空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第三十六話 2011年 シンジ誕生日記念LAS短編 6月の花嫁


あの使徒との戦いが終わってから10年。
エヴァンゲリオンのパイロットだったシンジとアスカは再建された第三新東京市のコンフォート17の1世帯の部屋で同棲生活を送っている。
保護者役のミサトは3年前にここを明け渡して出て行った。
戦いが終結した直後から交際を始めたネルフのオペレータの日向マコトと結婚したからだった。
加持リョウジと言う恋人を失った傷心のミサトは、マコトに励まされるうちに彼の愛を受け入れていった。
今では3歳の男の子と、2歳の女の子の母親が板についている。
専業主婦になったミサトは休日を狙ってシンジとアスカが住むこの場所に、2人の子供を連れて遊びに来るのだ。
言葉を話せるようになったミサトの子供達はシンジの事を『おじちゃん』、アスカを『おばちゃん』と呼んでなついていた。
シンジとアスカは苦笑しながら、ミサトの子供達を近くの公園に散歩に連れて行ったり、部屋でゲームの相手をして遊んで上げてあげていた。
そして、帰るのを渋って泣きわめくミサトの子供達を見送った後、シンジとアスカはリビングに散らかったおもちゃを片付けて一息つくのだった。

「まったく、ミサトにも困っちゃうわね」
「うん、顔を合わせる度に結婚しろって言って来るよね」

アスカとシンジのいつものやり取り。
2人は仕事が忙しいとミサトに言い訳をしていた。
しかし、今日のアスカは違った。

「ねえシンジ、そろそろ結婚しようか?」

軽い感じで話を切り出したアスカにシンジは驚く。

「えっ」
「何よ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「だって、アスカは今まで結婚を怖がっていたじゃないか」
「そうね……」

アスカはシンジの言葉にうなずいた。
今まで2人がずっと同棲状態だったのは、アスカがシンジのプロポーズを拒み続けていたからだった。
シンジにはアスカの抱える不安が解っていた。
だからシンジもアスカの側を離れる事は無かったのだ。

「アタシは誰かに愛を与えられる自信が持てなかったわ。だけど……」
「うん、ミサトさんの子達だね」

シンジの言葉に、アスカはうなずく。

「小さい子ってやっぱり可愛いわね。あの子達の笑顔を見てるだけでアタシの心も優しく暖かくなって来ちゃう」
「ミサトさんが口で説得するよりずっと効いたみたいだね」

アスカの顔が自然とほころぶのを見て、シンジも微笑みを浮かべた。

「それで急な話だけど、結婚は6月にしようと思うのよ」
「ジューン・ブライドだね、僕も聞いたことあるよ」
「そう、6月に結婚した花嫁は幸せになれるって言い伝えよ、発祥は諸説あるけどね」
「アスカが安心できるなら大賛成だよ」

シンジは嬉しさに顔を上気させてうなずいた。

「それで、日取りは6月6日にしようと思うんだけど、どう?」
「アスカ、それって僕の誕生日だよね」
「そうよ、ベタだけど、今年の誕生日にはアタシをあげる……」

アスカは顔を真っ赤にしてシンジにそう言った。
恥じらうアスカの姿を見て、シンジは飛び上がって喜んでアスカの両手を握る。

「ありがとうアスカ、とっても嬉しい誕生日プレゼントだよ!」
「こんなに喜んでくれると、アタシの方も嬉しいわ」
「じゃあ早速式場を予約しないと!」

舞い上がったシンジはすぐにパソコンに向かった。
しかし、しばらくインターネットをしていたシンジは渋い顔になった。
どこの式場も6月6日は予約が一杯だったのだ。

「やっぱり、1年ぐらい前から予約は埋まっているわね」
「うん、さらに休日と大安が重なっている人気日だからね」

アスカとシンジは顔を見合わせて残念そうにため息をついた。

「じゃあ、6月じゃ無くても構わないわよ」
「そんな、せっかくなんだからさ」

あっさりと折れてしまったアスカをシンジが励ました。

「でも、シンジにまた1年我慢させてしまう事になるじゃない。ごめんね、アタシのワガママのせいでシンジに迷惑を掛けて」
「別にアスカが悪いわけじゃないよ」

悲しげな沈黙がリビングを支配した。
落ち込んだアスカを何とか元気付ける手は無いものかとシンジは考えを巡らし、顔を上げる。

「そうだ、父さんに頼めば何とかなるかもしれない」

シンジがそうつぶやくと、アスカは苦い顔をした。
使徒との戦いが終わった後から、アスカとゲンドウの仲は最悪だったのだ。
人類補完計画を知ったアスカは、母親を失う事になる実験を見過ごしたゲンドウの事を憎んだ。
頭を下げて謝るゲンドウを母親の仇とばかりに平手打ちを食らわし、それきり顔を合わせる事も無かった。
シンジもアスカの前でゲンドウの事を話題にするのは避けていた。
しかし、アスカの願いをかなえるためにシンジは伝家の宝刀を抜いたのだ。

「あ、アタシは嫌よ、そんな事で借りを作るなんてさ」
「そんな事言わないで、父さんに償いをさせるチャンスをくれないかな」

固い表情をしたアスカに、シンジは拝むように頼み込んだ。
リビングに緊迫した空気が流れる。
アスカは腕組みをして考え込んでいた。
シンジは息を飲んでアスカの返事を待った。

「いいわよ、アタシも子供じゃないんだし、いつまでもつむじを曲げているわけにはいかないわ」
「よかった」

表情を和らげたアスカがそう言うと、シンジはホッとしたように胸をなで下ろした。
長く続いた平穏な生活は、アスカの心を軟化させていたのだ。
ただ仲直りするきっかけが今まで無かったのかもしれない。
シンジはアスカの気持ちが変わらないうちにと、自分の携帯電話でゲンドウに電話を掛ける。
すると、小悪魔的な笑顔を浮かべたアスカはシンジから携帯電話を奪う。

「ご無沙汰しております、お父様」

アスカが電話でそう話すのを聞いてシンジは目を丸くして驚いた。
しかし、電話を受けたゲンドウはもっと驚いて椅子から転がり落ちてしまったようで、電話口の向こうで元副司令の冬月が慌てているのがアスカには聞こえた。
その様子を聞いたアスカは口元に手を当てて笑い声を押さえた。
何とか落ち着きを取り戻したゲンドウはアスカに尋ねる。
アスカの母親の実験に加担してしまった自分を赦してくれるのかと。
ゲンドウの問いにアスカは穏やかに「はい」と答えた。
アスカの答えを聞いたゲンドウは感無量なのか、黙り込んだ。
そして、アスカはゆっくりとゲンドウに電話をした理由を話す。
アスカの話を聞いたゲンドウは興奮した口調で、すぐに式場を押さえると宣言した。
シンジとそっくりな反応に、アスカは苦笑する。

「でも、アタシ達のせいで誰が結婚式を挙げられなくなるのは気まずいので、強引な事はしないで下さい」

暴走しそうなゲンドウにアスカが釘を刺すと、ゲンドウはうなずいた。
そして、アスカはシンジと電話を代わった。
ゲンドウとの電話を終えたシンジに、アスカは冷やかすような笑みを浮かべて話し掛ける。

「司令はアンタを子供として愛していたのね」
「多分、アスカもだよ。男親は女の子が可愛いって言うし」
「そう? でも、アタシは甘えるつもりは無いけどね」
「はは、僕だって父さんとアスカがベタベタして居たら複雑な気分になるよ」

ゲンドウとアスカが和解すると、シンジとアスカは重荷が下りたようにすがすがしい気持ちになった。
そして、その日の夜も更けた頃、寝巻に着替えたアスカは顔を赤くしてシンジの服の袖を引っ張る。

「ねえ、アタシ達も勇気を出して次のステップに進むべきだと思わない?」
「そうだね」

アスカの言葉にシンジはうなずいて寝室へと入って行った。

 

その後、ゲンドウはネルフの大宴会場をシンジとアスカの結婚式の会場にして2人を少し困惑させた。
ネルフの中には多数の監視カメラやセンサーが存在している事は周知の事実だったので、全ての行動がMAGIに記録されるかもしれないと思うと緊張してしまった。
結婚式では2人の馴れ初めとして、エヴァ初号機と弐号機がユニゾン攻撃で使徒を撃破する映像が映し出された。
結婚後の2人の初めての共同作業は、ウェディングケーキとシンジのバースデーケーキが2段重ねになったケーキへの入刀だった。
拍手と共にシンジの誕生日を祝う声とシンジとアスカの結婚を祝う声が式に参加したゲンドウ達から投げ掛けられる。

「おめでとう」
「めでたいな」
「おめでとう」

新郎の席に座ったシンジは隣の新婦の席に座ったアスカと一緒に笑顔で言葉を返す。

「「ありがとう」」

シンジにとって6月6日は1年の内比べ物にならない程嬉しい日となった。



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