政治とインターネット―耐震強度偽装問題での教訓―
◎大西健介(衆議院議員馬淵澄夫 政策担当秘書)
メール騒動の黒幕にされる
以下は、私自身が体験したことであるとともに、この「政策空間」がその中で重要な役割を果たしていることから、この誌面に記しておきたいと思う。
2006年2月28日、ネット上に「衝撃スクープ!!偽造メール騒動の黒幕民主党・馬淵澄夫の政策担当秘書の正体」の文字が躍った。
永田議員が予算委員会での質問を行ったのが2月16日。2月28日は、永田議員が退院し記者会見を行った日であり、まさにメール問題の渦中のことである。
無論、事実無根であり身に覚えもなく、これを知ったときは本当に驚いた。ほどなく、コピー&ペーストの形でネット上を瞬く間に駈け抜けた情報の源が「サイバッチ!」というメールマガジンであることが分かった。「サイバッチ」は、必ずしも根拠の明確でないいわゆる「危ない」情報を書きまくることで人気を博しているアングラ系メールマガジンである。
「サイバッチ!」の記事の要点は、@永田議員に偽メールを提供したとされる西澤孝が社長を務める会社の役員で、会員制情報誌『デュモン』の編集長である佐藤晶は、衆議院議員馬淵澄夫の政策秘書である大西と同じ1971年生まれの京大の同級生であり学生時代からの付き合いである。佐藤は大西を通じて民主党人脈を築き偽メールが持ち込まれた。A耐震強度偽装問題で注目を浴びた「きっこ」を裏で操っているのは大西であるというものだ。
佐藤と大西が同じ1971年生まれで、ともに京都大学卒であることは事実であるが、この記事を書いた者は、それをこの「政策空間」で知ったらしいのである。「佐藤晶」、「大西健介」を検索エンジンで検索するとともに「政策空間」がヒットする。2人は「政策空間」に記事を投稿しており、略歴には1971年生まれ、京都大学卒と書かれているという訳である。
うわさやデマについては様々な学問的な研究が行われており、理論をよく知らない私が安易に論ずべきではないかもしれないが、この話はデマとしての条件を上手く兼ね備えたものだったと言える。
第一に、うわさやデマが多くの人に受け入れられるのは、そこに情報ニーズがあるからであり、さらにニーズに応える信頼できる情報源からの情報の供給が滞っているからである。その意味でデマが流されたタイミングは、偽メール問題への世間の注目が最高潮に達する一方で当事者である永田議員から真相が明らかにされる直前という情報に飢えていた時期に当たる。
第二に、うわさやデマは、「もっともらしく」ありながら、それでいて「思いがけない」ものでなければならないという点である。
「もっともらしさ」という点で、このデマはいくつかの事実をつなぎ合わせて作られている。まず、私と佐藤が同じ1971年生まれであり、ともに京都大学卒業である点。次に、私のボスである馬淵澄夫代議士が「デュモン」の取材を受けていた点である。しかし、私は取材で事務所に来た際に佐藤と初めて会ったのであり、取材も民主党の若手議員の特集ということで依頼があり偶然受けたに過ぎない。さらに、私が「きっこ」との間でメールのやり取りをしたことも事実であるが、私は「きっこ」の正体は知らない。
「思いがけない」という点では、民主党を窮地に陥れたメール問題と耐震強度偽装問題を通して脚光を浴びたきっこと馬淵代議士を結びつけることで、「実は2つの事件はこんなところでつながっていたのだ!」という陰謀の匂いを加えているところである。
インターネット上の掲示板サイト「2ちゃんねる」には、ご丁寧に関係者の相関図まで掲載されていて、これを見ると「なるほど、よく考えたものだ!」と感心してしまうほどである。
デマは消せない
私は、事実と反する内容に放置しておくわけにも行かないと思い、3月3日、正面からメールマガジンの編集・発行人宛に記事の訂正・削除等の措置を求める内容の簡潔なメールを送った。
ところが、この対応の結果は私にとっては思いがけないものだった。3月5日、「サイバッチ!」は「馬淵議員秘書・大西健介氏より抗議」というタイトルで新たなメールマガジンを配信し、その中にはなんと私のメールアドレス等のヘッダー情報も含めた私から編集・発行人に宛てたメールがそのままの形で貼り付けられていたのだ。
しかも、内容を読むと次のように書いてある。「正直に言います。前号も書き飛ばしました。またまたまた、誤報である可能性は否めません。」
つまり、誤報の可能性を認めているのであり、彼らは、元からそんなことはどうでもよいことで、むしろ抗議が来て話題になることを望んでいる節さえあり、このような悪意の相手に対しては無視するのが得策であることを思い知った。
しかし、一旦ネット上に流れてしまった情報は、コピー&ペーストの形で拡散して行き、たとえ情報源を削除したとしても手遅れであるということもよく分かった。
私は、多くのマスコミからの問い合わせに追われることとなり、一つ一つ事実を説明し丁寧に対応することでやがて噂はしぼんでいったが、ネット情報での情報伝達の恐さを身をもって体験した出来事だった。
「きっこの日記」
実は、私が巻き込まれたこの騒動には一つの複線がある。それは、「サイバッチ!」と「きっこ」の間の争いである。
「きっこの日記」というサイトをご存知だろうか。「30代前半、独身、高卒のヘアメーク」を自称する「きっこ」がレンタル日記サイト「さるさる日記」に掲載している日記である。「きっこ」がこよなく愛する歌手グループMAXをはじめとする芸能界の話題とともに政財界の裏情報が掲載されることで注目を集め、1日8万アクセスを超える超人気サイトとなっている。
耐震強度偽装問題では、国交省が公表した2日後の昨年11月19日を皮切りに、早くも23日には「本当の黒幕は?」と題して、内河健・総合経営研究所所長の存在を指摘するなど、マスコミの先を行くその情報量の豊富さで一躍脚光を浴びることとなった。
馬淵代議士と私は、当初から「きっこの日記」に注目し、私がメールでの情報交換を行ってきた。
一方で、「きっこの日記」が注目を集めるにつれ、「きっこ」の正体についての関心も高まり、様々な憶測が流れた。ほぼ毎日の更新で平均5,000字という文字量から「一人の人間が書いているのではなく複数のフリージャーナリストや政官界の関係者が『チームきっこ』を構成して書いているのではないか。」、「いや本当にヘアメークだけど、それだけでは食えないので姉が経営するクラブに勤めていて、そこに出入りする政官界の関係者がネタ元になっているのだ。」等さまざまなことが言われる中、私も複数の人から「大西さんが『チームきっこ』の一員で『きっこの日記』を書いているのでは」と問われることさえ随分とあった。
そんな中、私のことを後に「メール騒動の黒幕」と名指しした「サイバッチ!」は、2月6日、「“きっこ”の黒幕は“人間の盾”だった!?」。さらに、2月13日には「『チームきっこ』への宣戦布告」という記事を配信し、「きっこ」の正体暴きに躍起になっていたのである。
つまり、「きっこ」叩きの中で、1月末の「きっ子の日記」での「コイズミや安倍晋三は、こんなつまんないことじゃなくて、これからもっと素晴らしいミサイルが炸裂するから、それまでは細々とそのイスにしがみついておいて欲しいと思う今日この頃なのだ(笑)」という記述を根拠にした偽メールの出元が「きっこ」ではないかといううわさとも結びついて、「きっこ=大西=西澤・佐藤グル説」というのが生まれたのではないかと私は推察している。
ちなみに、「きっこ」の正体は未だ不明であり、私はメールを通じたやり取りをしたが、本人には直接会ったこともなければ男か女かも知らない。
「きっこ」の正体を暴くこと自体に意義は感じないが、私自身は、これまでのやり取りを総合して考えると、何か特別な正体が裏にあるとは思っていない。本当にヘアメークかもしれないとさえ思っている。
私は、日記はネット上の情報の寄せ集めから成り立っており、ある時点で「きっこの日記」がその情報量の豊富さと情報の速さで注目を集めるようになり、そうなると今度は、様々な情報が「きっこの日記」に寄せられるようになり、それを巧みにつなぎ合わせたものが「きっこの日記」ではないかと見ている。
実際、耐震強度偽装問題では、馬淵代議士のブログへのアクセスは爆発的に伸びて、我々の元にも種々雑多な情報や告発が寄せられるようになった。
また、その後、党として開設した「耐震強度偽装問題徹底究明サイト」にも多くの情報が寄せられ、ネットを通じた草の根の情報の吸い上げ機能には目を見張るものがあった。
ネットの威力
耐震強度偽装問題での「きっこの日記」の影響力というのは絶大なものがあった。とにかく、どのマスコミもキャッチしていないような情報をいち早く掲載するため、耐震強度偽装問題に関心を持つ者の間で大きな注目を集めた。
耐震強度偽装問題での国会での追及を通して馬淵代議士がマスコミでの注目を集めるようになって以降も全国から寄せられるあまたの情報のかなりの部分を占めていたのが「『きっこの日記』というサイトに耐震強度偽装問題のことが詳しく書かれています。馬淵さん、ぜひ読んで参考にしてください。」というものだったのには閉口するとともに、「きっこの日記」の影響力の大きさにあらためて驚かされた。
それは、耐震強度偽装問題の当事者の一人であるイーホームズの藤田社長が12月18日付で「きっこ」宛に長文のメールを書き自らの主張を「きっこの日記」の読者に向けて発信したことからも明らかである。
そのような中、馬淵澄夫と「きっこの日記」が協調する場面があった。
前述したように私は耐震強度偽装問題では、早い段階からメールを通じて「きっこ」とやりとりをしていたが、昨年末、与党がヒューザー小嶋社長の証人喚問を拒否し、この問題の幕引きを図ろうとする状況の中、「きっこ」より、自らのブログを通して読者に抗議の声を上げることを呼びかけたいが、ついてはどこに向けて抗議するのが効果的かという相談を受けた。
そこで、メディアを通して世論に訴えることが最も効果的であることを提案して行われたのが、メディアに対して証人喚問が必要か否か全国会議員向けのアンケートを行い、結果を公表するよう運動するよう国民に向かってブログを通して呼びかけるという作戦である。
以下、少々長くなるが昨年12月19日の「きっこの日記」の「1年ぶりのテポドン大作戦」の一節をそのまま引用する。
‥‥そんなワケで、最初は、馬淵事務所とのメールのやりとりをそのままアップしようと思ったんだけど、より効果のある方法と言うことで、馬淵議員から「きっこの日記」の読者に対して、直接、メッセージと提案をしてもらうことになった。そして、届いた原稿が、次のものだ。
「きっこの日記」愛読者の馬淵事務所です。
多くの皆様から「きっこの日記を読んで下さい!」というメールが毎日、山のように送られてきています。
さて、みなさんは、先日の証人喚問ですべてが明らかになったとお思いでしょうか?
さらなる、証人喚問等を通じた国会での真相究明が必要だとは思いませんか?
ところが、自民党は、私たちの証人喚問の要求に応じるつもりは毛頭なく、問題の幕引きを図ろうとしています。
3分の2の数の横暴の前には、我々は残念ながら非力です。
国民の皆様の声が頼りです。
ぜひ、声をあげて下さい!
例えば、メディアに次のようなお願いのメールやFAXを出すことも一案です。
その結果、証人喚問すべきという声が多数だと確認されれば行うべきであるし、反対に、誰が証人喚問に消極的かも明らかになるはずです。
担当者 殿、 アンケート調査実施のお願い 謹啓、師走の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 さて、国民の最大関心事の一つである耐震偽装問題に関しましては、先般の国会での証人喚問で問題の一端が明らかになりましたが、まだまだ、真相解明には程遠いと言えます。 しかし、自民党は、証人喚問には応じる様子はなく、この問題に幕引きを図ろうとしています。 そこで、ぜひ全国会議員を対象に次のようなアンケート調査を行って、結果を公表してください。
ご芳名: (所属政党: )
あなたは、更なる証人喚問を通じた国会での真相解明が必要だと思いますか。
「はい」か「いいえ」でお答え下さい。
効果は絶大で、我々のところにも「『きっこの日記』を経由してこのブログに来ました。いまテレビ局宛にメールを送信しました!」という興奮気味のメールが多数寄せられた。「きっこの日記」によれば、「きっこ」の元には日記のアップから24時間でテレビ局にアンケート実施の要請のメールを送りましたという報告のメールだけでも8,000通以上も来たというから驚きである。
そして、21日朝には、TBSの「みのもんたの朝ズバッ!」が国会議員に対する緊急アンケートの実施に動いたのである。
さらには、アンケート実施との因果関係は不明であるが、23日には自民党が証人喚問に応じることを決定したと報じられた。馬淵代議士は、同日の自らのメールマガジンで「皆さんの声が、大増幅して国会に届き、与党に届いたということである。すばらしい!21世紀の、新たな民意を伝える手法として、ここに証明されたのである。ネットと、発信力の相乗効果。これからの世論形成に大きなインパクトを残すことになるだろう。」と興奮気味に記している。
「きっこの日記」との協調については、「公職にある者が正体不明の者がどういう意図かも不明で行っているブログと共同歩調をとるべきではない。」との批判があったことも事実である。しかし、リスクを覚悟した上で敢えて実行することにした。代議士自身、この決断を自らのメールマガジンの中で「前人未踏の荒野」を行くと記してその意気込みを語っている。
ただ、内容的には、証人喚問が必要か否かの意見を国会議員に求めてその結果を公表するよう提案しているだけであって、結果、やはり国民の代表である国会議員の多くがさらなる証人喚問は必要がないと考えているのであれば、次はそれを国民がどう判断するかという問題であり、個人的には行過ぎたものであったとは思っていない。
この一連の動きは、ネットを通して、政治と国民が直接につながりを持ち、世論が政治を動かしたという意味で一つの実験的試みであったと言える。
ネット・コミュニケーションの光と影
本稿で示したかったのは、評価はさておき、私が直接経験した事実である。
私は、耐震偽装問題を通じて、ブログに代表されるネットメディアが政治の分野で大きな威力を発揮することを実感した。それは、一つには、情報を発信するとともに、広範な草の根情報を吸い上げる情報収集ツールとしての可能性である。もう一つは、情報を発信することで世論をリードし、双方向コミュニケーションを利用することで国民運動を先導するツールとなるということである。
反面、匿名性が高く、不特定多数を相手に行うネット・コミュニケーションは、誤解を生じやすく、悪意を持つ者によって情報操作に悪用される危険性をはらんでいることも実感した。
政治の分野でのブログをはじめとするネット・コミュニケーションの活用はまだ緒についたばかりである。今後の議論の中で私の経験したことが一つの議論の材料となれば幸いである。
(関係者の肩書き・名称等は当時のもの)
<参考文献>
・月刊THEMIS 2006.2「『きっこの日記』に見るブログ情報の威力」
・週刊新潮 2006.3.2「脅迫メールも暴力団も出てきた!立花隆、勝谷誠彦、宮嶋茂樹を巻き込む『きっこの日記』大騒動」