原発や放射線関連の話題をブログで触れると面倒なことになるのでこの記事はメルマガに書こうと思ったが、社会的な意義を考えてやっぱりブログに書くことにした。
先日、琉球大学のグループにより、福島第一原子力発電所から飛散した放射性物質の影響によりヤマトシジミというチョウに奇形が生じている、という旨の研究結果が報告された。
チョウの羽や目に異常=被ばくで遺伝子に傷か−琉球大: 時事ドットコム
時事ドットコムのニュース記事にでていた以下の研究者のコメントには激しい違和感を覚えざるをえない。
大瀧准教授は「影響の受けやすさは種により異なるため、他の動物も調べる必要がある。人間はチョウとは全く別で、ずっと強いはずだ」と話した。
人間が昆虫よりも強い??放射線生物学を少しでもかじった人間なら、これはちょっと考えられない。昆虫は人間などほ乳類に比べ、放射線耐性が桁違いに高い*1。これについては、また後ほど論じる。
さて、当該論文を読んで内容を吟味してみよう...と思っていたらすでに多くの人たちが問題点を指摘していた。
このtogetterのまとめを読めば、当該論文のどこが問題になっているかは大体把握できるが、ここでも特に重要と思われる点について今一度まとめてみる。それと同時に、togetterでほとんど触れられなかった、放射線照射実験の問題点について論じてみたい。
・高緯度地域のヤマトシジミには原発事故前から奇形が見られる
著者は論文で、福島第一原発に近い地域に棲んでいるヤマトシジミほど、奇形が多く見られると述べている。
ところが、だ。
そうなのだ。もともと以前から、北方に棲むヤマトシジミには奇形が多いことが分かっていた。そしてそれを調べて発表したのは、他ならぬ今回の責任著者の大瀧准教授たちだったのだ。
今回の論文では、ヤマトシジミの翅などの形質を福島周辺の個体群とそれよりも南に棲む個体群とで比較しており、福島個体群の奇形発生率の高さを根拠に放射線の影響を訴えている。奇形発生率と環境放射線量が相関しているかのように見せるために狙って実験計画を組んだ、確信犯だと言われても仕方のない研究内容である。
それを示す端的なグラフは、以下のようなものだ。なお、グラフは私が簡略化した。
元論文(Hiyama et al. 2012)のグラフ(堀川改)
このグラフでは原発に近づくほど、つまり環境放射線量が上昇するほど奇形個体の割合が多くなることを示している。しかし、これは以下のように、横軸を「原発からの距離」ではなく「緯度」に変更することも可能だ。
著者らは福島よりも北の個体群については検証していない。以前の著者らの論文では青森の個体群について調べ、奇形個体を報告していたにもかかわらず、だ。
そして著者らは奇形の形質が世代を超えて受け継がれることから、放射線の影響によりDNAに変異が入った、ということも主張している。
しかし、実験で使われた各個体群ごとのサンプルサイズがあまりに小さすぎることから統計データの信憑性はイマイチである。そして原発事故が起きる前の2010年に彼らが出した上述の論文「Phenotypic plasticity〜」では、変異が遺伝的に固定されていることをすでに述べている。壮大な釣りを敢行したとしか思えなくなってくる。
・放射線照射実験による再現性について
ここまでの野外個体の調査を見れば、かなり眉唾モノなのだが、なんと著者らは正常なヤマトシジミに低線量の放射線を照射すると奇形が生じたり死亡したりすることを示している。個人的にはこの実験結果に最も大きな衝撃を受けた。
冒頭にも述べたが、昆虫は通常、放射線にめっぽう強い。害虫を不妊にしたり奇形を生じさせるには、数十Gy以上ののガンマ線を照射させるのが普通だ。100Gyでもピンピンしている種類もあるほどだ。ショウジョウバエに変異を起こさせるのも数Gy以上の照射をしなくてはならない。著者らの論文では、放射線照射が昆虫に奇形を生じさせることを報告している他の論文も引用されているが、それらの論文内でも数十Gy以上の線量で照射実験を行っている。*2
しかし、今回の実験では55mGyのガンマ線の外部照射でヤマトシジミの生存率が有意に下がっている。つまり、他の昆虫に比べると放射線感受性が102〜103倍も高いということになる。正直、これは考えにくい。
もしかしたら、シジミチョウの種類は放射線に対する感受性が特別に高いのかもしれない。念のため、シジミチョウ科の種類の放射線感受性に関する文献があるか調べてみたが、残念ながら見つけることができなかった。
ところが論文を眺めていると、実験手法に問題点を発見した。著者らはヤマトシジミの幼虫をガンマ線照射装置の中で最大16日間閉じ込めたまま照射している。その一方で比較対照の非照射区の幼虫は通常の飼育環境で過ごしている。
照射中の個体はプラスチック容器に閉じ込めたままにしていたようだが、このときに餌を与えていたのか、あるいはどのような温度や日照条件に置いたのかについては、論文に一切記述がない。これでは、照射後の個体が死亡したのは、ガンマ線ではなく、照射装置内の他の環境要因の影響である可能性が疑われてしまう。
次のデータはさらに驚くべきものだ。著者らは各地から採取したカタバミの葉を正常なヤマトシジミの幼虫に食べさせ、福島から採取した葉を食べさせた幼虫の死亡率が大きく上昇することを示している。下のdのグラフがそれだ。
ちなみにcのグラフは、先ほどの外部照射実験によるヤマトシジミの生存率低下を示したものである。
これを見ると分かるように、とりわけ飯館から採取した葉を食べさせたヤマトシジミの死亡率が著しく高まっている。
飯館から採取した葉に含まれるセシウム134とセシウム137の放射能は計40000Bq/kgである。仮に幼虫が10gの葉を食べたとすると、およそ3µGy(0.003mGy)の放射線にさらされることになる。これは外部照射実験で用いた放射線量の2万分の1程度の線量である。
しかし上のグラフを見ると分かるように、この内部被曝実験(d)による死亡率は外部照射によるそれ(c)よりも高くなっている。いくら内部被曝による生物学的影響が大きいとはいえ、これほどの線量差を補完するだけのものになりえるとは思えない。
この実験結果の解釈はとても難しいが、もしかしたら野生のカタバミの特定の構成成分量が異なり、それがヤマトシジミの栄養状態に影響を及ぼしたことも考えられる。カタバミ中の特定の物質の定量分析、あるいはメタボローム解析をすること原因を探れるかもしれない。
・最後に
今回のヤマトシジミの奇形に関する研究報告には、以上のように多くの問題点や不明瞭な部分が見られる。この論文での結果や主張をそのまま鵜呑みにしない方が良いだろう。
とはいえ、原発事故によって放出された放射性物質の影響を軽視して良いというわけでは決してない。きちんとデザインされた実験系により、長期にわたる生物の放射線影響をモニタリングすることが肝要だろう。個人的には人体に取込まれやすい放射性ストロンチウムなどの影響を懸念している。
本記事への異論やご意見ご指摘があれば、コメント欄やはてなブックマーク等で喜んでお受けしたい。
【関連記事】
追記1:大瀧准教授の個人的な思想に関わる記述について、本研究内容と無関係であり、これに言及することは不適切という判断から削除しました。