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2012年1月 3日 (火)

永井羊一氏夫人いくのさんのご逝去

 市民の目にいつも目を通しておられて、時々あたたかいが問題の本質をみごとにとらえた感想をよせられていた永井羊一先生のお姿を沼田で御見かけしなくなってから二年近く過ぎた。先生は隣県の病院で奥様の看病をされていた。昨年末に奥様のいくのさんが90歳で大往生された。お通夜に愚妻とともに参列させていただいた。私も七十年を越えて生きてきたので、数々の葬式やお通夜に出たことがあるが、永井夫人のそれのように心に沁みる見事なのは初めてである。いくの夫人は実に仕合せな一生を送られた。最後の一年半、夫の羊一氏が病院に泊まり込みずっとベッドサイドで看病されたのである。羊一氏は「書を愛し、花を愛した」人だったといくの夫人のことを語っておられた。氏ご自身が、若いときは兵隊で名誉の負傷をされたり、焼け野原の二本に復員なさってから事業を始められて大成功された方だが、人柄は実に人情味に富み、なおかつ心の清い高潔な人格者である。
 私は沼田に移住して10年を越えた。市長を始め、市会議員などの行状を聴くにつけ、なんて低能ぞろいなんだ、と呆れている。沼田のきれいな水と空気を吸っている町なのに、いつからこんな低劣な屑どもがのさばるようになったのか。沼田町史に描かれた頃の向上心や誇りはどこに消えたのか?落胆していた私にはっと目を開かせて下さったのが永井羊一さんだった。

 永井さん、夫人の看病という大役を果たされ、御苦労さまでした。まだまだ頑張って長生きしてください。日本はこれからが正念場になると思います。11年3月11日で、価値観を全面的に改めなければ未来はないということにまだ気づいていないひとが大勢います。とくに民主党や自民党の既成の政治家は駄目です。新しい価値観は、地方から起こるべきです。私は永井さんの生き方こそ未来につながる生き方だと確信しています。ぜひ私のような弱輩をお導きください。足弱ではありますがついて参ります。(峯崎淳)

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コメント

 貴重なホームページに、至らぬ凡人、個人の行状を取り上げて頂き、恐縮し身の置きどころの無い心情です。
 有り難いお言葉に背かぬ様、心して余生を過ごしたいと思いますので、今後ともご指導のほど宜しくお願い致します。

病院で亡くなるということは極めて幸せなことです。経済的にも清拭や食事、体位交換など大変な手間がかかるため、今の医療制度では半年を超えて一般病床に入院を継続することは一般的には難しい。療養型の病床、老健施設や有料老人ホームに転院を強制され多額な金やマンパワーが必要であり、年金など収入が制限されている方は半年が限界と考えていいでしょう。かつて橋本龍太郎厚生大臣が母を見舞いに病院を朝訪ねましたが医療保険制度の中で公費負担によるものであり国立病院の個室を利用されており批判がありました。日本の社会保障制度はそんなもので、とてもお年寄りが手を取り1年以上も看護を続けられることは現実ではありえません。有名な学者が温泉旅行に群馬を訪れた際、不幸にも奥様が急病になり高崎医療センターの ICUに入院された際、死にめにも会えなかつたとい話です。付き添いは許されないのです。老人が長期間同じ病院で入院され隣室の妻の面倒を見るという生活を行うことは、沼田市の国保財政に相当の負担を強いたものであり、その点、沼田の阿呆呼ばわりしている日頃の言動とは違和感があります。私は、これは特殊なケースであり誰れもが終末期はそうありたいのですが、知り合いか、特殊な立場でなければできない状況を美談のように語る姿勢が浅はかでは無いかと思うのです。
むしろ医療機関での医療の是非を、国保財政の適正な使いかたを問うべきものでしょう。それとも信頼している人は別ですか。

病院で亡くなることは幸せということは、決して濃厚な終末期医療を受けるという意味ではありません。家族の負担が少ないこと、それは公的医療費が使われているという事実です。高度急性期病床の在院日数は15日です。一般急性期病床の想定在院日数は9日です。一般病床の平均在院日数は18.4日に過ぎません。現在、年間の死亡者数は約100万人で、85-90万人の方が病院で亡くなります。亡くなる3ヶ月前に医療費は高騰し、1.5兆円にも達するため厚労省はできる限り在院日数を減らし終末期の看取り、訪問診療、すなわち病院からの追い出しへとシフトしています。私は正月中に90歳になる方を在宅で看取りましたが、医療以上に介護ということに関し家族の疲労は頂点に達し、今や老人ホームでやれば訴えられるような抑制帯で手足を拘束され患者は亡くなって行きました。2010年度の医療費国保負担額は10兆円です。社会保障と税の一体改革と政府は言いますが、要は「地域包括ケアシステム」を確立して平均在院日数を短縮する方向を目ざさないないことにはこの国の皆保険制度は存続できないということです。生きることも死ぬことも自由を失いつつあるのが現実です。ご冥福を祈ります。

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