空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第十三話 2010年 七夕記念LAS短編 一番星に憧れて
<第三新東京市 公園>
「何よシンジ、こんな所まで連れて来て」
「アスカに話したい事があってさ」
学校から二人がコンフォート17にある葛城家に帰宅してしばらく経った後。
シンジはアスカを散歩と言う名目で誘って外に出た。
アスカは終始面白くなさそうな顔でシンジの後ろを付いて行き、二人は公園にたどりついた。
ここはシンジとアスカにとって特別な場所だった。
二人は出会った直後は距離を置いていたのだが、使徒を倒すために協力しなければならなくなった時に、シンジがアスカに歩み寄ったのがこの公園。
それから度々シンジがアスカに大事な話をする時にはこの公園が定番となっていた。
シンジはしばらくの間黙り込んだままだった。
アスカの方もじっとシンジが話すまで待っている事にした。
時刻はちょうど夕暮れ時。
「アスカって、一番星が好きなんだよね? 前にそう話してくれたじゃないか」
「そうね、夜空で一番最初に光る星――たいていは金星の事だけど」
アスカが返事をしてくれた事に安心したシンジはゆっくりと本題を切り出した。
「昨日のシンクロテストでさ、僕が一番になったりしてゴメン」
「何を謝っているのよ」
シンジの言葉を聞いたアスカの顔が険しいものになって行く。
「今度のシンクロテストは、アスカが一番になるようにするから」
「アタシをバカにしてるの!? アタシはアンタのおこぼれで一番になったって、全然嬉しくないから!」
アスカは怒って思いっきりシンジのほおを叩いた。
シンジのほおに赤い手形が刻まれる。
ほおの痛さに崩れ落ちそうになるシンジに背を向けてアスカは公園を出て行こうとする。
そのアスカの腕をシンジはつかんで必死に引き止めた。
「離しなさいよ!」
「離さない、だってこのままアスカに嫌われたらいやだから!」
アスカはシンジの肩を足蹴りにして腕をほどこうとするが、シンジの意志は固く、一筋縄ではいかなかった。
「痛い!」
「お願い、話を聞いてよ!」
いつもより強情なシンジの行動に、アスカの方が折れた。
「わかったわ、話を聞くから手を離しなさいよ……本当に痛いんだから」
「あ……ごめん」
アスカから手を離したシンジは意を決して目をつぶりながら大声で叫ぶ。
「僕がシンクロテストを頑張るようになったのは……アスカを守りたいと思ったからなんだ!」
「バカシンジが、エースパイロットのアタシを守る?」
「僕はアスカの事……好きになってしまったから……」
「ふん、アンタもどうせアタシを外見で判断してるんでしょ、言い寄る男はみんなそう。やっぱりアタシは加持さんみたいな……」
そこまで言ったアスカは、優しくシンジに手を撫でられて言葉を止めた。
「アスカが加持さんを好きでもいい。でも、僕は気がついたんだ。アスカがずいぶんと無理をしている事に」
「アタシは別に……」
「自分の弱い所を隠して見せないような……強がっている気がするんだよ」
アスカはシンジの言葉を聞いて下を向いて黙り込んでしまった。
「アスカは本当はもっとかわいい子じゃないのかなと思ったら、なんかこう……守りたい、好きだって気持ちが強くなって」
「……それじゃあいつものアタシがかわいくないみたいじゃないの」
アスカはそう言ってシンジの手の甲を思いっきりつねった。
「アタシの事、かわいいって言ってくれたのはシンジが初めてだから正直戸惑っているわ」
「突然、変な事を言ってゴメン」
「謝る事はないわ」
顔をあげてアスカは星空を眺めている。
シンジもアスカにならって同じように星空を眺めた。
すでに一番星以外の星もたくさん空に輝いている。
「やっぱり、たくさんの星が輝いているから星空って言うのよね」
「そうだね、一番星一個だけじゃ寂しいよね」
「アタシさ、ドイツではいつも他人に負けないようにしてた。だって、周りのみんなはアタシを見下すような態度を取っていたから」
「アスカは負けず嫌いだからね」
「好きで負けず嫌いになったんじゃない! アタシは一番になる事で対抗していたのよ。でもアタシが上に行けば行くほど、みんなの心は離れて行った」
そこまで話すと、アスカは自分をあざ笑うように天を仰いだ。
「当然よね、今度はアタシが見下す方になっていたんだもの。エヴァのパイロットとしても、シンジやファーストよりも自分が上だって思っていた。最低よね」
「アスカ、どっちがエースパイロットだなんて関係無いと思うよ。あの分裂する使徒だって、二人で力を合わせて倒したんだからさ」
シンジの言葉を聞いて、アスカはゆっくりと頷いた。
「うん、アタシは別にもうエースパイロットじゃ無くてもいいのよ。シンジとファーストと一緒に使徒を倒せれば」
アスカがシンジに向かって微笑むと、シンジも安心して嬉しさに充ちあふれた笑顔になる。
「アタシもね、弐号機がマグマの底に沈みそうになった時、シンジが助けてくれた事とか思いだしたの。あの時のお礼をあらためて言わせてもらうわ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
アスカに見つめられたシンジは顔が真っ赤になった。
そんなシンジの顔を見て、アスカはからかうような表情になる。
「ま、一番の座を奪われた時は初号機をプログナイフで刺してやろうと思ったりしたけどね」
「それは怖いよ」
「でも、アタシはまだ加持さんを一番の男性だと思っているけどね」
「それでも構わないよ、僕がアスカを好きだって事に変わりはないし」
アスカはシンジの手をつかんでコンフォート17への帰り道を歩いて行く。
「あーあ、お腹がすいちゃったわ。早く家に帰って夕ご飯作ってよ……って何泣いているのよシンジ?」
「アスカに嫌われないで本当によかった……」
「情けないわね、そんな事でメソメソして……」
口ではそう言ってもアスカは嬉しそうな表情を浮かべて持っていたハンカチでシンジの涙をそっと拭った。
その後コンフォート17に戻ったアスカとシンジは、一部始終をのぞいていたミサトとペンペンにからかわれ続けた。