空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第二十二話 LAS小説短編 ねえアスカ、ハグしようか?


「ねえアスカ、ハグしようか」
「うん、お願いシンジ」

シンジの申し出をアスカが受諾すると、シンジはアスカの肩をぐっと引き寄せて抱きしめた。
アスカの方がシンジより背が少しだけ高いので、シンジの方がアスカに抱きついたようにも見える。
夜のコンフォート17の葛城家のリビングで抱き合っている二人の姿をそっと影から見つめているのは一人の女性と一匹のペンギン。
家主のミサトとリビングを横切って寝床に戻ろうとしたところを取り押さえられたペンペンだった。
シンジとアスカも薄手のパジャマ姿だったので、お互いの体の感触が密接に感じられた。
目を閉じて二人は相手の暖かな体温、ゆっくりと胸を上下させる息遣い、心臓の脈打つ鼓動などを体中で感じ取ろうとした。
この時のシンジとアスカには言葉は不要だった。
そして静かに抱き合って数分、アスカの心臓の鼓動がシンジの心臓とシンクロしたところでゆっくりと体を離す。

「気分は落ち着いた?」
「ありがと、これで今日もぐっすり眠れそうよ」

アスカはとても爽やかな微笑みをシンジに向けた。
二人が寝る前にハグをするようになったのは、第十五使徒アラエルとの戦いの後からだった。
使徒との戦いで心の中を侵され、さらにレイの乗る零号機に助けられた事でプライドまで激しく傷ついたアスカは、プラグスーツのままネルフの施設のビルの屋上まで駆け上がって行った。
慌てて追いかけたミサトと、続いて屋上までたどり着いたシンジの目に、とんでもない光景が飛び込んで来た。
フェンスを乗り越えて足を外に投げ出した形で座っているアスカの姿だった。

「アスカ、バカな事は止めなさい!」
「ふん、ミサトもシンジもファーストのやつも、みんな大っ嫌い!」

ミサトがいくら呼びかけても、アスカは振りかえらずにミサトやシンジ達への不満を口にして叫ぶばかり。
かなり興奮して今にもアスカは地面に身を投げ出しそうな危険な状態だった。
強引に力で取り押さえようとミサトが近づこうとすると、アスカは腰を浮かせて飛び降りそうなそぶりを見せたために、ミサトは二の足を踏んでいた。
しかし、シンジは決意を固めると、勇気を出してゆっくりとアスカの方へと歩いて行く。

「近づいたら飛び降りるって言っているのが解らないの!? アンタが止めようとしても、多分間に合わないわよ!」
「アスカ、落ち着いて。僕はアスカの話を聞きに来たんだ」

シンジはそう言うと、アスカとフェンス越しに背中合わせに腰を下ろした。
ミサトもシンジについて行こうとしたが、シンジが視線を送ると、黙ってその場に止まった。
アスカはそれからもずっと特にシンジがシンクロ率が一番になってからいかにシンジの事が憎くてたまらなくなったか、シンジに怒りをぶつけ続けた。

「家族ごっこなんて、アンタとミサトの二人でやっていればいいのよ、反吐が出るわ!」

アスカがそう叫んだ時、シンジは後ろに回されていたアスカの右手をそっと手にとって優しく撫で、指を絡めて軽く握った。
そして手を握ったまま、シンジはアスカの事がどれほど好きなのかを三十分位話し続けた。

「ねえアスカ、ハグしようか」
「はぁ? アンタ何を言ってるのよ?」

体をねじって振りかえり、驚いた瞳で見つめてくるアスカに対して、シンジは自分がエヴァに乗るのが嫌になって第三新東京市から逃げ出そうとした時、ミサトによって引き止められた事を話した。

「だから、ハグをすれば僕の気持ちがアスカに伝わると思うんだ。さあ、こっちに来てよアスカ」

シンジの呼びかけからしばらくして、アスカは自分でフェンスを乗り越えて待ち受けていたシンジの胸に飛び込んで行った。
こうして無事に仲直りを果たす事が出来たアスカとシンジ。
ミサトとの3人の家族生活も取り戻す事も出来て、アスカのシンクロ率も安定した。
しかし使徒の攻撃を受けた後遺症からか、アスカは毎晩悪夢にうなされるようになってしまった。
そこでアスカの心を落ち着けるためにシンジがアスカをハグする事になったのだった。

「シンちゃん、今度はお姉さんが大人のキスの仕方を教えてあげようか? アスカとの初キスは大失敗しちゃったんでしょう?」
「そ、そこまで教えてくれなくていいですっ!」
「そうよ、何言っているのよミサト!」

今のシンジとアスカにとっては、ハグで充分に満ち足りていた。
そのうちに自然と次の段階へと進んでいくのだろう。
アスカの言葉を幕開けに。

「ねえシンジ、キスしようか」



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