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メンバーの裁判

« 沼田市民の精神発達段階 | メイン | 沼田市職員の金銭感覚 »

2010年8月13日 (金)

第十五回紙芝居サミットの事業予算書

 第十五回紙芝居サミットと称するイベントが、6月26、27日の両日、沼田市保健福祉センターで行われた。主催は、第十五回紙芝居サミット実行委員会(実行委員長、林浩安氏)である。後援は、沼田市教育委員会、沼田市社会福祉協議会などである。協力には、利根沼田地域の読み聞かせの会、沼田ロータリー、国際ソロプチミスト利根沼田など、多くの団体が関わっている。
 この第十五回紙芝居サミット開催事業は、沼田市の市民協働によるまちづくり事業補助金(最高額15万円)を受けることが決定している。 同実行委員会から沼田市に提出された事業予算書は次の通りである。(事業予算書をダウンロード
   疑問点がいくつかある。
  ①会場使用料60,000円。当日の保健福祉センター使用料は30,400円である。残り29,600円がNPO法人利根沼田ボランティアセンター(林浩安理事長)が運営する下之町のごったく広場の使用料になっている。あの場所でどうやったら、これだけの金額がかかるのか。また、代表者が同一人物(林浩安)であることやごったく広場ホームページに「第15回紙芝居サミット実行委員会を主催者として」と記載されていることを見れば、実行委員会の実体は、利根沼田ボランティアセンター(=ごったく広場)である事は明らかだ。これでは、自作自演だろう。
  ②印刷費・消耗品代70,000円。当日の資料はA4版普通用紙15枚に表紙を付けただけのものである。参加者は200名であった。どうしてこんなに費用がかかるのか不明である。
  ③通信費50,000円。これも高額すぎる。
  ④保険料20,000円。資料を見ると参加者に保険をかけている。紙芝居サミット参加者に保険をかける必要がどうしてあるのだろう。しかも、社会福祉協議会を通した保険でないことは判明している。
  ⑤昼食代50,000円。参加費2,000円とは別枠で昼食代500円を参加者から徴収しているので、支出枠の中には入らないはずである。(紙芝居サミット申込書をダウンロード

 疑問だらけの紙芝居サミット事業予算書である。市民共同センター職員はこの書類を何の疑問を持つことなく受け取り、あっさりと補助金を出すことを決定した。このような杜撰な予算書を提出する方も問題だが、何の疑問も持たずにあっさりと補助金を出すことを決定した沼田市市民活動センターの対応も問題である。
 紙芝居サミットの事業予算書はどう見ても水増しされているとしか考えられない。一言で言えば、これだけの企画に55万円はかからない。それが率直な感想である。(ざしきわらし )

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第十五回紙芝居サミットの事業予算書を参照しているブログ:

コメント

 金にルーズなことでは定評のある林浩安氏が代表ですから、こんなものでしょう。NPOの決算書もすごいですから。
 そもそも、「市の財政状況が厳しくなったので、行政だけでは多様な市民ニーズに答えられない。」これが、沼田市が市民協働を推進することになった理由です。つまり、市民が行政の手助けをしてくれということなのです。 
 それなのに、市民活動に補助金を出す、市民活動を援助するというのだから、本末転倒です。
 行政は市民を支配する、市民(運動家)は行政からおこぼれをもらう。この意識のままなんですね。補助金をもらう方も出す方も市民協働が何かをまったく解していないからこういうことになるのです。市民協働は「金のなる木」としか見ていないのでしょう。

市民オンブズマンの活動資金である寄付金の内訳は公開しないのですか?

 うみさんへ
 おそらく、市民オンブズマンとは私のことを指して言われているのでしょう。巷ではいろいろ言われているようですが、私が行った住民訴訟を中心とする活動の資金は全て私と担当弁護士の自腹です。市民オンブズマン群馬を始めとするオンブズマン組織からも一切資金援助を得ていません。自主性、独立性が何よりも大切だからです。
 金銭的な損得で活動している方には、とうてい理解できないことなのでしょうね。
 また、各地のオンブズマン組織は一般市民の会費や寄付金を原資の一部にしていますが、いづれも公金ではありませんから、市の補助金とは性格がまったく異なります。市民活動をするにあたって、誰から寄附を得たかという情報は、団体の独立性、自主性に係わる情報です。それを公的な補助金を得た事業と一緒に扱うのは、大きな間違いです。揚げ足をとったつもりでしょうが、逆に無知を晒しただけです。

いつも鋭い指摘の杉山さんはオンブズマンの活動家なの? 談合問題の訴訟や福祉関連の不正を追求した方か・・・・。
公金は血税です、使い道はしっかり監視していないと適当に使われる。今までの沼田は不正や中傷に怪文書が飛びかった。このブログの様に実名で指摘するのは公明性があり支持する。よって反論もほしいな・・。
沼田市政に感心を持つ市民が増えると沼田は良くなる。

例えば、市民オンブズマン活動の問題点http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%96%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%83%B3
に出ているような人たちがいるとします。
仮にその人達が「全部自腹でやっています」と言っても、市民がそれを確認する術はないですし、活動資金に透明性がない以上ちゃんとした活動家なのかそうでないのか判別することもできません。
つまり市民から見ればちゃんとした活動家もそうでないのも同じだということです。
市民オンブズマンでも同じで、公的な補助金を受けてない以上、寄付元を公開する・しないは団体の自由ですから、確認のしようがない。
一部地域のオンブズマンはNPO法人化して活動していますが、そちらのやり方のほうが寄付金控除の記録が残りますし、不正な公告や不実記載などに罰則規定があり信頼されるのではないのでしょうか?

 うみさんへ

1 元となるざしきわらしさんの投稿との関連が解りません。市民オンブズマンに言いたいことがあるなら、コメントではなく新規に投稿して頂くのが適切だと思います。

2「活動資金に透明性がない以上ちゃんとした活動家なのかそうでないのか判別することもできません。」について
  そもそもなにが「ちゃんとした活動」なのでしょうか。
 また、個人の住民訴訟等の活動がその資金に透明性がないと、どうして「ちゃんとした活動」ではないのでしょうか。大切なのは活動の内容でしょう。
 また、少なくとも私は、市民と称する輩から「ちゃんとした活動家」と評価されるために活動してきた訳ではありません。

3 「市民オンブズマンでも同じで、公的な補助金を受けてない以上、寄付元を公開する・しないは団体の自由ですから、確認のしようがない。」について

 直接聞けば教えてくれるでしょう。匿名では無理でしょうが。
http://www.ombudsman.jp/

4 「一部地域のオンブズマンはNPO法人化して活動していますが、そちらのやり方のほうが寄付金控除の記録が残りますし、不正な公告や不実記載などに罰則規定があり信頼されるのではないのでしょうか?」について

 一つの考え方ですね。ただし、NPO法人の認可権は、県にあります。県の幹部の不正を追及する活動に支障が生じないか留意する必要があります。

3について
http://www.ombudsman.jp/office/
「カンパして頂いた方の氏名は非公開です。」
だそうです。

 うみさんへ
 あなたのいう「活動資金である寄付金の内訳」とは、「寄付者の個人名」のことだったのでしょうか。しかし、当然のことながら、寄付金の内訳と寄付者の個人名はまったく異なるものです。
 寄付者の個人名まで特定しないと、ちゃんとした活動なのかそうでないのか判別できないというあなたの理屈を貫くと、投稿者が氏名を明かさない以上、「ちゃんとした」投稿なのかそうでないのか判別することもできないと言うことになります。

「あなたのいう「活動資金である寄付金の内訳」とは、「寄付者の個人名」のことだったのでしょうか」について

そうです。
なぜなら個人や私的な団体の活動は寄付者の意向を汲んだ偏った活動になる可能性があるため、寄付元の公開・非公開がとても重要になるからです。

このような(寄付者は非公開でOKのような)状態で活動の独立性・自主性を保ち続けることはできるのでしょうか?

「投稿者が氏名を明かさない以上、「ちゃんとした」投稿なのかそうでないのか判別することもできないと言うことになります。」について

おっしゃるとおりです。
氏名も明かさない、どこからかお金をもらって投稿しているかもわからない人間の言う事など、たとえそれが美辞麗句で埋められていたとしても信用できないでしょう?それと同じです。

オンブズマン内部のことはよくわからないのですが、各地域のオンブズマンがそれぞれ会計のチェックを行い合うようなシステムもないのですか?

こうなるとイチャモンだね。
オンブズマンに不正を暴かれたことでもあるのかな。

「こうなるとイチャモンだね。」
 同感です。要するに、うみさん、あなたの考え方に市民オンブズマンやその活動が馴染まない、ということでしょ?
 あなたと同じように、私もオンブズマン内部のことはよくわからないのですが、市民オンブズマンを名乗るのも、オンブズマンとして活動するのも、自由な市民の自由意志で、自腹でやるか寄付を受けるかも自由意志で、自分で活動する代わりに寄付をするのも、自由な市民の自由意志で、その名前を公開するかしないかも自由意志でしょ?
 活動資金に透明性がないから、ちゃんとした活動家かどうか判別できない、というのはあなたの自由意志で、NPO法人化して活動している一部地域のオンブズマンの方が信頼できる、というのもあなたの自由意志です。
 偏った活動になる可能性を避けるために、寄付元の公開が重要になる、と考えるのはあなたの自由意志で、非公開だと活動の独立性・自主性を保ち続けられるのか、と疑問視するのもあなたの自由意志ですが、寄付元を公開するかしないかは、自由な市民の自由な裁量の範囲内のことでしょ? 公開しないなら信用できない、というのはあなたの自由意志ですが、だからといって、自由な市民の自由な活動に、第三者があれこれ言う権限はないでしょ?
 質問形式で逃げているように感じられる個所も見えますが、あなたからの執拗なコメントに、そんな印象を受けました。「こうなるとイチャモンだね。」に同感する所以です。嫌がらせとさえ感じています。

うみさんへ

1「個人や私的な団体の活動は寄付者の意向を汲んだ偏った活動になる可能性がある」について

 何をもって偏ったというのか不明ですが、ひとまず、それは置いて回答します。
 公的な団体では偏った活動が問題になり得ますが、個人や私的な団体が偏った活動をすることに何の問題もありません。多様なのが市民活動です。
 
2 「このような(寄付者は非公開でOKのような)状態で活動の独立性・自主性を保ち続けることはできるのでしょうか?」について

 あなたの考え方は全体主義のようですね。私は、まったく逆です。
活動の独立性・自主性を確保するために、寄付者の個人名の非公開(特に公権力に対して)が必要になるときがあります。ジャーナリストが取材源の秘密を守るのと同じ理由です。
 

3 「氏名も明かさない、どこからかお金をもらって投稿しているかもわからない人間の言う事など、たとえそれが美辞麗句で埋められていたとしても信用できないでしょう?」について
 
 私はそういう立場をとっていません。あなたがそういう立場をとるのは自由ですが、ご自身の氏名や資金源を明かさないで,この意見を投稿するのは自己矛盾でしょう。

4「オンブズマン内部のことはよくわからないのですが、各地域のオンブズマンがそれぞれ会計のチェックを行い合うようなシステムもないのですか?」

 質問の趣旨(何が言いたいのか)が不明です。どうしても知りたければ、ご自分でそれぞれの組織に聞いてみて下さい。私には自分が関与していない団体のことについては解りません。

「個人や私的な団体が偏った活動をすることに何の問題もありません。多様なのが市民活動です。」について

わかりました。
多様性を認め、それぞれが市民活動をやればいいということですね。

しかし巷では、
市民活動 代表性の問題・公益性の問題
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%B4%BB%E5%8B%95
で指摘されているように偏った活動が問題視されているのですが、それについてはどのように考えているのですか?

「活動の独立性・自主性を確保するために、寄付者の個人名の非公開(特に公権力に対して)が必要になるときがあります。ジャーナリストが取材源の秘密を守るのと同じ理由です。
。」について

職業の秘密に関する事項は、仕事に深刻な影響を与えて遂行が困難になるものに適用されるのですよね?
個人や私的な団体で活動している人への寄付(=収入)、その寄付者の非公開ということについてもそれを適用させることができるのですか?

「私はそういう立場をとっていません。」について

だとすると、どういう立場をとっているのですか?


「質問の趣旨(何が言いたいのか)が不明です。どうしても知りたければ、ご自分でそれぞれの組織に聞いてみて下さい。私には自分が関与していない団体のことについては解りません。」について

たとえば、「沼田で活動している人の会計を渋川で活動している人がチェックする」とか、「渋川で活動している人の会計を前橋で活動している人がチェックする」といったようにお互いが会計をチェックしあって、寄付者の意向で活動が偏ったものになっていないか調べるシステムはないか質問したのですが、「個人や私的な団体が偏った活動をすることに何の問題もありません。」とのことなので、互いにチェックする必要性は感じられてないようですね。

あと他にもいろいろ質問したいことがありましたが、嫌がらせと取られているようなのでこれでやめておきますね。

市民オンブズマン群馬・利根沼田支部 群馬県利根沼田地方における行政をめぐる問題について、情報公開、監査請求、住民訴訟といった手法を使って市民運動に取り組んでいます。寄付強要疑惑で揺れる社会福祉法人に対する沼田市の補助金返還を求める2件の住民訴訟で勝訴し、「市民運動としての福祉オンブズマンの必要性」を発信しています。http://homepage2.nifty.com/ombuds-tn/ 
なくなってますね。

うみさんへ

1 「市民活動 代表性の問題・公益性の問題(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%B4%BB %E5%8B%95)で指摘されているように偏った活動が問題視されているのですが、それについてはどのように考えているのですか?」について

 第1に、ウィキペディアの解説には、「市民活動としての公共性を主張するためには」と前提が付いています。つまり、公共性を主張しなければ、代表性の問題・公益性の問題は生じないということです。 
 ここで、「公共性を主張する」とは具体的に何を指すか不明確ですが、少なくとも市に補助金を申請するということは、公共性を主張したと言うことでしょう。
 第2に、情報公開、監査請求、住民訴訟といった活動は、市民の名で行われるものではなく、住民個人の名で行うものですから、代表性の問題は生じないでしょう。
 第3に、監査請求、住民訴訟という活動は、直接的受益者が自治体そのものですから、公益性の問題は生じないでしょう。

2 「職業の秘密に関する事項は、仕事に深刻な影響を与えて遂行が困難になるものに適用されるのですよね?個人や私的な団体で活動している人への寄付(=収入)、その寄付者の非公開ということについてもそれを適用させることができるのですか?」について
 
 個人や私的な団体が偏った活動をすることに何の問題もないと思っている私には、個人や私的な団体への寄附を公開しろという理由がわかりません。誰に寄附をしたか、誰から寄附を受けたかということは、プライバシーの問題で、公権力や他人からとやかく言われることではないでしょう。自治体から補助金をもらったら話は別ですよ。

3「だとすると、どういう立場をとっているのですか?」について

 個人や私的な団体への寄付者の個人名など公開する必要はないという立場。寄付者の個人名など特定しなくても、寄附を受けた個人や私的な団体活動内容を知ることが出来るという立場。また、当ブログの投稿に際して、必ずしも実名を明かす必要はない(投稿内容で判断できる)という立場です。

4 「あと他にもいろいろ質問したいことがありましたが、嫌がらせと取られているようなのでこれでやめておきますね。」について
 
 質問だけしておいて、それはないでしょう。これまで誠実に回答してきたのですから、今度はあなたが「市民活動はどうあるべきか」について持論を述べる番ですよ。持論を述べる前提の質問だったとわかれば、嫌がらせと取られることもないでしょう。

haruさんへ

「沼田市の補助金返還を求める2件の住民訴訟」とは、当ブログの左サイドのメンバーの裁判欄に掲載している「老人ホーム補助金返還請求事件」と「老人ホーム環境整備補助金返還請求事件」です。
 最高裁のサイトに掲載されている判決文全文がご覧いただけます。補助金騙し取りの手口が良く解って面白いですよ。


「「公共性を主張する」とは具体的に何を指すか不明確ですが、」について

私の理解では、「自分たちが行なっている活動が利他的な性質を帯びていると主張する」ことが「公共性を主張する」ことで、「代表性」「公益性」はその主張を正当だと他人に認めさせるときに必要なものだととらえています。

その意味での公共性も主張しないのですか?

うみさんへ
 先に杉山氏が書いておられるように紙芝居サミット事業予算書についてあなたの考えを述べたらどうですか。オンブズマンや公共性については、事業予算書とは全然関係ないでしょう。あなたのコメントはすべて問題のすり替えを意図したものに思えます。
 ところで、あなたは、紙芝居サミット実行委員会のメンバーですか。またはその知り合いですか。紙芝居サミット実行委員会は、決算書をどのように作るのでしょうね。
 また、この件に関して、先日知り合いが電話をしてきました。埼玉県でこの紙芝居サミットを立ち上げて活動をしてきた人物が大変怒っているという内容です。埼玉県では、助成金も受けずに真摯に活動してきた団体であり、沼田市の紙芝居サミット実行委員会の不正に大変ショックを受けているそうです。
 地域の子どもたちに読み聞かせをする団体が不正を行うようでは世も末ですね。

うみさんへ

「利他的な性質を帯びている」とは、抽象的すぎて、何のことかますます解りません。具体的に、誰が誰に対してどんな方法で何と主張するのか教えて下さい。

「具体的に、誰が誰に対してどんな方法で何と主張するのか教えて下さい。」について
「活動者」が「自身の活動内容」について「自身のためだけでなく、住民全体のためにもなっている」と「住民全体(補助金等を申請する場合は自治体にも)」に対して主張するということです。

 うみさんへ

1 「住民全体のため」とは、具体的に何を指すのか解りません。
 全ての住民の利益になるということなのでしょうか。大多数(例えば過半数)の住民の利益になればよいのでしょうか。それとも、別の意味でしょうか。

 以前、沼田の建設談合の問題を住民訴訟で追求し、建設業者に、沼田市と群馬県に対して合計約数億円を支払わせたことがありました。
 この住民訴訟をめぐって、住民のための活動だったと評価する方と迷惑を被っている市民がいると批判する方がいて、論争になったことがありました。今回はこの時同様「住民全体のため」の理解が問題となると思います。
 なお、念のために言っておきますが、私は、他人のため、住民全体のため、公共のために住民訴訟をやったなどと主張するつもりはまったくありません。

2 また、「住民全体」に対して主張するとはどのような行為をするのでしょうか。自治体に補助金を申請する行為は具体的でよく解りますが、住民全体に主張するとなるとまったく何をするのか解りません。
 例えば、今回の紙芝居サミット実行委員会はどのようにして住民全体に公共性があると主張されたのでしょうか。
 私は住民のつもりですが、そのような主張をされた覚えがありません。

3 第十五回紙芝居サミットに話を戻します。
 同サミットは、200人近くの入場者から2,000円の参加費を徴収していますが、資金提供者である入場者の個人名を公表していません。
 私は、個人氏名の公表は個人情報保護法に抵触するおそれもあると考えていますから、妥当な取扱だと思います。
 しかし、「寄付者の個人名を公開しないと活動の独立性・自主性を保ち続けることはできない。」というあなたの持論を類推適用すると、個人名の非公表はけしからんということになってしまそうです。そのような理解でよろしいのでしょうか。

「全ての住民の利益になるということなのでしょうか。大多数(例えば過半数)の住民の利益になればよいのでしょうか。それとも、別の意味でしょうか。」について
全ての住民の利益になるということです。

「住民のための活動だったと評価する方と迷惑を被っている市民がいると批判する方がいて、論争になったことがありました。」について
そのやりとりの内容はまだ見れますか?

「なお、念のために言っておきますが、私は、他人のため、住民全体のため、公共のために住民訴訟をやったなどと主張するつもりはまったくありません。」について
私は今までそのようなもの(他人のため、住民全体のため、公共のため)のためにやっているのだとばかり思っていました。
だとするとタイトルの「市民の目」「市民は見ている」や記事の文中でもよく出てくる「市民」という言葉は「市民全体(the citizens)」ではなく、「一市民(a citizen)」という意味なのですか?
また以前の記事で出てきた「市民にとっての利益」という表現も「一市民にとっての利益」という意味なのですか?

「住民全体に主張するとなるとまったく何をするのか解りません。」について
例えば自身の活動内容を住民に口頭で伝えたりチラシや刊行物を制作して住民に配布したりネット上のブログやツイッター等で配信したりする行為、とにかく活動内容を知ってもらおうとする行為です。方法は問いません。

「同サミットは、200人近くの入場者から2,000円の参加費を徴収していますが、資金提供者である入場者の個人名を公表していません。「寄付者の個人名を公開しないと活動の独立性・自主性を保ち続けることはできない。」というあなたの持論を類推適用すると、個人名の非公表はけしからんということになってしま(い)そうです。」について
「個人や私的な団体の活動は寄付者の意向を汲んだ偏った活動になる可能性があるため、寄付元の公開・非公開がとても重要になるからです。このような(寄付者は非公開でOKのような)状態で活動の独立性・自主性を保ち続けることはできるのでしょうか?」と書いたように「資金提供者が誰であるかわからない個人や私的な団体の活動」について言っているので「資金提供者が明らかな(この場合はサミットに参加しさえすれば他の参加者(=資金提供者)を容易に知ることができるし、事業予算書を取り寄せれば資金の流れが分かります)個人や団体の活動」には私の持論は当てはまりません。

うみさんへ

1 「全ての住民の利益になるということです。」について

 こうなると価値観の違いとしか言いようがありません。
 全ての住民の利益になるなど不可能。どんな運動でも、賛成する人もいれば反対する人もいる。利益を得る人もいれば、不利益を被る人もいる。それが多様な市民運動の利点でもあり、欠点でもある。
 というのが私の価値観です。
 それにしても、どうやって、紙芝居サミットが全ての住民の利益になっていると確認するのでしょうかね。反対者は住民ではないとでもいうのでしょうかね。

2 「そのやりとりの内容はまだ見れますか?」について

 他のメーリングリスト上での議論でしたので、見ることは出来ません。第十五回紙芝居サミット実行委員会のメンバーも参加していたメーリングリストだったので、てっきり、ご存じかと思ったのですが、そうではなかったようで失礼しました。

3 「私は今までそのようなもの(他人のため、住民全体のため、公共のため)のためにやっているのだとばかり思っていました。」について

 これも価値観の違いとしか言いようがありません。少なくとも私は自分のために活動してきたのであって、他人のため、住民全体のため、公共のためにやってあげている等とおこがましいことは意識していません。

4 「だとするとタイトルの「市民の目」「市民は見ている」や記事の文中でもよく出てくる「市民」という言葉は「市民全体(the citizens)」ではなく、「一市民(a citizen)」という意味なのですか?」について

 「市民の目」「市民は見ている」については、一市民という意味です。「記事の文中でもよく出てくる市民」については、どの記事のどの部分か特定して頂かないと答えようがありません。

5 「また以前の記事で出てきた「市民にとっての利益」という表現も「一市民にとっての利益」という意味なのですか?」について

これも、どの記事のどの部分か特定して頂かないと答えようがありません。

6 「例えば自身の活動内容を住民に口頭で伝えたり、チラシや刊行物を制作して住民に配布したりネット上のブログやツイッター等で配信したりする行為、とにかく活動内容を知ってもらおうとする行為です。方法は問いません。」について
 
 詭弁です。
 第1に、活動内容を知ってもらおうとするだけでは、公共性を主張したことにはなりません。それは、単なる広告宣伝活動にすぎません。
 第2に、沼田だけでも5万人以上の住民がいます。その程度の情報発信をしただけでは、住民全体に主張したとは到底言えません。単なる仲間内の連絡ごっご過ぎないでしょう。あなたのやっていることは、このブログもそうであるように、同じ価値観を持つ仲間が集ってわいわい楽しんでいるだけのことです。あなたは、あたかもそれが多様な価値観を持つ住民全体の意見であり、利益であると錯覚しているのです。
 また、検索した限りでは、沼田で個人名を公表しているブログやツイッターは、当ブログぐらいしか見当たりません。活動内容を知ってもらおうとブログやツイッター等で情報を配信する際、寄付者の個人氏名を公開さえしていれば、寄附を受ける者の個人(あるいは団体の構成員)の氏名を公開しなくてもかまわないのでしょうか。
 そもそも、検索した限りでは、沼田で寄付者の個人名を公開しているブログやツイッターも見当たりませんが、沼田の市民活動は全て偏っていると言うことなんでしょうか。

7 「「資金提供者が誰であるかわからない個人や私的な団体の活動」について言っているので「資金提供者が明らかな(この場合はサミットに参加しさえすれば他の参加者(=資金提供者)を容易に知ることができるし、事業予算書を取り寄せれば資金の流れが分かります)個人や団体の活動」には私の持論は当てはまりません。」について

 ご都合主義ですね。
 そもそも、前提である、第十五回紙芝居サミットは、資金提供者である参加者の個人名が公開されている、というあなたの主張は強弁としかいいようがありません。
 第1に、同サミットには200名近くの参加者がいるわけですから、たとえ参加しても、全ての参加者の個人名を知ることなど不可能です。
 第2に、サミットに参加しなければ資金提供者が誰か解らないのであれば、参加者の個人名を公開したとは言えません。単に誰でも参加出来る催しだったということに過ぎません。参加者の個人氏名の公開とは、例えば参加者名簿を公開するなど、参加していない不特定多数の人にも参加者の個人名が知り得る手段を提供することです。
 もっとも、仮に、主催者が参加者名簿を造っていたとしても、それを第3者(たとえ警察でも)に見せることはプライバシーの侵害として、不法行為になります。
 詳しくは、「早稲田大学プライバシー事件最高裁判決」2003(平成15)年09月12日 第2小法廷判決 平成14年(受)第1656号 損害賠償等請求事件を参照下さい。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=52357&hanreiKbn=01
 全文きちんと読めば、「寄付者の個人氏名を公開すべき」というあなたの主張が暴論であることが良く解ります。

8 これまでの話を総合すると、うみさんの言いたいことは次のようなことでしょう。

 第十五回紙芝居サミットは資金提供者が明らかである。だから偏っていないし、独立性・自主性が保たれている。一方、杉山のやってきたオンブズマン活動は、資金源を明らかにしないから、独立性・自主性が保たれていないし、偏った活動である。
 そのような偏った活動をしている杉山やざしきわらしさんが、同サミットの予算書についてとやかく言う資格はない。

 だとすると、指摘された第十五回紙芝居サミット実行委員会の補助金申請の不正は事実であると認めたようなものです。反論のしようがないから、問題をすり替えるため詭弁を繰り返しているとしかいいようがありません。
 そんなことしているよりも、15万円の補助金を潔く返してしまった方が良いですよ。そうすれば、市の財政が15万円潤うのですから、住民全体のためになるというものです。

 「うみ」さんと杉山さんのやりとりを、面白く、半ばうんざりしながら読ませていただきました。それにしても、価値観も人それぞれなのに「市民全体」を主張する「うみ」さんの感覚には、改めて呆気にとられ、それこそを正しいとする理論には、「戦時中か?」と呆れました。最小単位の社会である家族にしても、子供たちが自己主張する年令になれば、家族揃っての旅行も難しくなるのに、本気で「市民全体」があり得ると考えているとしたら、それこそが危険な思想じゃないですか。まっ、利根沼田では時代遅れは珍しくはありませんが、さしずめ「うみ」さんから見れば、杉山さんのような人は「非国民」といったところなんでしょうか。
 沼田市の5万人を相手に、たかだか200人集めて「市民全体」ですか。その200人だって、捉え方はそれぞれでしょう。諸般の事情があったにしろ、初日の195人が2日目133人に減った事実を「市民全体」の視点から、どう位置づけるのでしょうか。

「「市民の目」「市民は見ている」については、一市民という意味です」
自治体を論じている内容で「市民」という言葉が出てくると「市民全体」という意味に間違えてしまいます。できれば「一市民」「私個人」等、意味の違いが誰でもわかるような表現にしていただきたいです。

「こうなると価値観の違いとしか言いようがありません。 全ての住民の利益になるなど不可能。どんな運動でも、賛成する人もいれば反対する人もいる。利益を得る人もいれば、不利益を被る人もいる。それが多様な市民運動の利点でもあり、欠点でもある。 というのが私の価値観です。」について
あなたが使う(意味が曖昧な)「市民」という言葉ではそのような価値観の人には見えません。

「そもそも、前提である、第十五回紙芝居サミットは、資金提供者である参加者の個人名が公開されている、というあなたの主張は強弁としかいいようがありません。」について
知ろうと思えば知ることができるという程度の意味で言っただけで「個人名が公開されている、というあなたの主張」という表現にもっていくには無理があります。またざしきわらし氏が追求しているようにこのケースでは事業予算書を取り寄せて偏った活動かどうかすでに判別がついています。なのでなぜさらに個人名を調べる行為をするのか意味がわかりません。

「詳しくは、「早稲田大学プライバシー事件最高裁判決」2003(平成15)年09月12日 第2小法廷判決 平成14年(受)第1656号 損害賠償等請求事件を参照下さい。全文きちんと読めば、「寄付者の個人氏名を公開すべき」というあなたの主張が暴論であることが良く解ります。」について
これは在学生に対する大学側主催のイベントなので無料で行われたのではないのですか?
そもそも私は警察ではないですし参加者の個人情報を強制的に調べられる権限もない。どこが暴論の部分なのかがわかりません。
しかもこれ不法行為と認められずに棄却されたケースでしょう?例示として間違ってます。
もし判例があるのなら市民活動家に対するプライバシーの侵害で不法行為が認められたようなもののほうが(もしあれば)例示に適していると思います。

「だとすると、指摘された第十五回紙芝居サミット実行委員会の補助金申請の不正は事実であると認めたようなものです。反論のしようがないから、問題をすり替えるため詭弁を繰り返しているとしかいいようがありません。 そんなことしているよりも、15万円の補助金を潔く返してしまった方が良いですよ。そうすれば、市の財政が15万円潤うのですから、住民全体のためになるというものです。」について
すでに私が当事者であるという前提になって話がすすめられています。
あるいは当事者かどうか答えさせるためにわざわざ断定口調で言っているのですか?
杉山さんは実名を明かさずとも投稿内容で判断できる超人ではなかったのですか?

「 第十五回紙芝居サミットは資金提供者が明らかである。だから偏っていないし、独立性・自主性が保たれている。一方、杉山のやってきたオンブズマン活動は、資金源を明らかにしないから、独立性・自主性が保たれていないし、偏った活動である。
 そのような偏った活動をしている杉山やざしきわらしさんが、同サミットの予算書についてとやかく言う資格はない。」について
ちょっとちがいます。
「 第十五回紙芝居サミットは資金提供者を知ろうと思えば知ることができるし、事業予算書を取り寄せることもできる。だから偏っていればすぐにわかるし、独立性・自主性が保たれているかもわかる。一方、杉山氏のやってきたオンブズマン活動は、プライバシーに守られて資金源を明らかにしないから、独立性・自主性が保たれていない可能性もあるし、偏った活動である可能性もある。
 そうなればいくら活動で成果を出したとしても、まわりからは疑念の目で見続けられるだろう。ならばなぜNPO化したりして資金源を明らかにする等をせずに個人による市民活動という手法を続けているのだろうか?」ということです。(NPOは県の許可云々というのがありましたが、県とトラブルになったらメディアに報道してもらうことで牽制できます(今はネットで配信することもできますし))
まわりから疑念の目で見られてもなお余りあるものが個人の市民活動のなかにあるのですか?あるとすればそれは何なのですか?

>なぜNPO化したりして資金源を明ら
>かにする等をせずに個人による市民
>活動という手法を続けているのだろ
>うか?

 こうなると、NPO教だな。いやNPO狂か。

うみさんのやられているのは、なんというNPOでしょうか。
私は、少額ですが、これまで沼田にあるいくつかのNPOに寄附をしたり会費を払ったりしてきました。しかし、あなたのような方が係わっているNPOには恐ろしくて、これ以上かかわることはできません。
寄付者の個人名を出さないと偏っていいるなんてもってのほかです。戦時中を思い出します。

「まわりからは疑念の目で見続けられるだろう。」って?
どんな疑念か、はっきり言えば。

オンブズマン活動は、プライバシーに守られて資金源を明らかにしないから、とは語るに落ちたね。プライバシーで守られているのは、名前を出さないうみの方だろ。

うみさんへ

1 早稲田大学プライバシー事件最高裁判決を「しかもこれ不法行為と認められずに棄却されたケースでしょう?例示として間違ってます。」と評価するとは、困りました。
 これは、棄却した原審判決(高裁判決)に誤りがあるとして、差し戻した最高裁判決です。反対意見も付いていますが、法廷意見としては不法行為と認めた事例です。判決要旨だけを見ても明らかでしょう。
 いまのあなたは、都合の悪い事実は何も見えなくなってしまっているようです。

2 あとは、あなたの主観を述べているだけなので、「はい、そうですか。」としか言いようがありません。
 最高裁判決にも反対意見が付くように、人が集まればさまざまな意見があるものです。価値観の違いがあることを認めましょう。
 NPO法人格を取得しようが、任意団体で活動しようが、個人で活動しようが、それぞれの勝手でしょう。それぞれ利点もあれば欠点もあるのです。憲法21条の集会結社の自由の意味をもっと深く勉強しましょう。
 どんな形態で活動しても、疑惑の目を向ける人は向けるものです。実際、このブログでも片品や沼田のNPOに具体的な疑惑の目が向けられているでしょう。
 また、あなたが私に疑念の目を向けるのは勝手ですがもっと具体的に指摘して下さい。「まわりからは疑念の目で見続けられるだろう。」だけではあきらかに誹謗中傷です。

「いまのあなたは、都合の悪い事実は何も見えなくなってしまっているようです。」について
あなたも同じでしょう。
サミット追求に対する批判をしていないのにもかかわらず私を当事者と見なして(当事者でないという都合の悪い事実を隠して)話を強引に進めてきたでしょう。(ちなみに私は今まで市民活動の類は一切したことがありません。)

「最高裁判決にも反対意見が付くように、人が集まればさまざまな意見があるものです。価値観の違いがあることを認めましょう。」について
はじめから価値観の違いは認めています。認めているうえで自分と価値観が違う人がどういった考えをもっているのか質問しているだけで自分の考えを押し付けているわけではありません。
「NPO法人格を取得しようが、任意団体で活動しようが、個人で活動しようが、それぞれの勝手でしょう。それぞれ利点もあれば欠点もあるのです」について
もちろんどんな活動形態をとるのも自由です。それぞれが利点も欠点もあるのもわかります。その利点も欠点もあるさまざまな活動形態の中で個人による活動という選択肢を選んだ根拠は何なのか単に質問しているだけです。(個人での活動をやるなとかNPOでなければならないといっているのではありませんよ 念のため)

>私は今まで市民活動の類は一切した
>ことがありません。

そりゃないよ。それなら、ガタガタ言う前に市民運動の類をしてみたら。

 「うみ」さん、もういい加減にしませんか。〈私は今まで市民活動の類いは一切したことがありません〉と言いながら、自分ではしていない市民活動について、ここまで執拗にからんでくる(ように感じられる)目的は何ですか。イチャモンだ、嫌がらせだと言われて、〈これでやめておきますね〉と言いながら、延々と続けている、その理由は何なんですか。
 あなたは〈自分の考えを押しつけているわけではありません〉、〈個人での活動をやるなとかNPOでなければならないといっているのではありません〉と言いますが、確かに、そういう文言を具体的に言ってはいませんが、あなたのこれまでのコメントに、そういうニュアンスが含まれているのを、私も感じているし、ある市民さんも沼田太一さんも、ざしきわらしさんも一市民さんも、二市民さんもやまさんも感じている。このことをどう考えるんですか。「市民全体」のあなたにとって、数人の感じ方は採るに足りない、ということなのでしょうか。
 あなたは、人の価値観について、どう考えているのでしょう。人にはそれぞれ誕生を起点として、現在までの時間軸があり、そのときどきで見たことや聞いたこと、経験したこと、そして、それらをどう感じ、捉え、咀嚼したかの積み重ねが肉付きとなって、人それぞれを形作っています。穏やかな人生か波乱万丈の人生かで、その形も様々です。人それぞれの人生を形作っている全ての要素から導き出された尺度がそれぞれの人の価値観です。あなたは〈価値観の違いは認めている。認めた上で自分と価値観が違う人がどういった考えを持っているか質問しているだけ〉と言いますが、これまでのあなたのコメントをみれば、あなた特有のご都合主義の強弁としか取れません。市民活動の類いを一切したことがないあなたがそれを知って、どうしようと言うのでしょう。その質問をすることは、厳しく言えば、相手の人生に立ち入ることです。そこには当然そうするにふさわしい、まず自分の名前と職責を告げる、という人としての最低限の礼儀があるでしょう。“だけ”と言う軽さに、あなたの礼節の意識の欠除を感じますが、最低限の礼儀さえ守らない、ということは、相手のプライバシーへの無神経な干渉であり、その人の人生に土足で踏み込むことです。そんな礼を失した質問に、誰も答える義務はありません。にもかかわらず、杉山さんは誠実に答えてきた、と私は思います。〈そりゃないよ。それならガタガタ言う前に市民活動の類いをしてみたら〉という、ある市民さんと同じ印象を受けました。
 〈さまざまな活動形態の中で個人による活動という選択肢を選んだ根拠は何なのか単に質問しているだけ〉と言うあなたの知性を疑います。個人がどんな選択肢を選ぼうと、その個人の自由であり、杉山さんが個人による活動を選んだのは、それが彼の価値観、思考回路にいちばん馴染む方法だからでしょう。そんなこともわからないままのこの質問の裏に、あなたの〈NPOでなければならない〉を感じるのです。
 うみさん、あなたは「偏り」についてもこだわっている。すべてが相対的に関わる世の中に「偏り」のないものがあると考えているんですか。あるとすれば、唯一絶対の真理でしょう。私には、それが何かわかりません。あるかどうかもわからない。神祇釈教にも、それはない。キリスト教から見れば、イスラム教は偏って見えるでしょうし、その逆も言える。朝日新聞から見れば、読売新聞は自民党寄りだし、その読売から見ても、産経新聞は右そのものと言えるほど右寄りです。あなたは、行政から補助金が出る事業なら「偏り」がない、と言い、ざしきわらしさんが取り寄せた事業予算書で、今回の紙芝居サミットが偏った活動かどうか判別がついている、と言う。単純過ぎます。というより無知そのものです。あの事業予算書に数々の疑惑があるし、あの事業に補助金を支給した星野巳喜雄市政は、民主党の視点から見れば、やはり偏って見えるはずです。ざしきわらしさんが紙芝居サミットの収支決算書の開示を請求しているそうですから、いずれ近いうちに不正が具体的にあらわになるでしょう。そしてもうひとつ、「偏り」にこだわるあなたの知性の底の浅さを如実に表しているのが、ウィキペディアを参考にしている点です。不特定多数の誰でもが匿名で編集に参加できるウィキペディアに、どこまでの信憑性があると考えているんでしょう。
 うみさん、もういい加減にしましょう。あなたは、違いを認めている、と言いながら、内心では認められずにいることにさえ自分で気がついていない。全体主義とご都合主義に固まり、都合が悪くなれば、自分勝手な理屈で強弁を繰り返すあなたと、これ以上の議論は不毛なだけです。

「自分ではしていない市民活動について、ここまで執拗にからんでくる(ように感じられる)目的は何ですか」について
単に知的好奇心からくるものです。自分には縁のない市民活動というものはどういうものなのか知りたいと思っているだけです。

「イチャモンだ、嫌がらせだと言われて、〈これでやめておきますね〉と言いながら、延々と続けている、その理由は何なんですか。」について。
もっとわかりやすい表現で、例えば「迷惑なので書き込まないでください」等命令していただければ以降書き込みません。また私の書き込み内容が不快でしたら削除してもらってもかまいません。

「あなたは〈自分の考えを押しつけているわけではありません〉、〈個人での活動をやるなとかNPOでなければならないといっているのではありません〉と言いますが、確かに、そういう文言を具体的に言ってはいませんが、あなたのこれまでのコメントに、そういうニュアンスが含まれているのを」について
具体的にどこの部分がそういうニュアンスがあるように見てとれますか?

「これまでのあなたのコメントをみれば、あなた特有のご都合主義の強弁としか取れません。」について
特有のご都合主義の強弁と取った部分はどこですか?

「個人がどんな選択肢を選ぼうと、その個人の自由であり、杉山さんが個人による活動を選んだのは、それが彼の価値観、思考回路にいちばん馴染む方法だからでしょう。そんなこともわからないまま」について
そのようなことは理解しています。
理解しているからこそ「ならばその選択肢を選んだ彼の価値観・思考回路はどのようになっているのか」と知りたくなったのです。
礼節のない文章でプライベートな質問をしているのは十分承知しています。ですがそもそもこの質問はプライベートな問題なので答える義務はないと回答拒否するほどデリケートな問題なのでしょうか?

「この質問の裏に、あなたの〈NPOでなければならない〉を感じるのです。」について
「NPOでなければならないといっているのではありません」と言っているようにNPOを志向しているわけではありません。なので質問に裏(質問の裏という意味がよくわかりませんが)があるか、裏の意味はどうなのかと思うことはあなたの主観なので自由ですが私の質問の意味とは異なります。

「あなたは、行政から補助金が出る事業なら「偏り」がない、と言い、」について
これは曲解でしょう。
判別がつくとは言いましたが偏りがないなどとは言っていません。
このような類の文言は強弁とは言わないのですか?

「「偏り」にこだわるあなたの知性の底の浅さを如実に表しているのが、ウィキペディアを参考にしている点です。不特定多数の誰でもが匿名で編集に参加できるウィキペディアに、どこまでの信憑性があると考えているんでしょう。」について
ウィキの信憑性の点での問題は各種メディアですでに数年前から指摘されていることなので周知の事実ですしそれを承知で質問・回答をしているので何ら問題はありません。またウィキの信憑性あるいは信憑性があるか知っているかどうかということだけで人の知性の浅深を測ることはできません。

「あなたは、違いを認めている、と言いながら、内心では認められずにいることにさえ自分で気がついていない。全体主義とご都合主義に固まり、都合が悪くなれば、自分勝手な理屈で強弁を繰り返す」について
そのように見える部分はどこですか?

「あなたと、これ以上の議論は不毛なだけです」について
これ以上の議論といっても、私は杉山氏と議論していたのであってあなたとしていたわけではありません。「あなたの発言」と「私と杉山氏との議論」が混同しています。不毛かどうかも議論をしてきた当事者同士が考えればよいことです。

うみさん、
あなたと杉山氏との議論に割って入り、失礼いたしました。

「うみ」だか「膿み」だか知らないけど、
もう本当にいい加減にしたら?
まるで酔っぱらいが他人の家に上がり込んで、
片っ端から絡んでいるみたいよ。
自分のブログで言いたい放題言ってれば?

うみさん、ついに「沼田の膿み」ですか(笑)。これだけしつこく嫌がらせを続けていれば、そう言われても仕方がないね。あなたみたいな奴、昔、いましたね、ああ言えば上祐!

あなたが〈私は今まで市民活動の類いは一切したことがありません〉と言っても、そんなこと、信じられるわけないでしょ? これまであなたが書いてきたことをトータルで見て、紙芝居サミットの疑惑を書いたざしきわらしさんの記事をきっかけにイチャモンつけているのを見ると、あなたがNPO法人利根沼田ボランティアセンターかごったく広場に関わっている人間である、と私は想像しています。あのNPOではなくても、どこかのNPOに関わっているだろうことを、「ある市民」さんはNPO教かNPO狂かと疑っているし、「一市民」さんは戦時中を思い出して、寄付や会費を払ってきたことを少し悔いている。いっそのこと、あなたの住民票と沼田(あるいは群馬県)にあるすべてのNPOの登記簿の写しを公開して、〈私は今まで市民活動の類いは一切したことがありません〉を証明してみたら、どうですか?

〈単に知的好奇心からくるものです〉と言っても、額面通りには受け取れません。オンブズマンや市民活動がどういうものか知りたいなら、杉山氏の価値観や考え方は彼個人のものであって、他に調べる対象も方法もいくらでもあるでしょう。あなたの好きなウィキペディアもあるし(笑)。ここらが額面通りに受け取れない理由です。ああ言えば上祐!の所以です。

〈「迷惑なので書き込まないでください」等命令していただければ以降書き込みません。また私の書き込み内容が不快でしたら削除してもらってもかまいません〉って、殊勝なことを言ってますが、“命令”、“削除”は罠でしょ? 実際「迷惑だから書き込みをやめろ!」と言ったり、不快だからって削除すれば、「市民の目!沼田」は自由なはずの言論を弾圧した、抹殺した、とか言って騒ぐんでしょう? まあ、これが考え過ぎだとしても、そう疑いたくなるほど、あなたのこれまでのコメントには悪意が感じられる、ということです。

〈具体的にどの部分がそういうニュアンスがあるように見てとれますか〉、〈特有のご都合主義の強弁と取った部分はどこですか〉について答えれば、またあなた独特の理屈で、ああ言えば上祐!を炸裂させるのでしょ? もともと考え方がまったく違う人間がこの論法で議論すれば、それこそ際限がないんだから、木暮氏が言うように、私も、これ以上の議論は不毛だと思います。

〈「個人がどんな選択肢を選ぼうと、その個人の自由であり、杉山さんが個人による活動を選んだのは、それが彼の価値観、思考回路にいちばん馴染む方法だからでしょう。そんなこともわからないまま」について、そのようなことは理解しています。理解しているからこそ「ならばその選択肢を選んだ彼の価値観・思考回路はどのようになっているのか」と知りたくなったのです〉って、婚期を逃した奴の婚活か?って、バカバカしい冗談を言いたくなるほどだけど、礼節のない文章でプライベートな質問をしているのを十分承知しているなら、そこらで道を尋ねているわけじゃないんだから、まず礼節を尽くしたらどうなの? ここまではオーケー、ここから先はデリケートって、線引きの問題じゃないでしょ?

あなたの論法は、あなたにとって理屈は通っているんでしょうけど、他人には理解しにくいと思いますよ。例えば、具体的文言がなければ、そんなことは言っていない、とあなたは言うけれど、全体で判断するということがあるでしょう。文章でいえば、行間を読む、というような。こうして、これまでのあなたのコメントから、私はあなたがNPOは良しとするけど、オンブズマンはとんでもない、と認識していると捉えていますし、もっと言えば、初めに言ったように、紙芝居サミットをやったあのNPOとかなり深く関わっている、と疑っています。

ウィキペディアについては、信憑性があるかどうかを知っていることが知性を計る尺度になるのではなく、信憑性が疑われるウィキペディアなどを参考にしているあなたの知性を、浅いと言われているわけでしょう。木暮氏のコメントをよく読めば、そのぐらいわかるでしょう。〈それを承知で質問・回答しているので何ら問題はありません〉って、意味、わかっているんですか? 脳みそ、膿んじゃった?

長々となりましたが、私も木暮氏の大人の対応に倣って、あなたと杉山さんとの議論に割って入った木暮氏にも絡んでいるあなたのコメントに横やり、失礼いたしました。

うみさんへ
ホント迷惑なので書き込んでほしくないです。

うみさん
あなたのプロフィール(氏名、職業、年齢、経歴など、出来れば写真も)を教えて下さい。このような礼節のない文章でプライベートな質問を続ける方がどのような方が知りたくなりました。単なる知的好奇心です。
寄付者の個人名を公開しないと活動の独立性・自主性を保ち続けることはできないというあなたにとって、この質問はプライベートな問題なので答える義務はないと回答拒否するほどデリケートな問題ではないでしょう。

>うみさんへ
市民活動を批判するあなたはまさに上祐、カルト教団ですね。

談合訴訟で杉山弘一氏が達成されたことは、権力の不正に向って敢然と立ち上がり、知力の限りを尽くして戦い、専門家でも難しいといわれる訴訟に勝利されたことです。氏の動機が何であったか、など勘ぐるのは、下種のすること。自分がなにもお手伝いができなかったことをひたすら天に恥じ、その赦しを乞うのみです。杉山氏の勝訴に談合勢力はどれほど怯え、慌て、零細業者を脅して、賠償金を肩代わりさせたか。星野市長は談合を仕切ることこそ政治家の醍醐味と嘯きながら、市民に損害を与えたことに陳謝もしていない。こんなろくでなしを未だに市長にしておく自分の無気力を愧じ、不甲斐なさを慨嘆するのみ。

うみさんへ
 杉山さんは仲間だと信じていた人に何度も裏切られています。布施議長もその一人です。長年共に活動し、支えてきた布施さんを真向から批判しなければならない事態になったときはどれほど辛かったでしょう。それでも杉山さんは信念を曲げませんでした。どんなに辛い思いをしても、たった一人になったとしても信念を曲げることはないでしょう。それほどの覚悟で市民運動をしている杉山さんを「市民運動の類は一切したことがなく」、従ってその喜びも苦しみも知らないあなたが匿名の陰に隠れてなぜこうも執拗に批判できるのか理解できません。あなたの真の意図は別のところにあるように思います。あなたの真の意図は何ですか。
 山崎のぶ

うみさんへ

毎日新聞の記事を紹介します。

≪なるほドリ:「オンブズマン」って何? /奈良≫
http://mainichi.jp/area/nara/news/20100915ddlk29070502000c.html

-----------ここから引用---------
<NEWS NAVIGATOR>

◆「オンブズマン」って何?
◇国・自治体を監視する市民団体 税金の不当な用途など追及

◆ なるほドリ 
県宇陀土木事務所が発注した測量委託事業の入札で談合があったとして、県市民オンブズマンの人たちが裁判をしていたね。ところでオンブズマンって何?

◇ 記者 
オンブズマンはスウェーデンが発祥で、元々は公的な苦情処理機関でした。最近では、国や地方自治体の不正や不当な行為を監視する活動をする市民団体を指すことが多いです。県内で活動する県市民オンブズマンに加盟しているのは16団体です。

◆ Q どんな活動をしているのかな。
 A 
オンブズマンが不正を追及する手法の一つを紹介しましょう。

情報公開条例を生かして行政文書を入手して、お金の使い方などをチェックします。
違法だと思うことについて、自治体の監査委員に調べてもらうため、住民監査請求をします。
監査の結果や行政の措置に納得できない場合は、住民訴訟を起こすことができます。

◆Q 県内では、オンブズマンはどんな裁判をしているのかな。
 A 
県議の政務調査費の返還を求めた訴訟▽県労働委員会の委員らに報酬を出さないよう求めた訴訟▽橿原市の防災施設の用地を買わないよう求めた訴訟、などがあります。

◆ Q 最近、県宇陀土木事務所の入札の談合について、住民訴訟の判決が出たね。
 A
 県は談合した業者に契約額の10%の損害賠償を請求しましたが、オンブズ側は20%を下回らないと主張した裁判です。大阪高裁はオンブズ側の主張を認めて、11業者に20%の賠償を請求するよう命じました。判決は確定しました。

◆Q 裁判に勝ったから、オンブズマンはお金がもらえるのかな。
 A
 いいえ。オンブズマンにお金は入りません。
分かりやすく言うと、談合のせいで県が不当に高く払った代金を業者に返させることになります。
代金は税金ですから、税金を取り返して、県が別の目的に使うことができます。

◆Q ボランティアみたいなものだね。何でそういう活動をしているの?
 A 
県市民オンブズマンの阪口保代表幹事(61)は「活動によって、税金を取り返したり、県や市町村が条例を改正したりと、成果が出るのがうれしい。社会正義のため、奉仕の気持ちでやっています」と話しています。
住民による自治の原点ともいえる考え方だと思います。

<回答・高瀬浩平(奈良支局)>
-----------ここまで引用---------

補足
1 住民訴訟を提起できるのは住民監査請求をした地方公共団体の住民に限られます(地方自治法242条の2)。よって、オンブズマンという組織で活動をしたとしても、住民訴訟は個人で行うことになります。

2 住民訴訟で住民が勝訴した場合、住民は当該自治体に相当な範囲内の(住民側の)弁護士報酬を請求出来ます(地方自治法242条の2第12項)。(勝訴確定までは、住民が弁護士費用を立て替える必要があります。お金が無く弁護士を依頼することが出来なかった場合は、勝訴しても何も請求できません。また、情報公開請求の訴訟は勝訴しても、全額住民負担になります。)
 勝訴して得た弁護士報酬からの寄附金が、市民オンブズマンの活動資金(次回の訴訟費用)になっています。
 住民が敗訴した場合は、住民が裁判費用及び弁護士費用を全額負担することになります。
 また、訴えられた自治体職員側の弁護士費用は自治体が負担します。 

 真の意図? だから、単なる知的好奇心でしょ? ただ、うみの知性は、何が公正で何が正義かを理解しない。だから、杉山氏が公金の使われ方の不正を追求する意図がワカラナイ。公的な補助金こそが市民活動の偏向の有無を判別できる材料だと考えている、独立性・自立性を保てると思っている。ヒモ付きという意識はまったくない。NPOは、その公的な補助金や善意の寄付を受けてやる活動なのだから、偏向があればすぐ判別できるし、他人のため、住民全体のため、公共のためにやっているのだから、利他的であり、公共的であり、全ての住民のためになる、と考えている。人によって値観が違うのは理解している。そんなことは、大学や大学院、その上の課程まで行かなくても、小中学校でわかること。ただ、自分の価値観こそが正しい、と信じている。
 と、まあ、想像で書きましたが、おそらく、こんなことは全てわかっている。ただ、自分の中にないものは、逆立ちしたって出て来はしない。つまり、理念の実現を掲げてNPOをやっていても、自分でリスクを背負うまでの信念も覚悟もないから、補助金、助成金、委託金に頼り、それを正当化する。自分に自信がないから、無闇に自分を正しいと主張する。しかし、覚悟がないから、自分の名前も名乗れない。信念がないから、都合の悪い反論が来れば、ああ言えば上祐!
 要するに、うみの真の意図は? 何が公正で何が正義か、そんなこたーァどうでもいい。正義感で飯が食えるか? まずはテメエの損得だろ。と、ここに奴の知的好奇心がある。つまり、巳喜雄支持のアピールでしょう。狙いは、補助金、助成金、委託金ってわけで。
 まあ、研究者や学者が自説と矛盾することを言い出したら、もう信用できないし、それが自分の損得のためだったら、研究者、学者としてはアウトでしょ? ね(oops!)、うみさん!?

>木暮溢世さんへ

これ以上話すのは不毛で終りにしたかったのではないのですか?
話があるのなら訊きますが、もう少しわかりやすく説明してください。これでは単なる支離滅裂な感想文です。

 うみさん、投稿はペンネームでかまいませんが、その都度異なったメールアドレスでコメントを投稿するのは控えて下さい。この様な状態では、責任を持った投稿をされているとは思えません。
 また、管理上連絡をさせていただく場合もあり得ますので、メールアドレスは実在のものを入力して下さい(公表はされません)。実在しないメールアドレスの場合はコメントを削除させていただくこともあります。

 うみさん
 支離滅裂な感想文、ですか? 私は大人ですし、一応の常識はわきまえているつもりですから、あなたが「傍聴席から見た、片品村議会の風景」へのコメントで私に対してやったような、誰にでもオープンなブログという媒体で、あなたの名誉を傷つけるような卑劣なことをするつもりはありません。
 「話があるのなら訊きますが」って、私のコメントに食いついて来る前に、聞く気があるなら、まずは、ある市民さんや沼田太一さん、ざしきわらしさん、一市民さんや二市民さん、市民Aさん、山崎のぶさんが尋ねていることに答える方が先でしょ? 特に一市民さんなんかは戦時中を思い出されるほど不快以上のものを感じていらっしゃる。
 他にも大勢の人たちがあなたの執拗なコメントに、イチャモンだ嫌がらせだとコメントを書いています。ということは、つまり、あなたが望むように、もう少しわかりやすい説明をすることによって、あなたの身元やあなたが関わっているNPOが特定されたら、あなたの実名を出さなくても、あなたのこれまでのコメントがあなた自身の名誉を傷つけることになりかねません。そうなったら、あなたやあなたが関わっているNPOにとっても望ましくはないでしょう?

「聞く気があるのなら尋ねていることに答える方が先」とありますが、私に対する質問コメントのほとんどが、私が当事者かあるいは行政と利害関係が一致している個人や集団の一員だという誤信をもとに構成されているので内容的には無意味です。
「批判的な(ように見える)コメントをする人=市と利害関係が一致している個人や団体の関係者」と断定するのはあまりにも稚拙で短絡的です。(利害関係がなくても市民活動に疑問を抱いている市民もいるでしょうに)
また木暮氏のコメント内容から察するに疑いがある人を特定できているようなのでその人に直接尋ねてみてはどうですか?

以下、当事者バイアスがかかっていない質問に回答します。

「公開しないなら信用できない、というのはあなたの自由意志ですが、だからといって、自由な市民の自由な活動に、第三者があれこれ言う権限はないでしょ?」について
「権限」はないですが、自由な市民の自由な活動に対して自由に意見を述べる自由な市民の権利はあります。

「>私は今まで市民活動の類は一切した
>ことがありません。そりゃないよ。それなら、ガタガタ言う前に市民運動の類をしてみたら。」
「自分ではしていない市民活動について、ここまで執拗にからんでくる・・・」
「杉山さんは仲間だと信じていた人に何度も裏切られています。・・・執拗に批判できるのか理解できません。」について
からんでるわけではなく質問をしているのです。
あるいはここは市民活動をしていないと質問はできないブログなのですか?
また「裏切られて」等、内部でなにがあったかは当事者ではないのでわかりません。それに関する記録が残っていれば見てみたいですが。


「ウィキペディアについては、信憑性があるかどうかを知っていることが知性を計る尺度になるのではなく、信憑性が疑われるウィキペディアなどを参考にしているあなたの知性を、浅いと言われているわけでしょう。」について
そもそもそれほどウィキの説明が間違っているのですか?
信憑性が疑われるウィキを引用することは知性が低いと言うのなら「市民オンブズマン活動の問題点」「市民活動 代表性の問題・公益性の問題」「「公共性を主張する」という言葉の定義」等、私が引用したウィキの中でどこが間違っているか指摘・修正してください。後学のために信憑性の高い参考文献も提示してもらえるとありがたいです。

 うみさん、イエローカードです。
 投稿はペンネームでかまいませんが、その都度異なったメールアドレスでコメントを投稿するのは控えて下さい。この様な状態では、責任を持った投稿をされているとは思えません。
 また、単に質問を続けるのでは、議論になりません。このへんで、争点を整理して下さい。

私が当事者だということが前提で話が進められているのでかみ合わないのですよ。議論以前の問題です。まずはその盲信を修正しないと争点を整理する以前に議論にもなりませんよ。

 うみさん、では、私の方で整理してみます。
 いろいろなやり取りがありましたが、結局のところ、うみさんの主張は以下の2点に集約されると思います。これに沿って整理を進めたいと思いますので、過不足や誤解があればご指摘下さい。

1 個人や私的な団体の活動は寄付者の意向を汲んだ偏った活動になる可能性がある。

2 市民活動の独立性・自主性を保ち続けるためには、寄付者の個人名を公開することが重要である。

1 その通り。
2 市民活動が独立性・自主性を保って運営されているかは寄付者がわからなければ外部の人間からは判断できない。

です。

うみさん

「傍聴席から見た、片品村議会の風景」へのコメントで私の名誉を傷つけた「ね」なる人物と「うみ」を名乗るあなたが同一人物であると、私が先のコメントで断定したことについて、都合が悪くて敢えて避けたんですか? それとも他に避けた理由があるのでしょうか?


〈私が当事者かあるいは行政と利害関係が一致している個人や集団の一員だという誤信をもとに構成されているので内容的には無意味です。〉について

それを誤信だというのは、あなたの一方的主張であって、私にはそう判断する材料がありません。あくまで誤信だと言うなら、誤信を納得させるに足る根拠を示してください。そもそも、名前も性別も職業も不祥、しかもメールアドレスもその都度変えるような人物の、架空のアドレスでのコメントの内容をそのまま信じられるわけがないでしょう? これは私だけでなく、あなたの投稿に不快感を抱いている何人もの人が感じている不信だと思います。


〈利害関係がなくても市民活動に疑問を抱いている市民もいるでしょうに〉について

市民活動にもいろいろあるので、あるものには賛成でも別のものには反対という人もいるでしょう。市民活動という言葉でそれらを十把ひとからげにするのは大雑把過ぎますが、そういう人がいても、それはそれぞれの自由ですから、否定はしません。だからといって、イチャモンだ嫌がらせだと人に言わせるあなたのやり方とコメントをこれだけ重ねてきて、あなたの勝手な理屈だけで利害関係がないとするのは稚拙で短絡的です。そもそも、沼田市市民活動センターを小さく生んで大きく育てる、と言ったあなたが市民活動に疑問を持っている矛盾を、どう説明するつもりですか?


〈また木暮氏のコメント内容から察するに疑いがある人を特定できているようなのでその人に直接尋ねてみてはどうですか?〉について

だから、あなたに尋ねているんです。とぼけた小芝居はやめて、はっきり言ったらどうですか? あなた自身で言いずらいなら、私が代わって言ってもいいですが、あなたにもプライバシーはあるでしょ? まあ、NPOは基本的に公開が原則ですから、あなたの名前とあなたが関わっているNPOの名前をここで公開することは問題ないでしょう。でも、そうしたら、あなたにもあなたが関わっているNPOにも望ましいことではないでしょ?と言っているんです。あなたが、私が特定しているのと異なる人物だと言うなら、あなたの身分を証明できる運転免許証とかのコピーを証拠として添付してください。


〈「権限」はないですが、自由な市民の自由な活動に対して自由に意見を述べる自由な市民の権利はあります。〉について

その権利を妨げるつもりはもちろんありません。しかし、私も杉山さんも、このブログに関わる他の人も、読んでくれている人たちも、それぞれがあなたと同じく、自由な市民の自由な活動に対して自由に意見を述べる自由な市民です。その自由な市民同士で意見を交わすとき、最低限の礼儀、マナーはあるでしょ?と言っているんです。


〈からんでるわけではなく質問をしているのです。〉について

それはあなたの価値判断です。あなたの執拗なやり方を、からんでいると捉えているのもひとつの価値判断ですが、イチャモンだ嫌がらせだと捉えている人たちが複数いるのも事実ですし、私もそう捉えています。その不快感を持った人たちに共通しているのが、からんでいるという捉え方だと思います。


〈そもそもそれほどウィキの説明が間違っているのですか? 信憑性が疑われるウィキを引用することは知性が低いと言うのなら「市民オンブズマン活動の問題点」「市民活動 代表性の問題・公益性の問題」「「公共性を主張する」という言葉の定義」等、私が引用したウィキの中でどこが間違っているか指摘・修正してください。〉について

 すべてが間違っている、と言っているわけではありません。不特定多数の誰でもが編集に参加できるウィキペディアは、編集に参加する人の思惑で事実が歪められたり、偏ったりする可能性を排除できないので、資料として参考にしたり、引用するには、その信憑性、信頼性の点で問題がある、と言っているんです。まともな知性を備えた人であれば、そのような問題点のあるものを参考資料としては選ばないだろう、ということです。あなたが挙げたいくつかの項目の正誤については、自分で調べてください。


〈後学のために信憑性の高い参考文献も提示してもらえるとありがたいです。〉について

 生憎ですが、あなたの後学のために協力する気はありません。イチャモンをつけたり嫌がらせをしたり、言葉尻をとらえてからんでくるあなたのやり方にうんざりです。その上、甘えるのはいい加減にしろ!ということです。


〈私が当事者だということが前提で話が進められているのでかみ合わないのですよ。議論以前の問題です。まずはその盲信を修正しないと争点を整理する以前に議論にもなりませんよ。〉について

 重ねて言いますが、あなたが何を言おうと信じられないのです。あなたが当事者に間違いない、と思わせたのは、ここまで執拗に重ねて来たあなたのコメントです。それが盲信だと言うなら、その盲信とやらを修正したいなら、その材料をあなたが提供してください。

うみさん
 争点整理案を造ってみました。過不足や誤解があればご指摘下さい。

争点1 市民活動の偏りについて

うみさんの主張
 「個人や私的な団体の活動は寄付者の意向を汲んだ偏った活動になる可能性がある。」

杉山の反論
 「公的な団体では偏った活動が問題になり得ますが、個人や私的な団体が偏った活動をすることに何の問題もありません。多様なのが市民活動です。」

うみさんの再度の主張
 「わかりました。多様性を認め、それぞれが市民活動をやればいいということですね。」
 
 以上の議論のとおり、双方理解していますのでもはや争点ではありません。


争点2 市民活動の独立性・自主性の確認方法について

 うみさんの主張
 「市民活動が独立性・自主性を保って運営されているかは寄付者がわからなければ外部の人間からは判断できない。」

 杉山の反論
 うみさんの主張は「市民活動の独立性・自主性を保ち続けるためには、寄付者の個人名を公開することが重要である。」というものであると誤解していました。
 「寄付者がわからなければ外部の人間からは判断できない。」というだけならば、寄付者の個人名公表が市民活動が独立性・自主性を保つための必要条件にはなりませんから、私からの反論はありません。
 そもそも、私は、多様な市民活動において、運営の独立性・自主性について外部の人間に判断してもらう必要はない(とくに私のように外部に寄附を求めない市民活動の場合)と思っているので、このような議論をする必要がありません。
 ただし、うみさんが「寄付者がわかる」を「寄付者の個人名を公開する」という意味で考えているならば、その点は異論があります。私は、独立性・自主性を保って運営がなされていることを判断してもらうには、財源の概要(会費などの自主財源の比率、補助金、委託金の比率など)が明らかになれば十分であると考えています。寄付者の個人名まで公開することは、自由な寄附(これもまた自由な市民活動の一つ)を躊躇させることにつながりかねず、市民活動の独立性・自主性にとって逆効果だからです。もっともこれは、傍論ですので議論を続ける意味は乏しいと思います。

誤解部分はありません。
一点だけ、独立性・自主性を保って運営がなされていることを判断してもらうには、財源の概要が明らかになれば十分であると考える根拠(財源の概要内のどの要素を見れば独立性・自主性を保っているかどうか判断できるのか)がよくわからなかったのでご説明お願いいたします。

 うみさんへ
 これで、あなたの言いたかった2点について、私とは合意に達しましたね。 
 これ以外は、あなたからの単なる質問にすぎませんから、これ以上議論する必要はないでしょう。ご自分で考えて下さい。
 双方の主張の違いに即して争点を整理していけば、まったくすれ違いに見えた議論も意外と簡単に収束させることができるでしょう。これは、合意形成手法のひとつですから、「争点を整理する以前に議論にもなりませんよ」などと投げやりになるまえに、覚えておいて下さい。

 結局最後まで、うみさんの言いたかった2点が、「第十五回紙芝居サミットの事業予算書」にどのように関係するのか、理解できませんでした。
 また、本質的な部分で合意したこの期に及んで、どうして、枝葉にこだわって、質問を続けるのか意図が図りかねます。これでは、イチャモンだ嫌がらせだと受け取られても仕方がないでしょう。 

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