放射性物質基準「日本は10倍厳しい」のウソもウソ
少し古い話ですが、市民さん、⑦シックス さんから頂いた問題提起について考える事例だと思うので、書いてみます。
環境問題に関心が深い方向けの雑誌「オルタナ」のウエブサイトに「放射性物質基準「日本は10倍厳しい」のウソ」と題する記事が4月12日に掲載されました。私は、編集者の森さん、著者の政野さんも参加しているメーリングリストに参加していて、編集者の森さんから紹介されて、この記事を見ました。よくぞ、東洋経済オンラインのまちがいを指摘してくれたという思いで記事を読みました。
3月24日、東洋経済オンラインが「WHOが、日本の水道水に関する放射性物質の規制基準は国際基準の10倍厳しいと記載」と配信した。原子力安全委員会が飲料水の摂取制限を1リットル中300ベクレルと設定したことを受けてのニュースだった。
これだけ読むと、日本の暫定基準が世界保健機関(WHO)基準の10倍厳しいと読めるが、本当にそうなのだろうか。この記事の情報源は確かにWHOの3月22日発表資料だが、内容は、日本の基準が「国際的に合意された『実用介入レベル』より一桁低い」というものだ。
では「実用介入レベル」とは何か。そのソースにあたると、原子力推進機関(IAEA)が核や放射性物質を含む緊急時のために策定し、WHOも支持し た基準だと分かった。さらに、本家WHOのウェブで探すと、「“Can I drink the tap water in Japan?”(日本で水道水は飲めますか?)」というQ&Aで、WHOと日本とIAEA の基準の比較表が出ていた(図表参照)。
WHOの本来の推奨値は1リットル中10ベクレルと書かれている。こちらを基準にすれば、今回の日本の基準値300ベクレルは30倍甘い。おまけに IAEAの3000ベクレルという基準は「適用不可。緊急時の早期段階で行動する時のみ使うべき最大レベル」とある。1年間飲み続けてはいけないレベルで あるというわけだ。そのことには触れずに「国際基準」の10倍厳しいと報じれば誤解を呼ぶ。
ここまでは、とても良い問題提起です。問題は図表です。
WHOのサイトには、注書きがあるのです。10ベクレルの基準値にはこうです。
(1) WHO Guidelines for Drinking-water Quality should not be taken as the reference point for nuclear emergencies because the levels set are extremely conservative, and designed to apply to lifetime routine intake.
翻訳すると、「WHOの飲料水水質ガイドラインは、原子力危機における基準値とすべきではない。なぜなら、この数値は生涯にわたる継続的な摂取を念頭に、極めて保守的に設定されたものであるから。」という意味です。
これは極めて重要な記述です。これがあるかないかで、読者の受ける印象はまったく違ってきます。私は、メーリングリストでこの点を指摘しました。著者からは、よく読めば解るはずとの趣旨の説明がありましたが、私には到底理解できませんでした。ただ、メーリングリストのやりとりで明らかになったのは、まさのさんは、この注書きを見落としたのではなく、十分認識した上で、省いたと言うことです。
私は、被災地には、300bq/l以下であるが10bq/l以上の水を使わざるを得ない人がいることを思えば、この注書きは省けないと思います。また、東洋経済の記事を批判するという趣旨からすれば、絶対に省いてはいけない点だと思います。
さらに、まさのさんはこう言います。
それならば、現在のところ、1リットル10ベクレルまでなら成人が1年間飲み続けても地球半周で受ける放射線量だとWHOが発表した値だ、と目安として覚えておくしかない。そんなわけで、当分の間、いかなる情報の鵜呑みにも用心が必要のようだ。
図表にある A New York - London flightがいつの間にかを「地球半周」になっているのです。ニューヨークロンドンは約5,500キロくらいです。地球半周は約2万キロですから、約4倍の誤差があります。
WHOが言っているのはこういうことです。
平常時は10ベクレル(原子力危機における基準値に使うべきでない)
IAEA基準の定める原子力機器の際の実用介入レベルは3000ベクレル(これは、緊急事態初期に初動を促す際にのみ使用が許される)
そうすると、日本の暫定基準300ベクレル(乳児100ベクレル)がそこそこ妥当な数値ではないかと思えてきます。だからこそ、WHOも、肯定的に評価しているのです。この趣旨こそを伝えるべきなのです。
The Japanese authorities are closely monitoring the situation and are issuing advice, when needed, against consumption of tap water, including specific recommendations for infants. Essential hydration of infants should not be compromised in an attempt to reduce exposure to radionuclide contamination.
The standards adopted by the Japanese authorities for this emergency are precautionary. Currently, radioactive iodine is the most common detected contaminant; the standard for adults is 300 Becquerels per litre in drinking-water. In the very unlikely scenario that drinking-water was contaminated and consumed for an entire year at this level, the additional radiation exposure from this water would be equivalent to natural background radiation during one year.
結局、東洋経済オンラインの記事も正しくないですが、それを指摘したオルタナの記事も正しくないのです。こういうことの繰り返しが、不安を煽り被害を大きくしているのだと思います。(杉山弘一)
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