鈴木さんの遺言とその後の変化
鈴木さんは遺言のつもりではなかったが、結果的にそうなってしまった。「市会議員のMなどが、市民の目に書いている連中は馬鹿なんだから相手にしないのが一番いい、と触れ回っている。白井さんも、白井基勝です、と名乗って市民の目に投稿するのはやめた方がいい」。市会議員のMは、国際交流協会の役員もやっている。市民の目が気になるのは当然だろう。なぜなら、市民の目の立場は首尾一貫合理主義であり、市民のために無駄な経費は使うな、市民のために意義のあることに使え、と主張しているからだ。いわゆる沼田衆は地縁血縁を強調するあまり合理主義がわからなくなっている。したがって、自分たちが擁護する市政の非合理を徹底的に追及批判する市民の目は許せない。けれど時代の趨勢は明らかに市民の目の方向に向いてきている。名もない市民は、沼田といえども、合理的な市政を望んでいる。市会議員の定数削減が決まったようだが、そう決めざるを得なかった背後には市民たちの総意があった。
市民の目は合理的市政を目指す有志によって運営されている。白井基勝もその一員であるが、白井を潰せば市民の目が黙ると思ったら大間違いだ。鈴木さんのご忠告はありがたいが、沼田衆が「馬鹿は相手にするな」と触れ回るのはそれだけ市民の目が怖いからだ。市民の目の怖さは合理主義の怖さ、理性の怖さである。地縁血縁に逃げ込もうとしても、無理なのだ。時代が変ったのである。
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