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メンバーの裁判

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2010年12月24日 (金)

続・片品に明日はあるか。

片品村12月定例議会を傍聴して 2

 ちょっと前のことになるが、片品でネット直販をしているある農家のブログに「片品村のブログに宗教と政治はタブーなのか。」とあった。この人がおそらくそう思っているのだろうが、中国ではあるまいし(多分に中国的ではあるが)、そんなタブーはない。民主主義社会の日本では、言論の自由は保障されている。卑劣な誹謗中傷や名誉毀損、プライバシーの侵害は論外であるが、議論や根拠のある批判であれば、むしろ積極的にやっていい。相互理解にもつながるし、開かれた村を作ることにもなる。

 そこで星野千里に続いて、金造村政追認機関の最たるもうひとり、宗教と政治の両方が絡む戸丸広安である。本人が自身のブログで書いているこれを読めば、追認機関と断定することに異論はあるまい。

 実は、片品に移住した翌04年、冒頭の農家からこの男を"ジャーナリスト"と紹介された。油が乗りきったはずの50歳そこそこのジャーナリストが、情報後追いの片品にいるはずがない、と思った。ホームページに書かれた大きな文字を見てキツネにつままれた気分になった。「小寺知事頑張れ!県庁職員頑張れ!星野賢二村長頑張れ!片品村役場職員頑張れ!」。私の解釈では、ジャーナリズムの最大の役割は、政府が国民を欺くことを報道を通して防ぐことであり、ジャーナリストの手本は、ウォーターゲート事件を明るみに出し、国家元首である現職のアメリカ大統領ニクソンを辞任に追いやった「ワシントンポスト」のふたりの記者であるから、あまりの次元の落差に唖然とした。

 菅沼、築地、下平一帯に三が峰高原の会とかいう集まりができ、そのブログに会長である戸丸広安が書いた文章を読んで、「○○でして」、「○○でして」のオンパレード、読み返すことさえしないのかと思わせる誤字脱字の多さ、ですます調とである調の混在に、ペンで飯を食ってきた人間の文章か、と疑った。葉取らずリンゴの栽培法をメディアで知って目から鱗、という記事には、その会の副会長がすぐ目の前で採っている栽培法だということさえ知らないこの男の、ジャーナリストとしては錆びついたアンテナを見た。グーグルで「戸丸広安」を検索してみると、確かに何冊かの著書があったが、どれもが統一教会がらみで、要するに、カルト教団の御用ライターか、片品では教団研修センターの管理人か、と納得した。

 この戸丸広安が個人として何を信仰しようがまったく興味はないが、07年の村会議員選挙に出馬することを知ったとき、カルト教団にありがちな権力にすり寄るスタンスを想像し、政教分離の点から警戒感を持った。菅沼にある教団の墓地が作られた経緯に不透明ないきさつがあったことを聞いていたから、教団やこの男の意図を想像し、この警戒感はいまだに消えずにいる。

 この男が告示前に配ったチラシには、統一教会には一切触れず、学部をふたつ出ていることやジャーナリストとしての華々しい経歴が書かれていた。あまりの華々しさに、詐称とまでは言わないが、胡散臭いものを感じ、経歴に書かれたひとつ、ジャパンタイムズの知り合いに問い合わせると、「戸丸広安」の名はどこにもなかった。村の風土とはあまりにかけ離れた経歴に、騙される奴がいるだろう、と想像したが、実際に複数の人たちから「すごい!」という声を聞いた。結局、名乗り出た14名全員が無投票で議員になったが。

 「傍聴席から見た、片品村議会の風景4」に書いたように、戸丸広安は議員になってから去る9月までの14回の定例議会で7回の一般質問をしている。ダンマリ度ランキングの発言数で言えば多い方から3番目、回数で言えば決して悪くはないし、質問内容もゴミ処理問題や上下水道整備など、住民の生活に直結したことが多く、この12月定例議会でも路線バス配備について質問した。ただ、施策の疑問点を糾したり提案をしたり、という姿勢はまったく感じられない。要するに、質問といっても執行機関の方針の範囲を出ない。自らのブログに「自主自立の村政を進めるべく、村長と共に歩んできた者にとって…」、「共に、ガンバル議員でありたい」と書いているほどだから、二元代表制を理解していないのはもちろん、執行機関と議会の区別さえつかず、執行機関側のひとりと認識しているのか、とさえ疑わせる。この男、反対討論の最中に手を挙げ「賛成です」と発言したり、「はい、村長さ?ん」と言ってみたり、と議員としての基本さえわかっていなかったことを他の議員から聞いた。去る9月の議会で議員報酬削減を時限で決めたときも、時限立法の意味さえ理解していないかの様子が傍聴席からも見て取れた。

 いまグーグルで「戸丸広安」を検索すると、いくつもの項目に「日本の政治家」とある。金造村政の追認機関に堕した村会議員が「日本の政治家」とは、誰が書いたか知らないが、"ジャーナリスト"を遥かに超えた冗句に、腹を抱えて大笑いした。

 二元代表制だからといって、議会は執行機関に何でも彼でも反対すればいい、と言っているわけではない。施策の決定権は議会にあるのだから、その機能と責任を自覚しろ、と言いたいのだ。ただ追認するだけでは、すでに底の割れた金造村政の現状から出ることは決してないのだから、より良い村になることを望むなら、議員は議会の本質を理解しろ、と言いたいのだ。

 年が明ければ、4月の村議選に向けて現職がどうするのか、新人が名乗りを上げるのか、動きがはっきり見えてくるだろう。多数派工作も激しくなるだろう。すでに準備をしている追認機関予備軍の奴がいる、とも聞いている。父親を亡くし、気持ちが落ち込んでいる女性に甘い言葉をかけ、たらし込もうとするような、男の風上にも置けないこんな奴は、絶対に選んではいけない。議員は、持ち回りで回って来る伍長や組長、区長の延長にある役ではないのだから、地域のエゴは捨て、実質5000人を切った村全体の明日を考えよう。そのためには、まず地縁血縁の選挙は、もう止めにしよう。(木暮溢世)

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続・片品に明日はあるか。を参照しているブログ:

コメント

 これ「有言かつ実行の千明金造村長」を読んで、戸丸議員はつくづく宗教家だなと思いました。

 「千明金造村長はとても責任感が強い」と言うけど、どうしてそう思うのかが、まったく書かれていません。
「凄いのは、スピーチです」というけどなにをもってすごいと判断したのかまったく書かれていません。
 「格の違いを見せています」と言うけど、どの部分が誰とどのように違うのかまったく書かれていません。
 これでは、「金造村長を信じるものは救われる。」の世界です。政治ではなく宗教でしょう。

 さらに、ひどいのは以下の発言です。

「その村長選はそもそも無くてもよかったものとの声も当時あったし、今もそう振り返る声が少なくない。不信任を突きつけられるような(大)失態をこの四年間していないからである。」

 これでは、選挙は不信任に相当する失態をした場合にだけやればいいことになってしまいます。おそらく彼は根底では、選挙に立脚した民主主義を否定しているのでしょう。そうでなければできない暴言です。
 
 この発言一つで戸丸氏が議員として失格であることは間違いありません。

広安、金造、千里、同格だろう。

杉山さん

「有言かつ実行の千明金造村長」、感動的でしょ!? こんなバカが議員か、と。日本の政治家か、と。ある意味、シュールでしょ(笑)!? これで学部ふたつ出ているっていうんですから、片品の大学出が金造に入れるはずがない、と言う東大高齢社会研究科の特任研究員の後藤純の高説を賜わりたいところです。30歳にして村を30年見てきた後藤純なら、きっと理路整然と説明してくれるでしょう、ね。

井の中の蛙さん

日本の政治家、戸丸広安は「私が見た片品の誇りは、指導者がいることです。千明金造村長は、その類いの人です。」と言っていますから、その「誇り」と同格なんて誉めたら、世界の政治家に雄飛しちゃうかもしれません。
同格は他にも長命、美明、正治、勲らがいます。類は友を呼ぶ、と言うか、チーム付和雷同、と言うか。

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