空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第七話 平成22年2月22日記念LAS短編 恋はバランス


碇シンジと惣流アスカは共に第三新東京市の第壱高等学校に通う高校一年生。
二人の家は隣同士。
地価高騰の割を食ったのか元は一つの土地であった場所を半分ずつ碇家と惣流家が購入した。
そのそうな事情から家の建物同士の距離はとても近く、双方の家族同士の関係もかなり親密になっていた。
お互いの部屋のベランダが繋がっているほど密着しているシンジとアスカの間柄が幼馴染と言う関係になるのには問題が無かった。
さらに去年の中学三年生の夏休みに二人は恋人同士という称号に昇格したのだ。
互いの家族はもちろん、友人や教師といった周囲の人々もこのカップルの誕生を祝福し微笑ましく見守っていたのだ。
しかし、二人が無事同じ高校の入学試験に合格し入学を果たしてから半年後。
アスカは校庭の隅にシンジを呼び出し、別れ話を切り出したのだった。

「アタシ、今度渚のやつと付き合うことにしたから。アンタとの関係も解消させてもらうわ」
「え、どういうこと?」

シンジは突然のアスカの宣告に頭が真っ白になって間抜けな返事しか返すことができなかった。
アスカはぼう然とした表情のシンジを悲しそうな目で見つめた後、目に力を入れシンジをにらみつけるように話し始める。

「アタシと渚のデートを邪魔されても困るから、明日からアタシとアンタは幼馴染でもなんでもないただの顔見知り。いいわねっ!」

本気でアスカが別れる気だと理解したシンジは、慌ててアスカの腕にしがみつく。

「僕、アスカに何か嫌われるようなことをした? 昨日のデートのときだって、そのティアラを買ってあげたら喜んでいたじゃないか!」

そう言われたアスカは、頭に付けたティアラを触りながら不満そうにシンジに鋭い視線を向ける。

「アタシが本当に欲しかったのはこれじゃないのよ……」

アスカが冷たい声でそう言い放つと、シンジは涙を浮かべて俯いてしまう。

「冷たいね。アスカは僕のすることならなんでも喜んでくれたのに……変わってしまったんだね」

シンジはそう吐き捨てると、腕で零れる涙を拭きながらアスカに背を向けた。
そしてアスカの方を振り返ること無く、手で顔を覆いながら走り去って行った。
その後ろ姿はだんだんと小さくなって行く……。
シンジの姿がすっかり見えなくなった後、ぽつりとアスカは呟いた。

「変わってしまったのはアンタの方よ、シンジ……」

アスカも教室に戻ってカバンを取りに行って家に帰ろうと校舎の方向を振り返ると、アスカの行く手に怒った顔をした綾波レイが立ちふさがっていた。

「ねえアスカ、シンちゃんと別れるってどういうこと!?」

レイはシンジの従兄妹で、シンジの事をシンちゃんと呼んでいた。
シンジの後を追って入学したのか、同じ高校に居る。

「……レイ、盗み聞きは良くないわね」

アスカがそう言ってレイをなじっても、レイの眉はピクリとも動かない。

「アスカが相手だから私はシンちゃんの事を諦めたのに、そんなのってないよ!」

レイに噛みつかれそうなぐらいにらまれたアスカは暗い瞳でレイを見つめると、ポツリと言葉をもらす。

「じゃあ、シンジはレイにあげるわ」
「バカっ!」

そう叫んでレイはアスカに平手打ちをした。
アスカのほおが真っ赤に腫れあげる。
しかし、アスカの手は赤くなったほおよりも胸を抑えている。

「アタシはもうシンジとは別の道を歩きだしてしまったのよ……後悔をしていないと言ったら嘘になるけど、進まずにいる方がよっぽど後悔すると思う」

顔を苦痛にゆがめたアスカがやっとのことで言葉を紡ぎ出すと、レイはその言葉の意味が理解できたのか口を固く結んでアスカの元から立ち去った。



アスカが教室に戻ると、すっかり人気が無くなった教室で渚カヲルが待っていた。
今日告白したばかりなのだが、待っていてくれたのだろう。
カヲルは今までたくさんの女性を虜にしてきたアルカイックスマイルを浮かべてアスカに話しかける。

「シンジ君との話は終わったのかい?」

アスカはカヲルのスマイルに対して反応を示さずに冷静に答える。

「ええ、多分アンタに迷惑をかける事は無いと思うわ」

カヲルは少々残念そうな表情になって溜息を吐く。

「……僕はシンジ君の代わりになることはできないよ」

その言葉にアスカは辛そうな顔で首を横に振る。

「いいの。シンジと同じような人と付き合って、また後悔したくないから」
「そうか、安心したよ」

カヲルはアスカと腕を組もうと手を伸ばす。
しかし、アスカは反射的に避けようとしてバランスを崩し、カヲルがアスカを押し倒す形で倒れこんでしまった。
カヲルは上半身だけなんとかアスカから引き離すと、そのままの体勢でアスカに話しかける。

「一時的接触を避けるんだね君は。恋人同士では普通の事じゃないのかい?」

アスカはカヲルの顔を直視できずに伏せたまま謝ろうとする。

「そ、そうね。慣れていないからごめんなさい」

その言葉を耳にしたカヲルは少し苛立った表情になる。

「……シンジ君とはもう何年も手を繋いでいたのに?」
「アイツの事はもう言わないで」

そこへ教室に近づいて来る足音が聞こえてきた。
その足音の主は勢い良く、閉まっていた教室のドアを開ける。

「忘れ物、忘れ物っと」

そして、カヲルがアスカを押し倒していると言う体勢を見て驚きの声をあげる。

「うわっ!? 渚と惣流だと!?」

鼻歌交じりで入ってきたケンスケはそう叫んで全速力で立ち去った。
カヲルは少し困った顔をして完全にアスカから離れて立ち上がる。

「これで明日からきっと僕と君は恋人同士だって噂が流れるね」
「なら、手ぐらい繋がないとまずいわね」

アスカは恐る恐るカヲルの手を握った。
だが体の震えは隠すことができない。
それはアスカからカヲルにまで伝わってきた。
首を振ってカヲルはアスカの手を振り払い、アスカに微笑みかける。

「いやなら無理しないでいいんだよ」
「……ごめん」

カヲルに沈んだ様子で謝った後、アスカは取り繕うかのような愛想笑いを浮かべてカヲルに話しかける。

「じゃあ今日はアタシの家でアンタに料理をごちそうするわ」

アスカの言葉にカヲルは笑顔になって承諾する。

「……それはいいね。好意に値するよ」

一方その頃、アスカから別れの言葉を告げられたシンジは、一目散に自分の部屋に戻り、制服のまますすり泣いていた。
泣きはらしたシンジの姿に驚いたユイは、部屋で泣いているシンジのことを思い、大きなため息をつく。

「まさか、あんなに仲の良かったシンジとアスカちゃんがこんなことになるなんて……」

そういえば、今朝いつものようにシンジを起こしに来たアスカの表情が何かを思いつめたかのように固かったことをユイは思い出した。
さらに、アスカの頭に付けられていたものが高価そうなティアラだったことに気がついて、ユイは息を飲んだ。
そして、ポツリと呟く。

「まさか……」

青い顔をして落ち込んでいるユイの耳にチャイムの音が届く。
玄関には険しい表情を浮かべたレイが立っていた。

「あら、レイちゃん……。家にまで来るなんて珍しいわね」
「シンちゃん、帰ってきてます!?」

鬼気迫るレイの雰囲気にユイもただ事ではないと感じた。
レイとユイの二人は盛大な足音を立ててシンジの部屋に入る。
やっと涙が枯れ果てたのか、シンジは疲れた様子でベッドに倒れ込んでいた。

「シンちゃん……。いったいアスカと何があったの?」

レイがそう話しかけるとシンジはうつ伏せになった体勢のまま顔を向けようともせずに投げやりな様子で答える。

「別に何も無いよ……。アスカが一方的に僕のことを嫌いになったんだろ……」
「そんなはずない、アスカが何の理由も無くシンちゃんを嫌いになるなんてありえない!」

レイは鋭い声でシンジの言葉を即座に否定した。
ユイはシンジの机の引き出しの中から白い紙の端がはみ出ているのに気がついた。
かなり慌ててしまおうとしたようだ。

「あら? これは何かしら」

ユイが引き出しを開けると、消費者金融のチラシと同時に借用書が出てきた。
チラシには『いつもニコニコ、ゼロゼローン、1ヶ月以内に返済すれば金利ゼロ円』と書かれている。
借用書にはシンジが5万円を借りた事が書かれている。
その借用書を目にしたユイは貧血でも起こしたかのようにへたり込んだ。
レイがチラシと借用書を見ると、ワナワナと震えだす。

「どういうことか説明してもらおうか、シンちゃん!」

胸倉をつかまれたシンジはガタガタ震えながら昨日のアスカとのデートでの顛末を話し始めた。
昨日のデートでアスカが宝石店をのショーウィンドウを見て、いつかこんなティアラを付けてみたいとポツリと呟いたらしい。
それを聞いたシンジは電柱に貼ってあった消費者金融のチラシを見て、デートの後にすぐに5万を借りたのだ。

「足りなかったのは3千円だったけど、借り入れは5万からだって言われたし、貯金と来月のお小遣いを合わせれば、5万ぐらい直ぐに返せるかなって思って……」
「あのねえ……」

レイはこめかみを押さえながら怒りを抑えている様子だった。

「シンちゃんは確か、自分のチェロを買うためにお金を貯めていたんでしょう!? なんでいきなりそんな高いプレゼントをしちゃうのよ!」
「だってさ……。アスカの頼みは何でも聞きたいと思うし……」

シンジの呟きを聞いて、レイは自分の予感が当たっていたことを確信する。

「シンちゃんさ、高校に入ってからずっとアスカの顔色ばかりうかがってビクビクしてたよね?」

図星を突かれたのか、シンジはギクリと肩を震わせた。

「アスカ、もてるもんね。中学時代の知り合いは、シンちゃんが彼氏ってこと知っているけど、高校から一緒になった人たちはそんなこと知らずに、アスカにアタック掛けてくるよね。特に渚君とか」
「僕は渚君みたいにカッコ良くないし、運動もできないし、頭も良くないし……。自信が無かったんだ……」

シンジの独白を聞いてレイとユイは溜息をつく。

「シンジ。だからと言ってアスカちゃんの言うことを何でもかんでも聞くのはやり過ぎよ」
「そうだよ、シンちゃん。大丈夫、シンちゃんはきっと渚君に勝てるわ」

心強いレイの言葉にシンジは思わず疑問をもらす。

「……どうして?」
「だって私は渚君と同じクラスだから知っているけど、楽器の演奏がとっても下手だもの」

「はぁ!?」

レイの言葉にシンジは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
一方その頃、アスカの家の食卓では、カヲルが席に座ってアスカの料理の出来上がりを待っていた。
キョウコは料理を作るアスカとアルカイックスマイルを浮かべて待っているカヲルを見て溜息をつく。
シンジを自分の息子のように可愛がっていたキョウコはカヲルのことをどうも好きにはなれなかった。

「アスカ、ハチミツを入れ忘れているわ」
「ありがとう、ママ」

アスカはキョウコに指摘されると、習慣のようにハチミツを鍋の中に入れる。
どうやら料理はカレーのようだ。
アスカは3人分のカレーを作ると、カヲルの前、自分の席、キョウコの席へと並べていった。
カヲルはカレーを一口食べると、顔をしかめた。

「どう? ちょっと甘すぎた?」

アスカがそう聞いて、カヲルが否定しようとする直前に、キョウコは爆弾を放り込む。

「ごめんなさいね、アスカちゃんの料理は完全にシンジ君専用になっているものだから」

リビングの空気が凍りつき、音を立てて崩れて行くような感覚をアスカは感じた。

「そうですね。惣流さんのシンジ君への愛は僕にとって重すぎたようです」

そう言ってカヲルは勢い良く席を立ちあがって、玄関から惣流を立ち去って行った。

「ママっ! なんてこと言うのよ! 待ってよ、渚!」

アスカの言葉を背に、逃げるように走っていたカヲルは前を見ずに駆けようとしたところ、同じように辛そうに顔を伏せて駆けだしてきたレイと思いっきりぶつかった。

「痛っ〜!!」
「ごめん……大丈夫だったかい?」
「ええ」

転んだレイは顔を赤くして差し出されたカヲルの手を取った。



カヲルとレイが惣流家の前から立ち去った後、レイとユイの説得を受けたシンジがアスカに謝りに惣流家を訪れていた。

「ごめんアスカ。僕はアスカのことを信じてあげられなかったのが悪いんだ。アスカはずっと僕のことだけを見ていてくれていたのに」
「分かってくれればいいのよ。アタシも、シンジが自分のことを信じてくれていないかと不安だった……。あの時アタシが口に出したティアラをすぐに買ってきたシンジを見て怖くなったのよ……」

玄関でお互いに見つめ合うシンジとアスカの後ろで、安心したようにキョウコがパンパンと手を叩く。

「さあさあ、シンジ君も夕食がまだでしょう? アスカが作ったカレーがあるわよ。ハチミツがたっぷり入った甘口のカレーよ」
「ありがとうございます」

シンジは少年のような笑顔になって、惣流家のリビングへと飛び込んだ。
アスカがカレーに入れるハチミツの量は、8年間のアスカとシンジの幼馴染の賜物なのだ。
シンジは笑顔でアスカと一緒にカレーを食べていたが、アスカの頭に変化が起きている事に気がついた。

「あ、またそのリボン、付けてくれたんだ」
「やっぱりアタシはシンジが幼稚園の頃にくれたこのリボンが落ち着くのよ」

アスカが自信満々にそう言い切ると、シンジはホッとした表情を見せた。

「シンジ君。あのティアラは二人の結婚式に使うことになったから、安心していいわよ」

サラッとしたキョウコの言葉に、アスカとシンジは食事をのどに詰まらせそうになった。
二人とも顔を赤くしてチラチラと隣に座るお互いの顔を見て温かい気持ちになるのだった。



『おまけ』

ゲンドウはシンジが借りてしまったお金の決着を付けるため、消費者金融『ゼロゼーン』へ足を運んでいた。

「5万だ。これで息子の借金は完済だな」

ゲンドウにそう言われた金融会社の社長は高そうな皮の椅子に腰かけながらゲンドウに答える。

「入会金10万と、脱会金10万がかかると、ここに1ミリの文字で書いてありますが?」

するとゲンドウはポケットから色つきサングラスを取り出して掛ける。

「何か、問題があるのか?」

そして、ドスの効いた低い声でもう一度社長に聞き返した。

「も、問題ありません……」
「兄貴ぃ!」
「しっかりしてくだせえ!」

取り巻きの人相の悪いの社員達も社長と一緒に怯えだした。

「では、帰らせてもらうぞ」

ゲンドウは悠然と入口から消費者金融のあるビルを立ち去って行った。
ビルから出たゲンドウはサングラスを外すと、ホッとして息を吐きだす。

「とっても緊張しちゃった……。ユイもひどいよなあ、こんな役目を僕に押し付けて……」

碇ゲンドウ48歳。
その素顔はネルフ幼稚園の雇われ園長先生だった。
金融会社の社員に潜入捜査中の加持刑事は、後に同僚の葛城刑事にこう漏らす。

「どこぞの組長かと思ったら園長だったよ……時代は変わったよな」
「私は応援するわよ、だってその方が面白いじゃない」

話を聞いた葛城刑事は楽しそうに笑うのだった。


※この作品は2009年11月26日に作成した中編予定の作品の第一話を短編用に作り変えた話です。本当は、アスカとシンジの理想的な愛の形を指し示すシリアスなストーリーで終わる予定だったのですが、ゲンドウに可愛いセリフを言わせたいために消費者金融の話を追加してしまいました。
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