空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第八話 2010年 4月1日記念LAS短編 4月バカシンジ


きっかけは、友達との悪ふざけだった。
アタシはクラスメートのヨウコとアオイと一緒に、今年の4月1日はどんなウソをつこうか企んでいた。
小さいウソじゃ物足りない、もっとみんなで笑えるような事をしたい。
テレビでバラエティ番組を見たというヨウコは、アタシにその番組と同じような事をしてはどうかと提案してきた。
それは、うぶな男性に突然女性の方から好きだと告白する事。
アタシもその番組を見て笑っていたから、罪悪感も薄れていたのかもしれない。
真面目なヒカリは、そんな誰かを傷つけるようなウソはいけないと怒っていた。
でも、アタシはヒカリの忠告を振り切って実行してしまった。
今でも反省はしている、でも後悔はしていない。
だって……。



アタシはヨウコとアオイと相談して、獲物となるターゲットを教室の中で物色し始めた。
いつも、騒がしくヒカリと大喧嘩している鈴原。
その友達で軍事マニアで何を考えているか分からない相田。
特にアタシ達の目を引いたのは、教室の隅の自分の席で暗い顔をしててうつ伏せに顔を伏せている碇だった。
陰気なオーラを常に漂わせ、下を向いて一人で孤立しているところしか見た事が無い。
必要なこと以外はクラスの誰とも喋らず、もちろん友達も居ない、いつも厄介事を押し付けられている存在。
この碇をからかったら、どんなに面白いかとアタシ達3人の間で意見が一致した。

「いってらっしゃい、アスカ」
「GO! GO! アスカ」

アタシは悪友2人の声援を背に受けて、碇の席へと向かった。
アタシが近づいても、碇のやつは顔を机に伏せたまま、ピクリとも動かない。

「起きなさいよ」

アタシは碇にそう声をかけたけど、碇のやつはじっと動こうとしない。

「ちょっと、何無視しているのよ!」

声を荒げてアタシがそう言うと、碇はやっと起き上がってアタシの顔をぼう然と見つめる。

「え? 僕を呼んだの?」
「そうよ、アンタに声をかけたのよ」

アタシが腰に手を当てて、そう言うと、碇のやつは驚いて目を丸くする。

「ええっ!? 惣流さんが僕に!?」

叫ぶ碇の表情は、これまで見た事が無かった。
コイツ、人並みに感情表現が出来るじゃないの。
でも、碇はすぐにいつもの陰気な表情に戻ってポツリと呟く。

「……何か用? 用が無ければ、僕に声をかけるはずないよね」

うわ、本当に暗いやつね。
ただ、ここで話を止めたら何も面白くないと思ったアタシはもう少し積極的に話す事にした。

「そんなこと無いわよ。アタシ……前からアンタと話したいと思っていたんだけど、なかなか声をかける事ができなかったのよ」

伏し目がちに恥ずかしそうにそう言うアタシの姿を、碇はじっと見つめている。
ふふ、アタシの演技にすっかり騙されている。
成功を確信したアタシは後ろ手で、ヨウコとアオイに向かってピースサインを送った。
もちろん、2人も声を押さえて笑っている。
しかし、次に碇の口から出た言葉にアタシは耳を疑った。

「僕も、ずっと惣流さんと話したかったんだ……」
「ええっ!?」

アタシが驚きの声を上げて、碇の方を向くと、碇はボソボソと話し始める。

「小さい頃から僕の隣の家に、とってもかわいい女の子が住んでいるって知ってたけど……僕は自分の部屋の窓から、惣流さんの姿をそっと眺めることしかできなかったんだ……」

アタシは碇に言われて、やっとお互いの家が隣同士だって事に気がついた。

「惣流さんは明るくて、いつもたくさんの友達に囲まれていて、僕の憧れだったんだ」

いきなりべた褒めされて、アタシも気恥かしさで顔が火照って行くのを感じた。

「僕も惣流さんみたいになりたいって、幼稚園でも、小学校でも、ずっと姿を目で追ってた。どんな時も、惣流さんは輝いて見えたんだ」

硬直して黙っているアタシに向かって、碇はアタシがさらに恥ずかしくなる事を言い続けた。

「ア、アタシはそんなに……」

真っ直ぐに向けられた称賛の言葉に、アタシはそれ以上何も言えず、自分の席に戻った。
その後の授業中もアタシは落ち着かない気分だった。
胸を押さえてチラチラと碇を盗み見するアタシの姿に、ヨウコとアオイは驚いている様子だった。
そりゃそうだ、もしかして一番戸惑っているのはアタシ自身かもしれない。
なんで、あんな陰気な碇なんかにときめかなきゃならないのよ。
放課後、帰る時になってアタシはまた碇に声をかける。

「一緒に帰らない?」

アタシのこの言葉に、碇だけでなく、周りのクラスメイト達も驚いた様子になる。
これは、当初の計画通り。
エイプリルフールのウソの仕上げなのよ、後で盛大に嘘だと言って大笑いしてやるわけ。
でも、アタシは碇を騙しているのか、自分の心をを騙しているのか分からなくなっていた。
いままで、アタシの事を美人だとか成績優秀だとかそう言う事で誉められたことはあるけど、アタシ自身の性格で褒められた事はあまりなかったからだ。
碇は困惑気味にアタシを見上げて答える。

「……僕なんかと帰っても面白くないよ。たいしたこと喋れないし」

どこまでも暗くて内罰的な碇に、アタシは腹が立ってきた。

「いつまで下向いているのよ、顔を上げなさいよ! 前を見て歩きなさい!」

アタシに怒鳴られた碇は怖がりながらも顔を上げた。

「うん……」
「ね、いつもと違うでしょ?」

アタシがそう話しかけると、碇の表情は少しだけ明るくなった。
相変わらず固い顔だったけど、アタシの嫌な陰気な顔じゃ無くなったみたい。
帰り道、アタシは碇と並んで歩きながら話している。

「アンタさ、何か得意なこととかないの? 誰でも一つくらい取り柄があるっていうじゃない」
「……そんな、僕は勉強もあまりできないし、人を喜ばせるような面白い話もできないし」

そう言って碇はまた自信をなくしたように俯いてしまった。
アタシはなんとか碇にその顔を止めさせようと話しかける。

「別に、好きな事で続けている事でもいいのよ」
「続けている事と言えば、チェロかな」

碇が呟いた言葉に、アタシは手を打って反応した。

「それよ! 今日これからアンタの家に行って、チェロを聞かせてもらうわ!」
「ええっ!?」

アタシは自分の家に戻ると、すぐに着替えて隣の碇の家へ向かった。
呼び鈴を鳴らすと、碇が慌てて玄関のドアを開ける。
碇の家に入ったアタシは、質素なリビングやダイニングキッチンの様子を見て違和感を感じた。
この家には女っ気が無いように感じたからだ。

「アンタ、もしかしてパパと2人で……?」
「うん、母さんは小さい頃、病気で死んじゃったんだ」

碇の話を聞いたとき、アタシは碇がなぜ今まで陰気な性格だったのか少しわかった気がした。

「アタシも、小さい頃、パパが家を出て行っちゃったんだ」

なぜ碇にこんな話をしてしまったのか分からない。
多分、アタシと碇は似た存在で、たまたま逆の生き方を選んだだけなんだろうと思ったからなのか。
アタシはママを悲しませないように時には空元気で明るく過ごしていた。

「じゃあ、惣流さんも知っているような曲を弾こうかな」

碇が弾いた曲は無伴奏チェロ組曲と言うアタシもどこかで聞いたような曲だった。
アタシが笑顔で拍手をすると、碇は気を良くしたのか、さらに難しい曲もアタシの前で披露した。

「やるじゃない、立派なもんよ」
「伯父さんに言われて始めたんだけどね、誰も止めろって言わなかったから」
「継続は力なりよ! アンタのチェロは凄い、アタシ感動しちゃった!」

アタシがそう褒めると、碇は今までアタシが見た事の無いような明るい笑顔を浮かべた。

「今まで、誰も褒めてくれる人が居なかったから、嬉しいよ」

その後、アタシは碇に夕食までご馳走になってしまった。

「このハンバーグ、ママが作ったのよりおいしい!」
「そんなあ、大げさだよ」

アタシに褒められた碇は照れ臭そうな顔をしてたけど、とっても嬉しそうだった。
すっかり碇の家に長居してしまったアタシは碇のパパに会ったんだけど、とっても厳しそうな人だった。
でも、ぎこちない表情で、「よかったな、シンジ」って声をかけていたところを見ると、厳しいだけじゃ無くて、ただ不器用なんだと思った。
やっぱりこのパパじゃあ、褒められるって感じがしないのかな、と苦笑したけど。

「惣流さんのおかげで、僕も笑えるって気がついたよ……ありがとう」

そう言って穏やかに明るい笑顔を見せるようになった碇に、アタシもお願いをする。

「アタシも、今までママにさえ自分の弱さを見せられなくて、寂しかったの。……アンタにだけは、アタシの涙を見せていい?」
「……うん、僕で役に立てるのなら」

アタシは嬉しさのあまり碇の胸に飛び込んでしまい、この日から突然アタシ達は恋人同士になった。



そして次の日。
手を繋いで登校してきたアタシとシンジを見て、ヨウコやアオイ、ヒカリを始め、クラスメイト達は騒然となった。

「アスカ、4月1日はもう終わったのよ?」

そう言って困惑するヨウコ達にアタシは堂々とのろけ話を切り出した。

「アタシはね、シンジの魅力に気がついてあげられたのよ。シンジってば、チェロを弾く時の姿はかっこいいんだから! ハンバーグを作るのも上手いのよ」

そして、アタシはシンジとお揃いのお弁当箱を取り出して見せつけるように突き出す。

「今日も早起きして、一緒にお弁当を作って来たんだから!」
「「ええーっ!?」」

ヨウコとアオイが大声を上げた。
シンジは照れ臭そうに「アスカ、恥ずかしいよ」と頭をかいて苦笑している。

「碇君って、そんな人だったの?」

ヨウコが物欲しそうにシンジの方を見ている。
アタシはシンジの肩に幸せそうに抱きついて宣言する。

「もう、シンジはアタシのものなんだからね! アンタ達には渡さないわよ!」

アタシはたまにシンジをバカシンジと呼ぶ事がある。
アタシのウソに騙されて自分から告白してしまうなんて、シンジは本当に大バカだ。
でも、アタシもバカなウソをついたのは認めるけどね!
シンジが本当の事を知ったらがっかりするだろうから、このウソはお墓まで持って行くつもりよ。


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