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第一章 盗人猛々しき事、これより他に無く
第6話 「奴隷姫の驚き」
「ん……んんっ……」

 重たい瞼を開く。
 ぼやけた視界の中に何かが規則正しく同じ動きを繰り返していた。
 それが、先程まで触れ合っていた少女である事を思い出し、上半身を起こした。

「ここに入ってからどれくらいの時間が経っているんだ……」

『凡そ丸二日経過しています』

 独り言のように呟いた言葉に指輪は律儀に返答した。

「丸二日か……。
 制御がきかなかったとはいえ、酷いな……」

 九十九(つくも)は自分自身に呆れかえると共に、それに付き合わされた少女に同情した。
 ベッドの上には裸のまま全身を汚した少女が力を失ったように弛緩した状態で眠っている。
 彼女の身体を見やると、至る所に行為の痕が確認出来た。
 そして、彼女の下腹部から溢れ出たものがベッドの上に池を作っていた。

「っ……」

 股ぐらが充血していくのが分かる。
 だが、その欲望を辛うじて抑え付け、九十九は目に毒になりそうな少女の肢体から視線を外すと、寝室を後にした。


◇ ◇ ◇


 バスルームで頭から少女の肢体が離れない九十九はシャワーを浴びながら自らを慰めた。
 そして、出てきた時には自己嫌悪で苦い表情を作りながら誰とも無く呟いた。

「俺の身体はどうなってんるんだ?
 どう考えても普通じゃないぞ……一体何があった?」

 自分の身体の変化を確認し、不安を覚えた。
 それに対して指輪がすかさず解答を提出した。

『恐らく、甲殻熊(クラストベア)を食した事で、身体の機能向上と共に、生殖本能も向上したものと思われます。
 副作用等は御座いませんので安心下さい』

「とんでも無い滋養強壮だな……」

 馬鹿馬鹿しさのあまり頭を掻くと、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出すとペットボトルを一気のみした。

「あの娘も水分とか栄養与えないとな。
 あれだけやったら体力が相当失われているはず」

 九十九は一人納得すると、キッチンへ向かった。


◇ ◇ ◇


「ん……」

 少女……ディアナは優しく肌をなぞる感覚に意識が浮上して行く感覚に身を任せるまま、目を開いた。

「目を覚ましたか」

「っ!!?」

 目の前に現れた男の姿に身をディアナは竦ませた。
 意識を失う前に自分がどのような辱めを受けたかを思い出したからだ。
 だが、弱い自分を見せまいと、直ぐさま表情を切り替え九十九を睨んだ。

「良くも私をッ!!
 お前を殺してやるッ!!」

 痛罵を浴びせかけるが、九十九は平然とそれを受けたまま、ディアナの肌を手に持ったタオルで拭く作業を続けた。

「!?」

「お前には俺を殺せないよ。
 お前は俺の奴隷だからな。今正に抵抗出来ないまま、俺に身体を拭かれているのが良い証拠だ」

「くっ!巫山戯るな……ッケホッ、ケホケホッ!!」

 叫ぼうとしたところで、乾燥していた喉が痛み、咳を漏らした。

「喉が渇いているんだろう……」

 ベッドの横の机の上からペットボトルを差し出した。

「?なんだ?」

 ペットボトルを知らないディアナには中に色の付いた液体が入っている事しか理解出来なかった。

「こうして飲むんだ」

 スポーツドリンクの入ったペットボトルを九十九は一口飲んだ。
 まだ、取り出したばかりで冷たい。

「飲み物など必要無い」

「喉がカラカラなんだろう」

「要らない!!」

 強い拒絶を示す。
 ディアナはこの男がどんな事を言われても抵抗するつもりであった。

「飲め」

 だが、九十九が命令した途端、ディアナの意志に反し、身体はペットボトルから水分を口に注いでいく。
 一口嚥下したところで、ペットボトルから口を離す。

「甘い……、甘酸っぱい味がする。
 これは一体……。
 それに何でこんなに冷たいの……」

 九十九に対する問い掛けというより、独り言のようにそう呟いた。

「全部飲んで良い……」

「…………」

 九十九の言葉には応答せず、ペットボトルの中身を全て飲み干した。
 あれだけ激しい行為だった、身体の水分をかなり失っていて当然だ。
 空になったペットボトルを少女の手から取り、デスクに置いた。

「お前の名前は何と言う?
 あの時、聞いたような気もするが、俺の方もおかしくなっていたからな。
 全然憶えていないんだ」

「私の名前を聞き逃しただと?
 この大陸でも知らぬ者は居ない程のこの私の名を」

「良いから名前を言え……」

「聖アベリア王国 第一王女。ディアナ・アベリアだ……」

 命令に従い、少女は素直に名を口にした。

『聖アベリア王国は今、九十九様がおられます、ライン公国の南に隣接する国です』

「ディアナか……。
 良い名前だ」

 九十九がそう言うと、ディアナはプイと顔を横に向けてしまった。

「しかし、王女様が何で、こんな所に……いや、それは後にするか……。
 目も覚ましたし、身体は一応拭いたが清潔にしないとな……」

 ディアナは自信の身体を見ると、あれほど体液で汚されていた肌は奴隷服を着せられ、馬車に乗せられていた時よりも綺麗になっていた。

「こっちだ」

 いつの間にか移動していた九十九は寝室のドアの前で手招きをする。

「…………ふん……」

 だが、ディアナは拒否するように再び顔を背けた。

「こっちに来い」

 九十九が命令すると、ディアナはベッドから降り立ち、九十九の前に移動した。

「こっちだ」

 ディアナの手を引いて洗面所に入る。
 既に全裸の状態であるディアナの前で、九十九は服を脱いだ。

「何をする……」

 自分の身体を抱くようにして後ずさるディアナを捕まえ、バスタブに入った。

「ここは、浴場か……」

 湯気が視界を遮ろうとするが、大理石の壁が水分を滴らせているのを見てディアナは言った。
 王族であるディアナに取って、浴場は良く利用するものだ。
 だが、水で肌を洗うだけの城の浴場は寒さが残るこの時期にはとても使えない。
 釜で沸かした湯で身体を拭くのがこの時期の通例だ。

「暖かい……」

 バスタブの空気の暖かさと浴槽から上がる湯気から湯が張られている事を理解した。

(これほどの湯を沸かすなんて……一体どれだけの釜で沸かしたのか。
 それとも魔術の類に因るものか?)

 魔術で湯を沸かす話を聞いた事があったディアナはそう当たりを付けた。
 警戒しながらきょろきょろと辺りを見回していたディアナの背後に立った。

「っ……」

 背中に当たる男の胸板に動揺しながら、男に抱かれるように大きな鏡のある壁に移動した。

「な、何だこれは!!」

 自分が映る鏡に驚きの声を上げる。

「ただの鏡だ」

「これが鏡だと……信じられない……」

 王家で使われているのは水鏡か、青銅鏡だ。
 こんなに明確に姿を写すものが存在するとは……。

「お湯が出るから気を付けろよ」

「?……何を言っている……?
 ッぷ!!」

 鏡に驚いて意識を離していたところに、意味が分からない言葉を掛けられた。
 疑問を投げ掛けようとした途端、顔面に湯が打ち付けられた。

「ぶっプッ、……な、何だこれは!!」

 悲鳴を上げて顔を背けるが強く叩き付ける湯に目も開けていられない。

「ああ、悪い悪い」

 九十九はシャワーのヘッドを握るとディアナの顔から離し、身体に湯を浴びせた。

「綺麗にしてやるから大人しくしてろよ。
 まず、頭からだな……。目を瞑っていろ」

 頭から湯を浴び、俯くディアナの髪に爪を通す。
 付着した体液や汗を軽く落とすと、一度、シャワーを止める。

「目を開けるなよ……目に入ると痛いからな」

 シャンプーを取り、ディアナの頭に浸す。
 髪が長い分、男の自分より使う量が多いな……そんな事を思いながら、九十九は髪を洗っていく。

「一体何を……」

 目を閉じたまま何かをされている事に耐えかねて、ディアナは目を開けてしまった。

「っ!!いたっ、痛い痛いっ!!何だこれは、目がっ!!」

「ばっか、何やってる!」

 九十九は慌ててシャワーでシャンプーを洗い流した。


◇ ◇ ◇


 シャンプーを洗い流した後、髪にコンディショナーを付け、身体の方を洗う事にした。
 手に石鹸を付け、ディアナを後ろから抱くようにして洗う。
 肩、首、そして胸。
 柔らかい胸を揉みし抱くようにして、洗う。

「ふぅんッ……」

 抑えても漏れる声と柔らかな肌の感触に股間部に熱が宿るのを感じながら、少女の肌を優しく洗う。
 全身を隈無く、手も足も指の先まで……。


◇ ◇ ◇


「これで終わりだ」

 理性を保ったまま何とか洗い終え、シャワーで石鹸を洗い流す。

「ふぁ……」

 惚けた表情でディアナは九十九にしな垂れ掛かって来た。
 のぼせてしまったかも知れないと、九十九は慌ててディアナを立ち上がらせると、浴槽に浸かる事なく、洗面所へと連れて行った。

「大丈夫か……」

「…………」

 言葉に反応しないディアナを洗面台の椅子に座らせ、バスタオルで濡れた肌を拭き取る。
 綺麗に拭き取ったところでガウンを着せ、綺麗な銀髪をドライヤーで乾かす。

「中々乾かないもんだな」

 長い髪の為、乾かすのもたっぷりと時間を掛ける事になった。
 相変わらずディアナは抵抗もしない。

「本当に大丈夫か?
 風呂は苦手だったか……」

「…………」

 返答の無いままの少女を抱き起こし、居間へと移動した。


◇ ◇ ◇


 居間に入り、テーブルの椅子に座らせスポーツドリンクを与えて暫くすると、漸く意識が覚醒したように、鋭い視線をこちらに向けて来た。
 それを確認して、ディアナが眠っていた間に作った料理を温め直す。
 甲殻熊の肉で生姜焼きを作ったのだ。
 豚肉のように美味しくなるかは分からなかったが、取り敢えず作れる料理を作ろうと、奮闘した結果だ。
 人に食べさせる前に勿論、味見をしたが、あまりの美味しさに先に御飯2杯を平らげた。

「食って良いぞ……」

 皿に盛った甲殻熊の生姜焼きとライスを彼女の前に置く。

「ふん…………」

 顔を背けるが、視線は生姜焼きに固定されている。
 ゴクリの唾を飲む音が聞こえた。
 二日間まともに食べていない。
 いや、或いはそれ以上の期間、まともに食べていないかも知れない。
 それなのに拒絶を止めない少女。

「ったく……」

 流石に苛立って来た。
 これ以上、一々命令するのもこちらの気分として良くない。
 ここは一つ、一つ、一つの行動を反抗出来ないようにする命令が必要だ。

「命令する。……自分の命を脅かす行為をするな。
 他者に危害を受けた場合にも同様だ。
 それは俺も例外じゃない」

「どうしてだ」

「俺はお前の命を奪う気は無い。
 だが、誤ってお前を傷つけてしまう場合だってあるだろう。
 そうだな……、例えば、俺が放った矢が何かの間違いでお前に向かう事があるかも知れない。
 俺の行動全てを肯定していたら、矢を避ける事も出来なくなるからな」

「私は奴隷なんだろ?
 矢で死んだって惜しくないだろ」

「いいや、惜しいね。
 俺はお前を死なせたくない」

「っ…………」

 九十九の言葉に口を噤む。

「いいから食べろよ……結構、美味いぞ。
 まぁ、素材が良いからってだけかも知れないが……」

「ふん……」

 鼻を鳴らすと、ディアナはテーブルの料理をしげしげと見つめた後、スプーンを掴みライスを掬い、口の中に入れた。
 確認するように咀嚼すると、納得したとばかりに頷いて、飲み込んだ。
 次にフォークで生姜焼きを親の敵と言わんばかりに突き刺すと、猛獣が喉頸を噛みちぎるように食らいついた。
 だが、その瞬間大げさな態度は形を潜め、呆然とした表情となった。

「う、美味い……。
 なんだこれは……。
 味も濃いが、塩じゃないのか?この味付けは一体……」

 醤油と言っても分からないだろうと、九十九は調味料については何も語らなかった。
ディアナは何度か驚くような顔をしながら、もくもくと食べ続けた。
 その姿におかしみを憶えた九十九は食材については話しておく必要があると思い立った。
 先程までの自分自身の状況を鑑みるに彼女にも何らかの影響があるかも知れないからだ。

「甲殻熊の肉だ。
 美味いだろ?」

「くっ、甲殻熊の肉だとっ!?」

 ディアナは驚きと共に生姜焼きを再確認した。
 果たして生姜焼きの状態で甲殻熊であるかを彼女は判断出来るのだろうか?

「私はまだ食べた事はなかったが、王族とて一生のうちに数える程しか口にする事が出来ないという……あの……」

 こちらに説明するつもりはないのだろうが、その言葉を聞いて九十九は思わず首を捻った。

「そこまで稀少なもんなのか、コレは?
 確かに肉体を強化するとかで冒険者なんかに人気なようだが……」

 九十九の疑問に以外にもディアナは素直に答えた。

「甲殻熊は数も少ない上に狩るのが難しい。
 冒険者や狩人が集団で狩るのが基本だ。
 そんなに狩るのが大変なものを人に売ると思うか?
 職業柄、彼らは自分自身を強くする為に食べてしまうだろう」

「ふむ、考えれば確かにその通りだな……。
 だが、王族や貴族なら騎士団なんかを利用すれば狩る事も出来るだろうに」

「騎士団を狩猟の為に使う王族が何処におるか!
 …………いや、貴族の中には確かにそんな輩も……むむ……」

 声を張り上げたと思った途端、自分の言葉に疑問を抱いたのか、尻つぼみになっていく。
「まぁ、そんな事はどうでも良いか。
 ところでおかわりはいるか?」

 世の中何処も一緒だなと思いながら、九十九は話を変えた。
 ディアナは全てを平らげてもまだもの足りないような顔でこちらを窺ってくるだけで何も言わない。

「はぁ……」

 九十九はため息をつきながら立ち上がった。
 この少女は何処まで意地っ張りなのか……、先が思いやられる。
 台所へ向かうと追加で生姜焼きと御飯を大盛りによそいテーブルに置いた。
 姫様とは思えない勢いでそれを平らげて行くのを九十九は満足そうに見続けた。
『異世界盗賊譚用語集』




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