クローズアップ2012:消費増税法成立 重荷次々、暮らし直撃
消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革で、われわれの暮らしはどう変わるのか。増税や社会保障における負担が増えるだけで、年金制度など将来への不安が解消されないままなら、消費者の財布のひもは固くなるばかりで、景気への影響が心配だ。また、増税を見越した歳出拡大を求める動きさえあり、先進国で最悪の水準にある日本の財政の健全化の道筋は、まだはっきりと見えてこないのが現状だ。【永井大介、工藤昭久】
◆年収500万円の家庭、年30万円負担増
◇不安感、消費に冷や水
「夫の小遣いを減らして、それでも足りなければ、将来のための月々の貯蓄を減らすしかない」。川崎市に住む30歳代の主婦は心配する。金融機関勤務の夫の年収は約800万円で、月々の支出は住宅ローンと合わせて34万円程度。現在、家計にかかる消費税は月額1万2000円だが10%になれば2万4000円に倍増する。社会保険料などの負担も今後増える。安売りのスーパーでまとめ買いするなど、食費は3歳の長女と3人で3万円程度に抑えているが、残り物を使った献立など工夫はもう限界だ。年金などへの不安もあり貯蓄もしているが、負担が増えればそれも難しくなりそうだ。
消費税は食料品などの生活必需品だけではなく、ガスや水道、交通機関などの幅広い商品・サービスにかかる。また、厚生年金保険料の引き上げなど社会保障関係の負担増も続く。大和総研の試算によると、夫婦どちらか一方が働き、小学生の子供が2人いる4人家族の場合、年収500万円程度で2016年の家計負担は、11年に比べて年間30万円超の増加となる見込みだ。
負担の中でも消費増税が最も重く、8%への引き上げ時(14年4月)に約10万円、10%への引き上げ時(15年10月)には約6万7000円の負担増となる。消費税以外の増税もある。復興特別所得税は13年1月から25年間にわたって納税額に2・1%が上乗せされ、年収500万円で年間の負担額は2000円程度。14年6月からの復興臨時住民税は、所得に関係なく年間1000円の増税だ。厚生年金保険料の負担額も17年まで毎年約9000円ずつ上乗せされるなど、社会保障関連の負担は年間9万8200円の負担増となる。
収入に占める社会保障費や税負担などの割合を示す国民負担率は日本が39・9%(12年度)で、増税や保険料の引き上げで負担率は数ポイント上がる。米国(30・3%、09年)よりは高いが、ドイツ(53・2%、同)、フランス(60・1%、同)など欧州諸国よりはまだ低い水準だ。
また、今回の改革では増税が先行し、社会保障改革は先送りされた。少子高齢化で保険料などを負担する世代が減り、年金などの給付を受ける人たちが増えれば、給付を支えるための負担は重くなる。世代間の不公平感は高まり、制度の維持すら難しくなる。将来への不安が解消されないまま増税などの負担が増えれば、消費者の財布のひもはさらに固くなり、景気に悪影響を及ぼしかねない。
◆止まらぬ借金膨張
◇再増税避けられず
「社会保障の安定財源確保に加え、財政健全化への第一歩を踏み出す」。安住淳財務相は10日、法成立を受けて開いた記者会見で胸を張った。しかし、国の借金である長期債務残高は739兆円(12年度末見通し)で、ここ10年で約5割も増えた。国の一般会計予算は新たな借金である国債発行額が税収を上回り(9、10年度)、11年度決算でなんとか税収が上回る異常事態が続く。景気低迷で所得税や法人税が増えない中、消費税率が10%になれば13・5兆円の増収が見込まれるが、日本の財政状況は先進国で最悪。増税後も借金は増え続けていく見通しで、財政健全化のためには再増税は避けられない。
国の財政を圧迫しているのは、年1兆円規模で増加していく社会保障費(12年度で26・4兆円)と、過去に発行した国債の利払いや償還(借金の返済)に充てる国債費(同21・9兆円)だ。合わせて国の予算約90兆円の半分を超え、技術開発や先端科学への研究支援など国の成長に結びつくための予算への配分が難しくなっている。
国と地方を合わせた長期債務残高の国内総生産(GDP)比は219%で、欧州債務危機で苦しむユーロ圏のどの国よりも高い。それでも、長期金利の目安になる国債(期間10年の新規国債)の金利が1%を下回る低水準なのは、約1400兆円の個人資産など国内の資金で国債が安定して買われているからだ。
財政悪化が続き、国債が売れなくなれば、価格が下がり、金利は逆に上昇。国債費も跳ね上がり、財政健全化は一層困難になる。住宅ローンの金利なども上がり、一般の人たちの負担も重くなる。
国の試算では、新しい借金が増えないようにするだけでも、20年度で消費税率をさらに6%引き上げる必要がある。税率引き上げは政治的に簡単ではなく、社会保障の見直しなど歳出削減も避けられない。ところが、民主党や自民党内などからは消費増税による税収を期待して、公共事業への支出拡大を求める動きが広がりつつあり、「防災などの事業は必要だが、財政再建効果が薄れる」(財務省幹部)と懸念の声が上がっている。
◆社会保障の給付抑制策、積み残し
◇高齢者偏重、転換尻込み
一体改革のうち年金分野は、自公政権当時の課題にようやく手をつけたのが実情だ。制度の維持に不可欠な給付抑制策の議論は、新たに設置が決まった社会保障制度改革国民会議に先送りされた。しかし「近いうち」の衆院解散なら、改革を担うのは次期政権だ。秋解散の見方も強まる中、年金が再び「政争の具」となれば、必要な改革が遠のきかねない。
厚生年金と共済年金の一元化、パートらへの社会保険適用拡大……。一体改革には自公政権が目指していたものが並ぶ。だが自公政権時代、「年金の抜本改革」を掲げた当時の野党・民主党は、いずれも現行制度のほころびを繕うだけとして阻止に回り、政権交代を果たした。
その民主党も自公政権の改革案を踏襲せざるを得なかった。民主党がマニフェストに掲げた、最低保障年金創設を柱とする新年金案の実現には消費税率を一体改革とは別に最大7%上げる必要があり、そのままの法案化は困難だったためだ。
今回の改革案は、「手直し」に過ぎない。一体改革の主要テーマは、高齢者に偏りがちな社会保障を現役世代も恩恵を受ける「全世代型」へ変えることだ。年金を持続可能な制度とし全世代型を実現するには社会保障給付費100兆円の半分を占める年金の総額を減らすことが避けられない。それには高齢者の反発を恐れ、自公政権ができなかった支給開始年齢の65歳以降への引き上げ、物価の下落幅以上に年金を減らす仕組みなどを導入せざるを得ない。それなのに民主党政権も高齢者に痛みを強いる改革は先送りした。国民会議は来年の8月までしか存続しない。秋に衆院解散なら実質的な議論開始は大幅にずれ込む。
「『すべての人に7万円』と書いてある。しかし、保険料未納ならもらえない」。10日の参院一体改革特別委で自民党の衛藤晟一元副厚生労働相は民主党の新年金案を批判した。民主党は新年金案も国民会議の議題とする意向だが、公明党は難色を示しており、国民会議は議題を巡って入り口で混乱する恐れもある。
現行制度も民主党の新年金案も、現役世代の保険料で高齢者を支える「仕送り方式」だ。これに対し、みんなの党や大阪維新の会は保険料を自ら貯蓄する「積み立て方式」を主張しており、衆院選の争点に浮上する可能性もある。ただ、聞こえのいい「抜本改革」に支持が集まれば、年金の総額抑制という真に必要な改革はまたも回り道を余儀なくされる。【鈴木直】