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2011年3月31日 (木)

想定外発言は想定外

 社長が逃げだした東京電力は、昨夜、勝俣会長が記者会見をした。その中で、勝俣は「過去最大規模の地震までは考慮していたが、それを超える想定外の大きな地震と津波が事故の原因。東電に落ち度はない。」という趣旨の弁明をした。ふざけるな。

 第1に、過去最大規模の地震津波など考慮していない。すでの、津波を研究する学者達が過去の事例を調べ、福島第1発電所の津波の想定高さが低すぎるとして、東電に引き上げを求めていたことが判明している。東電は、コストカットを優先し、対策を怠っていたのが事実だ。

 第2に、今回のマグニチュード9.0が過去最大規模を超える地震と言っても、およそ1,000年に一度の規模だそうだ。一般の感覚では、1,000年に一度では仕方ないと思うかも知れないが、これは原子力では通らない理屈だ。
 1,000年に一度起こる事象を、10-3回/炉・年と表現する。一つの原子炉を1年運転する間に、千分の一の確率で起こると言うことである。そして、10-3/炉・年の事象を想定し対策をとることは原子力では当たり前なのだ。
 今回のような炉心溶融事故が起これば、日本だけでなく全世界に影響が及ぶ。だから、原子炉の安全設計は世界規模で考える必要がある。
 今、世界には約431基の原子炉がある。それらが運転を開始して廃炉を迎えるまでが50年と仮定しよう。世界で、50年間に、10-3/炉・年の事象によって、事故が起きる確率はこうなる。
 431×50×10-3=21.05回 
 50年間に世界で、25回も炉心溶融事故が起きるのだ。2年に一度、どこかで今回のような炉心溶融事故が起きると言うことだ。これが、許されるはずがないだろう。これで、原子力発電を推進して良いと言うことにならないだろう。
 机上の空論ではあるが、実際の安全設計は、10-3/炉・年どころか、10-6/炉・年~10-8/炉・年の範囲での議論がなされているのである。つまり、100万年に一度まで考えれば充分か1億年に一度まで考える必要があるかという議論がなされているのである。100万年に一度まで考慮しても、250年に一度の事故である。地球環境に及ぼす影響を考えれば、それでは足りない、数万年に一度でも起きてはならないという議論があるのは当然だろう。原子力はそれほどまでに潜在的な危険が大きい技術なのである。

 勝又の想定外だったから落ち度はないと言う発言はまったくの間違いだ。仮に1,000年に一度の地震津波を想定できなかったとすればそれ自体が落ち度なのである。それが原子力に携わる者の論理だ。私には、想定外という勝又の発言こそまったくの想定外だった。(杉山弘一)

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想定外発言は想定外を参照しているブログ:

コメント

時事通信です。ようやくこういった
話が出てきました。

http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011080400068

【ワシントン時事】米原子力規制委員会(NRC)のアポストラキス委員は3日、ワシントン市内で講演し、福島第1原発事故を「予期せぬ事故と見なすのは誤っている」との認識を示した。
福島原発を襲った巨大地震や津波の発生確率は「1000年に1度」などとする分析があると指摘した上で、「原子炉の安全性を考える上では(放置してもよいと)認めることはできない確率だ」と語った。(2011/08/04-06:36)

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