ブログ内検索

  • Google

    WWW を検索
    ブログ内を検索

メンバーの裁判

« うまくやろうよ。 | メイン | 何ですかこれ? »

2010年3月26日 (金)

無駄を、無駄と理解できない知能。

 澄んだ空気とおいしい水、緑あふれる自然ときれいな雪景色が気に入って、73年から縁があった片品に引っ越して、あとふた月で丸7年になる。が、実際に引っ越して見た村は、私が気に入った自然の恵みとは裏腹に、私の思考回路ではまったく理解できない、価値観とはまったく相容れない、数えきれないほどのことがあった。それは、まさに歪んだ日本の縮図を見るようでもあった。中でも、「呆れる」を通り越して、まさしく「バカじゃねえか」と思うモノが、今日、家に届けられた。
 『広報かたしな』縮刷版の第二巻と第三巻。それぞれが1000ページを数え、厚さ5センチを超えるハードカバーの、一見立派な書籍である。そして、DVD『片品村の暮らしと伝統文化』パート2。昨年発行された冊子とDVDの続編、というわけだ。どちらも、歴史的資料として価値があるとするなら、何部か作って、役場、教育委員会、図書室にでも置いて、希望に応じて閲覧できるようにすればいい、と思うのだが、これらが村内1700世帯の全戸に配られたのだ。これを、無駄と理解しない人間の知能の程度が、私にはまったく理解できない。
 『広報かたしな』の縮刷版は、昨年、麻生政権の末期の経済対策臨時交付金によって作られた。こそこそするな。堂々とやれ。に書いたように、7月9日の臨時議会で、11の計画を議会が了承して実現したうちの一事業である。景気対策の臨時交付金といいながら、その多くが村外の企業に流れ、この広報の縮刷版にしても、その費用は埼玉に本社を置く「北辰図書出版株式会社」に流れている。村の景気対策には、何ら役立っていないのだ。DVDの方は、08年度、09年度ふるさと文化再興事業として、県が執行した予算が使われている。片品村にとっては、どちらも降って涌いたような金だから、といっても、全戸に配布する必要があるのか、誰もそれに疑問を感じなかったのか、議会さえおかしいと考えなかったのか、そこが、私には理解できない。
 厚さ5センチの縮刷版、1冊では低過ぎ、2冊重ねれば高過ぎて、昼寝の枕にもならない。こんな無用の長物が、片品村制120周年記念というのだが、入澤登喜夫議長が寄せる挨拶「発刊を祝して」にあるように、果たして祝するに値するモノなのか、私には理解できない。むらづくり観光課長の佐藤八郎は、そのあとがきの中で「折に触れてこの縮刷版をご覧いただき、昔を懐かしみながら未来に夢を馳せていただく、そんな団欒の一助になれば幸いです」と言うが、三流軽薄新聞(産経新聞)を購読するような村粋主義者の、痘痕もエクボの歪んだ郷土愛を助長するだけではないのか、と危惧さえ感じてしまう。こんな無駄に、仕事とはいえ、労力を使った担当の星野英二氏には、皮肉を込めて、こころから「ご苦労さま」と思う。DVDについては、多くの人たちがデッキを持たないために、無駄になっている、と聞いている。いまさら企画の基本の「いろは」を講釈する気もないが、普通の常識をわきまえていれば、これらの事業が本当に必要なモノかどうか、わかりそうなものだと思う。
 降って涌いた金だから、という向こうに透けて見えるのが、自民党が半世紀にわたって積み上げてきた800兆を超す負債である。政権が交代して、この負の遺産を背負ってスタートした民主党は、10年度予算の半分以上を国債に頼らざるをえない状況になったが、ここで自民、民主のあれこれをあげつらうことより、これらのすべてが私たちと、もっと重い負担を孫子の世代に押し付けることを考えれば、降って涌いた金だから、と無責任にバカをやっている場合ではない、と思うのだが。(木暮溢世)

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.kazelog.jp/t/trackback/308121/23697728

無駄を、無駄と理解できない知能。を参照しているブログ:

コメント

 壮大なる無駄遣いですね。いっそのこと、例規集も全戸配布すれば良いのに。ギネスブックに「無駄使い世界一」で掲載されること間違いなしです。
 そんなことしたら、情報公開条例に村長が違反していることがばれてしまうって?そんな心配いりません。村民は誰も読みませんよ。議員だって、誰も読んでいないでしょ。
 片品村よりも財政状況が緊迫している沼田市はいったいどれだけ無駄遣いをしてきたのだろう。

 杉山さん、早速のコメント、ありがとうございます。
 「片品村より財政状況が緊迫している沼田市はいったいどれだけ無駄遣いをしてきたのだろう」。
 ただ居るだけで財政を悪化させた、という点では、星野巳喜雄という人物が存在することが、沼田市のこの8年間の最大の無駄ですね。

 昨日、全戸配布の無駄について書いたばかりのDVDの上映会の知らせが、今日、回覧で回ってきた。来る30日(火)午後6時から、片品村文化センターで、1本にまとめたもの(約60分)を上映するらしい。主催の教育委員会と片品民俗研究会は、デッキを持たない人たちのために、と親切のつもりだろうが、これは、全戸配布がまったくの無駄であることを、自ら認めたことになる。上映会を開くことはいいと思うが、加えて、記事に書いたように、役場、教育委員会、図書室に置いて、希望に応じて閲覧できるようにすればいいし、何歩か譲っても、小字にあたる32の地区の集会所に置けば、それで充分である。てめえの腹が痛むわけじゃないからって、こういう無駄を無駄とも思わないのだろうが、県の予算といえど、元を糾せば、みんなが払った税金なのだ。それすらわからないバカには、呆れるを通り越して、腹も立たない。おまえらの脳みそ、空っぽか。

 自己啓発や新興宗教の勧誘に冊子やDVDが無料で配られますが、それに似ていますね。全家庭に無料で配るところに片品村宗教、つまり、村政には黙ってついてきなさいという権力の誇示を感じます。
 私は県外から17年前に沼田市に引っ越してきましたが、当時は西田市政でした。職場の女性たちが「沼田はいいところでしょ?沼田はいいところでしょ?」と私に尋ねてきました。沼田市を批判できない雰囲気がありました。不思議なことは、彼女たちは集団でくっついては、「沼田はいいところだよね。」「沼田はいいところだよね。」とよく話していましたが、具体的に何が?というものは、ひとつもありませんでした。その頃のことを思い出しました。

 沼田市民さん、コメントありがとうございます。
 宗教に似ている。確かに、そうかもしれません。おそらく、こころのよすがが何もないんですね。だから、古くからのものにしがみつくしかない。外を知らないから、根拠もなしに、ここが最高だと思いたい。私が「痘痕もエクボの郷土愛」と斬って捨てる所以です。アイデンティティー(自己の存在証明)なんてものも考えたことがない。一人ひとりが“個人”という認識もない。すべて地域優先、集団優先。選挙に地縁血縁が幅を利かすのは、その象徴でしょう。生まれたときから、このメンタリティーが擦り込まれ、DNAにまで組み込まれる。ハードは新しくなっているのに、100年経っても変わらない、変われない所以です。
 人事を除けば、片品はとてもいいところです。5300人の村民を、私が選ぶ5300人と入れ替えたら、間違いなく5300倍良くなる(笑)。ちなみに、私は片品に住んで、もうすぐ丸7年になりますが、自身を絶対に村民とは名乗りません。5300分の1になるのはゴメンだからです。ひとりの住民の、ささやかな抵抗です。役場には正面きって、このブログでは歯に衣着せず、おかしいことにはおかしいと声を上げて、堂々と抵抗をしていますが(笑)。

 30日(火)午後6時、DVD『片品村の暮らしと伝統文化』上映会が、片品村文化センターで開かれた。定刻に始まった教育長の挨拶に続いて、片品民俗研究会会長が挨拶して、6時20分の上映開始時の来場者数、800人の会場に27名。これが何を意味するのか。
 教育長は、告知が行き渡っていなかったと言ったが、回覧で知らせ、上映開始30分前には防災無線での告知があったわけだから、いま考えられる手段では告知された、と言える。にもかかわらず27名。
 DVD再生機が各戸に普及しているわけではない現状を見れば、この27名という数字、村民がこのDVDに興味を持っているかのバロメーターになる、と言ったら言い過ぎか。
 教育長は、これからも各学校、集会所で上映会を催して、より多くの村民に見てもらう機会を提供する、と言ったが、それには異論はない。加えて、記事にも書いたように、村民の希望に応じて貸し出せるように役場、教育委員会、図書室、各地区の集会所に用意しておけば、全戸に配布する必要はない、と言ったら言い過ぎか。
 上映開始前、教育長は、全戸配布の目的を、村外へ出ている村出身者に送って見てもらいたい、と言ったが、上映会に来た27名の数字を見て、それが期待できるか。この『片品村の暮らしと伝統文化』、冊子と2本のDVDの制作と全戸配布を、記事には県の予算と書いたが、これは間違いで文化庁の予算だそうだ。いずれにしても、私には、どう考えても、1000万弱のうち、全戸配布分は無駄としか思えない。
 この事業の目的は地域の活性化だそうだ。こんなもので活性化に結びつくとは、到底思えないが、これが入口だそうだから、何年か先に、出るかどうかわからない結果を待つとしよう。教育長は、31日で片品村にはさよならだから、さぞ結果は気になるだろう。それとも、後は野となれ山となれ、ということか、と言ったら言い過ぎか。
 いちばん気になったのは、この事業を愛国心につなげたい、という教育長の言葉。誰にでも、生まれ育った地域への郷土愛、国への愛国心は、自然に育ってゆくものだと思うが、それでは不足か。

「800人の会場に27名。」
もう、笑ってしまいますね。
ほとんどの村民はDVDを何回も見ているので、上映会に来る必要がなかった。
そんなこと、あり得ないですね!

「言い過ぎか。」
言い足りないかと・・・

 片品を笑っている場合ではありません。沼田でも、またもや無駄(いや有害)な事業がはじまりました。これです。
http://www.city.numata.gunma.jp/news/kyodo_work.html
ありそうでなかったよろず談義「パワーアップぬまたん家」
元気な沼田を創るために、市民活動の現状を知り、その中から市民活動センターの役割や協働の必要性などをみんなで楽しく♪ 自由に話し合いましょう!!

 「自由に話し合い」と言っても、それで何が得られるのでしょうか。そもそも、5万人の市民の価値観はさまざまですから、その市民による活動も極めて幅が広いものです。そこが(行政活動に対して)市民活動の利点でもあるはずです。そんな多様な市民活動を考えるのに、毎回同じメンツで、しかも事前の論点整理もないまま、抽象的な談義を繰り返しても、何も得るものはないでしょう。巳喜雄教という単一の価値観を持った方々のマスターベーションでしかありません。いつまで同じ事を繰り返せば気が済むのでしょうか。多様性が圧倒的に欠如しているのです。
 多様な価値観を持つ人どおしが本当に話し合いをしようと思うなら、事前にネット上に掲示板でも設置して、充分に論点を整理した上で行うべきでしょう。
 それにしても、行政主導で市民活動の現状を知るためのイベントとは、呆れます。沼田市民全員を殿(市長)の支配下に置くつもりでしょうか?これをおかしいと思わない市民は本当におかしい。

「もう、笑ってしまいますね。」
 はい、笑ってしまいました。でも、笑いは免疫力を高めますから、予防医学にもつながりますし、自然治癒力を高めます。利根沼田で暮らして、いつも笑っていれば、がんにはかからない、多分(笑)。
 沼田も笑わせてくれますね。行政主導で市民活動の現状を知るためのイベントって、要するに、ジョンやポチを育てるためでしょう。そもそも、行政など意識せず、やりたいことを自由にやっている市民の方が健全でしょう。そうした活動が行政とコラボできるなら、その部分でやればいい。そこに協働の意味があるんじゃないんですか。誰か、行政と関わっていない人、教えて!
ホームページを見てみたら、講師が高経大の先生で、スタッフがそのゼミの学生って、生涯学習専門の先生が生徒を引き連れて、何するんでしょう。沼田の地域生涯学習システムを展望する出張講座? まさか、みんなで段ボールの鎧兜を作るんじゃないでしょうね。
 それにしても『ホットステーションぬまたん家』で、ありそうでなかったよろず談義「パワーアップぬまたん家」だって。すごい!(何が?)だから、ネーミングが。(あっ、303さん、先生の名前、間違えてるよ。)

「まさか、みんなで段ボールの鎧兜を作るんじゃないでしょうね。」
 沼田城を造る相談をするらしいです。もちろん段ボールで。

元市民さん、またそんな、冗談ばっかり!!!

 星野侃三議員のブログによれば、全戸に配られた広報の縮刷版をありがたがる人はあまりいないそうだ。議員も、無駄遣いだったか、という疑問と、最後は議会が認めたことに、議員のひとりとして、侃ちゃん、参ったぞ、とちょっと反省している?らしい。
 でも、もうできてしまったんだから、いまさら悔やんでもしょうがない。このバカげた事業を失敗例として、次にこんなバカを繰り返さないための参考にすればいい。何事もプラス思考で行こう!
 ということで、「こんなもの、要らない」と言う人たちに、私が提案する広報の縮刷版を処分(保存)する方法は、これだ。 まず1案。花咲の針山にある座禅草群生地から奥に3、40メートル入ると、左手に千明金造の土地がある。表札は出ていないが、そこだけ草の生え方が違うから、すぐわかるだろう。面倒だが、そこに持って行って保存する。廃棄じゃなく保存だ。風雨にさらされて何年か経てば、もともとが紙だから、土に還るだろう。製本に使った糊が化学物質だったとしても、大丈夫。配られた全戸が要らない、と言っても、せいぜい3500冊。金造だって、"この程度"は"問題ない"。って言うはずだ。
 もう1案。要らない人は、役場へ持参して、正面入口脇、そう、階段を数段登った入口脇の、あの空いたスペースにきれいに積み重ねる。3500冊といえば、相当大きな塊になる。嫌でも目に入るだろうから、職員には、毎朝夕、"無駄を、無駄と理解できない知能。"を自覚する機会になるだろう。須藤澄夫がやった2回の意識改革のセミナーより効果あるぞ。他所から来た人に聞かれたら? 「オブジェです」とでも答えればいいジャン! ただ、子供たちが遊び場にするだろうから、怪我しないように、それだけは気をつけてくれ。

「いまさら悔やんでもしょうがない。このバカげた事業を失敗例として、次にこんなバカを繰り返さないための参考にすればいい。何事もプラス思考で行こう! 」
というのも一つの考え方ですが、別の意見もあります。

地方自治法2条14項
「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。 」
地方財政法4条1項
「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」
 法律でこう決まっているのですから、無駄遣いは違法行為です。支出命令を決裁した職員(村長か教育長でしょう)に故意過失(または重過失)があれば、当該職員は村に対して損害賠償生任を負います(民法709条、地方自治法243条の2)。
 
 ざっくり言えば、金造氏、飯塚氏に3500冊分の弁償をさせるということです。再発防止には一番効果があると思います。

コメントを投稿

2012年8月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック