである桜林美佐さんは、3.11後被災地にある基地などで、自衛隊員に密着、発災直後はマスコミで報道されることの少なかった自衛隊員の活動状況をルポ、「夕刊フジ」に連載した。
自衛隊は発災後、陸海空三自衛隊で10万6250人を動員、遺体収容、行方不明者の捜索、ガレキ処理、救援物資の輸送などに当たった。遺体捜索に当たる隊員たちは、胸まで泥田に浸かり、疲労困憊しながら天幕に帰る。温かい食事は被災者に提供するため、缶詰食を冷たいまま食べ、翌朝は泥だらけの迷彩服を再び着て仕事に戻る。不満もこぼさず黙々と働く迷彩服姿を見ると、お年寄りは手を合わせ、子どもたちは歓声をあげる。
自衛隊の撤収に当たっては、どの集落でも「有難う自衛隊」の横断幕を掲げ、心からの拍手で見送った。東日本大震災後、日本人の自衛隊に対する好感度は90%を超え、私はもう「防衛大生はボクら世代の恥辱」(‘58年6月25日毎日新聞)と罵った作家、大江健三郎氏のようなポン助は絶滅したと思っていた。ところが、まだいるんですねえ。
少し旧聞になるが、7月中旬に陸上自衛隊が中心となって「綜合防災演習」を行った時のことである。首都直下地震で道路が寸断され、電話連絡もとれなくなったと想定、陸自第一師団の要員が東京、練馬の駐屯地から徒歩で都内23区の各区役所へ出向き、被害状況を確認、通信連絡を行うというものだった。
ところが、7月23日付の産経新聞によると、事前に自衛隊から23区に協力を要請していたにもかかわらず、次の11区*がこれを拒否したという。*千代田、中央、港、新宿、目黒、世田谷、渋谷、中野、杉並、豊島、北の各区
庁舎使用を拒否したある区の担当者は「迷彩服姿を見せないでほしい」と要求したそうだが、その背景には23区中12区で、市民グループを自称する団体から、自衛隊に区の施設を利用させるな、との申し入れを受けていた事実がある。練馬区では「自衛隊員に区役所の水、電気を使わせるのは違法」と主張する者までいたという。
こんな役人を放置しておいて、大地震発生時に住民の安全を守れるのか。
区長が優柔不断なのか、区の担当者が実は自治労の活動家で反自衛隊だからなのか、市民グループを名乗る連中が元凶なのか。
私にいわせれば、みんな悪い
08月12日
07月29日
07月21日