地震、津波、原発事故の複合災害となった東日本大震災。被災地で日々取材を続けている記者たちの思いをつづります。日本経済新聞 電子版の登録会員の方はログイン後、コメントを書き込むことができます。登録されていない方は、会員登録をお願いします。
桃の話をしたい。
福島に赴任した6年前の夏、初めて福島の桃を食べた。みずみずしく、独特の甘い香りが鼻孔をくすぐり、おいしかった。ただ、その硬さが衝撃的だった。リンゴのように「カリッ」とした歯ごたえなのだ。まだ食べるには早かったのかと思ったが、そうではなかった。地元の人に尋ねると「福島は産地だから新鮮なものが手に入る。新鮮だから硬いんだよ」との答えだった(後になって分かったことだが、福島ではそれこそリンゴのように皮付きのまま食べる人も多い)。
子どものころから食べていたのは何だったのか。桃と言えば、軟らかいのが当たり前と思っていた。農家の友人が詳しく説明してくれた。「福島の桃は硬い品種が多い。それと産地以外で食べられているのは、より実が熟したものなんだ」。流通の過程で熟して軟らかくなるようだ。
ともあれ、僕は福島の桃が好きになった。福島は全国2位の生産量を誇る。「あかつき」「川中島」など時期によって味の異なる品種が出てくるのも楽しい。甘いものは苦手だが、夏になると、桃はよく食べた。親戚や知人にもできるだけ新鮮なものを送った。皆、その硬さに1度は驚き、2度目からはそのおいしさに喜んでくれた。
今年も友人から購入し、それとは別に知人からも届いた。福島で食べるほどではないが、やはり硬くておいしい。友人によると、今年は好天に恵まれ、糖度は例年12~16度のところ、20度を超えるものがあるという。「そりゃあ、良かった。かなり売れているんだろう?」と冗談まじりに言うと、沈んだ声が返ってきた。「注文はほとんどないんだ」
友人はネットやファクスで注文を受け付けている。震災前、ネットでの注文は数百件あった。だが今年はゼロ。昨年でさえ、26件あったのに、だ。小売店に頼んで店頭で試食販売もしているが、今年は販売不振のため県外の店からは店頭に置くことを断られた。贈答用に毎年購入していたある客は「おいしいのは分かっているんだけど…ごめんね」と言い、購入をやめたという。友人は「両親はやる気をなくしてしまったらしく、収穫や箱詰めの作業に笑顔がなくなった。機械が作業しているかのようなんだ」と心配する。
福島県は「ふくしま新発売。」というサイトで、農産物などの放射性物質の検査結果を公開している。例えば、桃はほとんどが「検出せず」で、検出したものでも基準値からははるかに低い。「安全」な食べ物ということが分かる。友人のところも除染作業をしており、「検出せず」だ。それでも「安心」ではないということか。「消費者は、県や農協の検査を信じていないのかもしれない。でも僕たち農家はどうすればいいんだろう」。友人は力なくつぶやく。「昨年は『復興支援』や『絆』っていう言葉があちこちから出てきて助かったんだけど、今年は言葉自体が少ないよね」。友人の苦しみは、福島で食べ物を扱うすべての人の苦しみなのではないか。
8月15日は終戦記念日。戦争の悲惨さと平和の尊さを考える人が多いだろう。いつか震災も3月11日が地震・津波の怖さや原発の危険性を振り返る「記念日」になるのかもしれない。だが、わずか1年半弱。福島では原発事故の後遺症はまだ日常的にあり、県民の立ち上がる気力さえ奪いかねない状況が続いている。全国の皆さん、福島に寄り添ってくれませんか?(冨田龍一)
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