妨害者たちの変化とキチガイ医
最近妨害者たちの書き込み内容が微妙に変わってきていることがある。これらを含めて最近の話題やこの前やった講演の一部、ネーミングの変化についても書いていく。
合同講演会「子供の声を聞こう!不登校は精神疾患ではない!」
日時 9月22日(土)14:00~16:00
会場 北区立滝野川西区民センター 第一ホール(6F)
参加費 1000円メールによる予約制になります(名前と電話番号をお伝えいただければ結構です)。
sosokikaku@gmail.com
サピオの第二回もお忘れずに。
最近の変化の特徴は、昔なら反精神医学的意見であったり、反医学的意見であったりというのを「アホ」だとか、「少数派すぎて聞く価値なし」的なモノが多かったのに、最近は「なぜ人(精神医学賛美者)の意見を聞かないのだ?」とか「薬で救われている人もいる」的な、ある意味どっちが多数派かわからない意見を交えて中傷してくることが多いという点だ。これはわかる人ならわかるだろうがボディーブローがすさまじく効いているということであろう。メンヘラーが自分の疾病利益獲得に躍起になっているともとらえられるが。
これを嘲笑し虚仮にしないで何を虚仮にしろというのだろう。精神医学者たちとか精神医学賛美者達とか(代表格は家族会ね)人の意見とか聞いたことあるんだっけ?そのオマエラが人に意見を聞けとか偏狭的だとかいう?もう笑いが抑えられない!そもそも徹底批判するのが偏狭的ならそれで結構だけど、精神科医や毒親の偏狭ぶりと廃人や殺人ミッション遂行能力はむしろ称賛に値する。君たちはむしろ完全なる極悪党とその手先として忠実に役目を果たしてきたが、もうすぐ分岐点が来るということだ。オマエたちみたいな本気の悪魔崇拝者もどきが幅を利かせる時代は終わろうとしている。そのとき同時にキチガイ医にも終局が来る。
私は最近自らをキチガイ医とネット上では名乗っている。東洋医と名乗ることはほとんどなくなってしまったが、このブログの改名は少しタイミングを待とうと思っている。そもそもこのブログには記録文書以上の価値がなくなってきつつある。ツイッターのフォロー数も日々増えているし、フェイスブックのほうが相手が誰だかもわかるし批判も議論もしやすいし、アクセスブロックもかけやすい。私の書いていることを本気で追いたい人はフェイスブックを見るかフィード購読するか友達申請してもらった方がいい。
そしてこのブログに平均的な意見も中立的な意見も妥当な意見も必要ない。このブログの目的はいまや精神医療撲滅でしかない。最初そうでなかったのは不勉強だったからにすぎない。CCHRに出会わなくても(遅くはなったかもしれないが)必ずこの領域(反精神医学という意味ではない)に入ることは今から思えば既定路線だったと言える。実はそういう人間が思ったより多いことをどんどん発掘しているからだ。そしてこのブログは本気で精神医療を憎み、親を憎み、製薬会社を憎み、社会を憎むものが、書き集い意見交流すればいい。アホなヘビーメンヘラーやアノニマスは2chにでもいって、キチガイ医の悪評を垂れ流しておけばよい。認証制だしこのブログでコメントにより法律的問題が起こった場合は、もちろんキチガイ医が責任をとるので心配はいらない。どんどん暴露すればいい。
最近なぜキチガイ医を名乗るかだが、私は一時20代後半から30代前半にかけてバランスを重視しようと努力したものだった。東洋医学を学んだのもそれが理由だし、それはやはり10代のころや特に20代前半などイケイケ体育会系の徹底主義だったので、反省したほうがいいかなとふと思ったからだ。しかし思い返してみればこんなミステイクはなかったといえる。この考えはすでに人に追従していたに等しく、問題を根底中の根底から見つめることを妨げてきた。だから私は今キチガイ医を名乗る。人は徹底的に自分の信条にしたがい徹底的に闘えば良い。それらの評価は後世の人間であったりが決めることだし、結果自体も戦争の結果がどちらに転ぶでしかない。
キチガイ医の最たる例として私はフェイスブックに以下の例を挙げた。ところがフェイスブックでは好意的な意見が多い。やはり匿名だとクズがクズらしい意見しか書きこまないのである。だからブログの価値はシフトしつつある。
私は自殺企図をする患者さんにやめろなどといったりしない(一応昔は言っていたのだがやめてしまった)。答えは「じゃあ死ねば?」である(薬物副作用は別ね)。厳密に言わなくてもたぶん立派な法律違反なんだろうが、医師廃業をもくろむ私としては別に怖い事もない。しかも精神科医同様、司法の方々が頑張って医師を守ってくれるかもしれない。まあそんなことは置いといて、話の続きはだいたいこんな感じである。「でもやるのだったら昔の武士みたいに白装束を着て、遺書を書いて、家族全員納得させてからやってね♡」さらに続けると、「ちゃんと腹かっさばいて死んでね♡いつでもここから転院していいのよ~だって僕キチガイ医者だから♡」
精神医学でもっと多いのは家族が憎いとか家族に暴力をふるうとかだが(このほとんどが強制入院になるのだろうが)、私はこの時も似たようなことを話す。「いいよ、殺しちゃって♡。だって何年何十年も薬飲まされて虐待されてるし、人間扱いされないんだもんね。ついでに主治医の精神科医も殺してくれるとありがたい♡」
私は精神を治す治療家ではさらさらないので、そんなことをする気もさらさらない。当院で行っているのはひたすら医学的、薬学的、薬害的視点からの薬の整頓や中止、ただそれだけである。ここでアホたちはかならず「あなたはそれを精神科にかかりながら、治らないで苦労している患者や家族に言えるんですか」という。このブログの読者にはこの言葉の無知さが分かろうが、アホか!何十回でも言えるわ!と断言しよう。大前提としてそんなことにさせないし、もし何か家族が精神的苦痛に陥っても、そして私が医者でなくても精神医学の惨状は必ず調べて、他の方法を探るに決まってる。さらに言えば発狂しようが錯乱しようがどんな変な行動を取ろうが、殴りに来ようが殺しに来ようが一旦信じると決めた家族になら殺されたるわ!それが友人でも一旦完全に信じると決めた友人なら殺されたるわ!周りの迷惑考えるなら離れ小島にでも住んでゆっくり暮らすわ!
あらゆる精神薬を投与する親というのはどこまでいっても親たる真の役割を放棄し、猛毒を子供に垂れ流している毒親である。ちょうど私の子供は今2歳半、2歳児反抗期の盛りだが、どれだけ「パパクサイ」といわれようが「パパキタナイ」といわれようが、「あっちいって」といわれようが「キライ」といわれようが、路上で泣き叫ぼうが転がりまくろうがお店で迷惑行為しようが、どこで歌おうが踊ろうが鼻くそホジろうが錯乱しようが、本質的に私は一切困らない。もちろん人並みに躾けてはいくつもりだが、これが何歳になっても一向に困りはしないのである。もちろん娘が本当に悪いことをした場合体罰を振るうこともあるだろう。それで私を将来殺しに来るならそれは受け入れればよい。その意味を伝え損ねた私の不承に過ぎない。だがここまでの覚悟をもって精神医学問題に向き合った親を、私はほとんど知らない。まさに私が今交流しているほんの一部の親たちだけである。慰め合いと被害者ヅラでもりあがる家族会の面々たち、どうぞ地獄に落ちますように。一緒についていきますよ♡
合同講演会「子供の声を聞こう!不登校は精神疾患ではない!」
日時 9月22日(土)14:00~16:00
会場 北区立滝野川西区民センター 第一ホール(6F)
参加費 1000円メールによる予約制になります(名前と電話番号をお伝えいただければ結構です)。
sosokikaku@gmail.com
サピオの第二回もお忘れずに。
最近の変化の特徴は、昔なら反精神医学的意見であったり、反医学的意見であったりというのを「アホ」だとか、「少数派すぎて聞く価値なし」的なモノが多かったのに、最近は「なぜ人(精神医学賛美者)の意見を聞かないのだ?」とか「薬で救われている人もいる」的な、ある意味どっちが多数派かわからない意見を交えて中傷してくることが多いという点だ。これはわかる人ならわかるだろうがボディーブローがすさまじく効いているということであろう。メンヘラーが自分の疾病利益獲得に躍起になっているともとらえられるが。
これを嘲笑し虚仮にしないで何を虚仮にしろというのだろう。精神医学者たちとか精神医学賛美者達とか(代表格は家族会ね)人の意見とか聞いたことあるんだっけ?そのオマエラが人に意見を聞けとか偏狭的だとかいう?もう笑いが抑えられない!そもそも徹底批判するのが偏狭的ならそれで結構だけど、精神科医や毒親の偏狭ぶりと廃人や殺人ミッション遂行能力はむしろ称賛に値する。君たちはむしろ完全なる極悪党とその手先として忠実に役目を果たしてきたが、もうすぐ分岐点が来るということだ。オマエたちみたいな本気の悪魔崇拝者もどきが幅を利かせる時代は終わろうとしている。そのとき同時にキチガイ医にも終局が来る。
私は最近自らをキチガイ医とネット上では名乗っている。東洋医と名乗ることはほとんどなくなってしまったが、このブログの改名は少しタイミングを待とうと思っている。そもそもこのブログには記録文書以上の価値がなくなってきつつある。ツイッターのフォロー数も日々増えているし、フェイスブックのほうが相手が誰だかもわかるし批判も議論もしやすいし、アクセスブロックもかけやすい。私の書いていることを本気で追いたい人はフェイスブックを見るかフィード購読するか友達申請してもらった方がいい。
そしてこのブログに平均的な意見も中立的な意見も妥当な意見も必要ない。このブログの目的はいまや精神医療撲滅でしかない。最初そうでなかったのは不勉強だったからにすぎない。CCHRに出会わなくても(遅くはなったかもしれないが)必ずこの領域(反精神医学という意味ではない)に入ることは今から思えば既定路線だったと言える。実はそういう人間が思ったより多いことをどんどん発掘しているからだ。そしてこのブログは本気で精神医療を憎み、親を憎み、製薬会社を憎み、社会を憎むものが、書き集い意見交流すればいい。アホなヘビーメンヘラーやアノニマスは2chにでもいって、キチガイ医の悪評を垂れ流しておけばよい。認証制だしこのブログでコメントにより法律的問題が起こった場合は、もちろんキチガイ医が責任をとるので心配はいらない。どんどん暴露すればいい。
最近なぜキチガイ医を名乗るかだが、私は一時20代後半から30代前半にかけてバランスを重視しようと努力したものだった。東洋医学を学んだのもそれが理由だし、それはやはり10代のころや特に20代前半などイケイケ体育会系の徹底主義だったので、反省したほうがいいかなとふと思ったからだ。しかし思い返してみればこんなミステイクはなかったといえる。この考えはすでに人に追従していたに等しく、問題を根底中の根底から見つめることを妨げてきた。だから私は今キチガイ医を名乗る。人は徹底的に自分の信条にしたがい徹底的に闘えば良い。それらの評価は後世の人間であったりが決めることだし、結果自体も戦争の結果がどちらに転ぶでしかない。
キチガイ医の最たる例として私はフェイスブックに以下の例を挙げた。ところがフェイスブックでは好意的な意見が多い。やはり匿名だとクズがクズらしい意見しか書きこまないのである。だからブログの価値はシフトしつつある。
私は自殺企図をする患者さんにやめろなどといったりしない(一応昔は言っていたのだがやめてしまった)。答えは「じゃあ死ねば?」である(薬物副作用は別ね)。厳密に言わなくてもたぶん立派な法律違反なんだろうが、医師廃業をもくろむ私としては別に怖い事もない。しかも精神科医同様、司法の方々が頑張って医師を守ってくれるかもしれない。まあそんなことは置いといて、話の続きはだいたいこんな感じである。「でもやるのだったら昔の武士みたいに白装束を着て、遺書を書いて、家族全員納得させてからやってね♡」さらに続けると、「ちゃんと腹かっさばいて死んでね♡いつでもここから転院していいのよ~だって僕キチガイ医者だから♡」
精神医学でもっと多いのは家族が憎いとか家族に暴力をふるうとかだが(このほとんどが強制入院になるのだろうが)、私はこの時も似たようなことを話す。「いいよ、殺しちゃって♡。だって何年何十年も薬飲まされて虐待されてるし、人間扱いされないんだもんね。ついでに主治医の精神科医も殺してくれるとありがたい♡」
私は精神を治す治療家ではさらさらないので、そんなことをする気もさらさらない。当院で行っているのはひたすら医学的、薬学的、薬害的視点からの薬の整頓や中止、ただそれだけである。ここでアホたちはかならず「あなたはそれを精神科にかかりながら、治らないで苦労している患者や家族に言えるんですか」という。このブログの読者にはこの言葉の無知さが分かろうが、アホか!何十回でも言えるわ!と断言しよう。大前提としてそんなことにさせないし、もし何か家族が精神的苦痛に陥っても、そして私が医者でなくても精神医学の惨状は必ず調べて、他の方法を探るに決まってる。さらに言えば発狂しようが錯乱しようがどんな変な行動を取ろうが、殴りに来ようが殺しに来ようが一旦信じると決めた家族になら殺されたるわ!それが友人でも一旦完全に信じると決めた友人なら殺されたるわ!周りの迷惑考えるなら離れ小島にでも住んでゆっくり暮らすわ!
あらゆる精神薬を投与する親というのはどこまでいっても親たる真の役割を放棄し、猛毒を子供に垂れ流している毒親である。ちょうど私の子供は今2歳半、2歳児反抗期の盛りだが、どれだけ「パパクサイ」といわれようが「パパキタナイ」といわれようが、「あっちいって」といわれようが「キライ」といわれようが、路上で泣き叫ぼうが転がりまくろうがお店で迷惑行為しようが、どこで歌おうが踊ろうが鼻くそホジろうが錯乱しようが、本質的に私は一切困らない。もちろん人並みに躾けてはいくつもりだが、これが何歳になっても一向に困りはしないのである。もちろん娘が本当に悪いことをした場合体罰を振るうこともあるだろう。それで私を将来殺しに来るならそれは受け入れればよい。その意味を伝え損ねた私の不承に過ぎない。だがここまでの覚悟をもって精神医学問題に向き合った親を、私はほとんど知らない。まさに私が今交流しているほんの一部の親たちだけである。慰め合いと被害者ヅラでもりあがる家族会の面々たち、どうぞ地獄に落ちますように。一緒についていきますよ♡